21.霊峰ヒエイ
21.霊峰ヒエイ
パルピーノ邸から馬で約1時間ほどのところに、霊峰ヒエイはあった。基本的に人の出入りが禁止されている神域なので、当然登山道なんて便利なものはない。僕たちは適当なところに馬を繋いでから、けもの道を利用して山を登り始めた。
「セシル。もうすぐ暗くなるけど、どうするんだ?」
「もう少し先に行くと、いつも視察団が利用している山小屋があるらしいの。とりあえずそこまで行けば、今夜の安全は確保できるわ」
つまりセシル的にはパルピーノ邸よりも、魔素に汚染された神域のほうが安全だという判断なんだろう。こういう徹底した対応には好感が持てるが、パルピーノ爺さんに同情する自分もいる。多分僕的にはどっちも正しいんだけど、さてどうしたもんかね。
「ララ。キャン。体は大丈夫か? 辛かったら遠慮なく言ってくれよ」
「この辺りは魔素があまりないので、まだ全然平気です! でも御主人様に撫でてもらえたら、もっと頑張れる気がします!」
「うむ。備えあれば患いなし、という言葉もあるしな。予め私たちを可愛がっておくのも悪くないと思うぞ」
ピエッタが蔑むような目で僕を睨む。恐らくかなり誤解をしているとは思う。だけどいくら弁解したところで、端から信用がないから誤解は解けないだろう。仕方ない。どうせ彼女とは今回限りの付き合いだろうから、名誉の挽回は潔く諦めよう。
「これが山小屋……なのか?」
「そうですが、何か?」
「いや……小屋っていうから、もっとボロくて小さいのをイメージしてたんだ。こんな立派なログハウスだったとは、正直驚いたよ」
「視察団は、平均二十名程度で編成されますからね。この程度の広さは最低限必要になります」
ピエッタは感情のこもらない解説をしてから、山小屋の扉の鍵を開けた。
ララの言動から察するに、神獣の峡谷は何らかの理由で既に失われている。神獣の森も何者かに魔素での攻撃を受けたし、霊峰ヒエイもしかりだ。つまりここ数年で神域が穢される事件が多発しているということになる。
だけど王国は大規模な視察団を送っている割に、有効な対策が全く取れていない。立ち入りに制限があるとは言え、あまりにお粗末だ……いや待てよ? これってひょっとして、わざとなんじゃないのか? だとすれば疑わしきはパルピーノ公爵より王国内部にいる誰か……それもかなり地位のある人物なんじゃないのか?
「御主人様、どうかしましたか? どこか具合でも悪いんですか?」
「いや、何でもない。ちょっと考え事をしてただけだよ」
「セシルが荷物を置き次第探索に出かけると言ってますが、無理しなくてもいいんですよ?」
「大丈夫だよ。心配してくれてありがとう」
頭を撫でると、ララは満足げに微笑んだ。いくら考えたところで、僕の考えなど休むに似たりだ。ここは一旦憶測を棚上げにして、目の前のクエストに全力を傾けるとしよう。
気を取り直した僕を含め、全員が山中に分け入って行く。暗いけもの道はさすがに危険なので、僕は小さな光球を幾つか飛ばして足元を照らした。
「便利な能力ですね」
「まだ使い慣れないから、調節が難しいけどね」
「実戦で使えるかどうかは、甚だ疑問ですが」
冷ややかに微笑みながら、ピエッタが挑発的な言葉を僕にぶつける。うーん……いくら僕のことを嫌いだからって、そういう態度を取り続けてたら自分が損するだけだと思うんだけどなぁ。
「やれやれ。お前は優秀な文官だと聞いていたんだが、存外そうでもないんだな」
「何ですって?」
キャンの売り言葉に、ピエッタが反応する。まあ、そうなるよね。
「だってそうだろう? お前はセシルから、ガルフのダンジョンでの顛末を聞いているはずだ。なのにお前はマスターを頭から否定している。それはつまり、客観的事実より個人的感情を優先してるってことだ。仕事とプライベートの区別ができない奴が、優秀なはずない。違うか?」
「客観的事実を持ち出すのであれば、女性を3人もたぶらかし、あまつさえ全員との結婚を約束するような不誠実な男を肯定するほうが、よっぽど異常だと思いますが?」
「私たち全員が、それでいいと納得しているんだ。何の問題がある?」
「社会倫理にもとる行為をしている人物が勇者だなんて、国民が納得すると思ってるんですか?」
「私たち神獣に人間の倫理観を持ち出すなんて、ナンセンスもいいところだ。それを言うなら、私たち神獣を神域に閉じ込めている行為はどうなんだ? 王が第五夫人まで娶ることを許されているのはどうなんだ? お前らが作ったルールに、お前らが縛られるのは勝手だ。だがそれを私たちにまで押し付けるな。実に不愉快だ」
言い負かされたピエッタは下唇を噛み、押し黙ってしまった。でかしたぞ、キャン。後で褒美を取らせて進ぜよう……などと心の中でふざけていたら、突如として山の様子が一変した。
「御主人様。何か様子がおかしいです」
「ああ。妙な空気だ」
「マスター、あそこに何かいるぞ!」
キャンが夜空を指差す。暗くてよく見えないが、僅かに羽ばたくような音が聞こえる。音に向かって光球を飛ばす。その光に照らし出されたのは、嘴が3つもある巨大な怪鳥だった。
「あれは……魔獣じゃないか?」
「まさか! 神域は魔法結界で守られているので、出入りが厳しく制限されています。魔獣が入り込めるはずがありません!」
「入ったんじゃねぇ。もともと中にいたんだ」
ピエッタの否定的な叫びに答えたのは、聞きなれない声だった。声の聞こえた方向に視線を移す。大木の枝にちょこんと座る、燃えるような赤髮の少女の姿がそこにあった。少女は滑るように枝から降りると、背中の羽根を器用に使ってフワリと地上に舞い降りた。
「よう、人間ども。あたしの名はヴォレッタ。霊鳥王アンリヤックの娘だ」
ヴォレッタはそう言うと、生意気そうな顔をして胸を反らせた。特に印象的なのが吊り上がった目と金色に光る瞳で、霊鳥族らしく猛禽類を思わせる。見た目は10歳くらいの子供だが、油断したら大変な目に遭いそうだ。僕たちは身構えながら、それぞれ自己紹介をした。
「あの……ヴォレッタ姫。あの魔獣がもともと中にいたって、どういう意味ですか?」
「何だ、ピエッタ。眼鏡なんぞかけてるクセに、頭がわりぃなぁ。ちょっと考えりゃあ分かんだろうが」
「神獣が魔獣に堕ちた……そういうことなのね」
「セシル王女様はさすがに賢いみたいだな。そんじゃあ、あたしがここにいる理由も分かんよなぁ?」
殺気の籠った眼で、セシルを睨みつける少女。頭が悪い僕にだって、その答えは分かる。
「テメェら人間を、ブチ殺しに来たんだよぉっ!!」
言うが早いか、少女の姿が消える。
次の瞬間姿を現したのは、セシルの目の前だった。
反射的に剣を抜こうとするセシル。
少女はそんなセシルをあざ笑うかのように、目にもとまらぬ一撃を食らわせる。
セシルの右腕が、鮮血をまき散らしながら宙を舞った。
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