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泡沫に神は微睡む  作者: 安田 のら
五章 濫海浄罪篇
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2話 過去を追う、戴天の狙いは2

「戴天家と云ったな。夜劔家だけで良いなら、同盟を了承するがどうだ?」


 晶の提案に山巓陵の一角は打って静まり、次いで騒めきが沸き起こった。


 同盟を了承する返答そのものは、然して意外性のあるものではない。

 ――だが、提案した彼我に横たわる、地位と価値の認識差が問題であった。


 少女の言葉が真実ならば、戴天玲瑛は真国(ツォンマ)六教の一つである信顕天教の宗家の姫なのだ。

 対して夜劔晶は、高天原(たかまがはら)の八家ではあっても新興の封領華族に過ぎないのだ。


 当然に、身の程知らずの発言と受け取ったのだろう。玲瑛の双眸が鋭く尖る


「こちらが望む最低条件は、飽く迄も高天原(たかまがはら)との同盟です。

 ――論国の補給港として鴨津(おうつ)租界の利用を赦した責任を、最低限は補償せよと命じているだけです」

「その結果が、他国との争いの(なす)り付けなら、随分と巫山戯た提案だろうが。

 夜劔家と戴天家の個人的な付き合い。それが此方から出せる、最大限の(・・・・)譲歩だな」


 少女の掣肘(せいちゅう)にも負けじと、晶も棘を含んだ皮肉を返した。

 譲らない応酬に、互いの眼差しが虚空で火花を散らす。


 国交の樹立は他国との摩擦を起こしかねないが、個人的な付き合いなら容認される。

 ……とは云え晶の提案は、玲瑛にとって受け入れることの難しいものであったが。


「そもそも、夜劔家とは何方(どちら)でしょうか?

 私に勝利した報償とこの場を黙認しましたが、八家でもない貴方に発言までを赦した覚えはありません」

「――夜劔家は八家ですよ。昨年、雨月家との天覧試合に勝利し、新たな家門の当主として承認を得ています」

「新たな!? ……雨月が亡んだとは、初耳です」


 ややの沈黙。切り口を変えた玲瑛は、返ってきた周の言葉に驚愕を隠せなかった。


 東西巴大陸にすらその名を(しお)高天原(たかまがはら)の防衛戦力である、高天原(たかまがはら)の八家と呼ばれる氏族たち。

 特にその中でも歴史に永く在る雨月家は、高天原(たかまがはら)最大の牙城として名を馳せていたのだ。


「――見た時分、年齢12を迎えたばかり。挙句は、天覧試合ですら首位を逃す奴が八家か。

 五気調和すら疎かにしている辺り、有名な高天原(たかまがはら)の八家も劣化が(いちじる)しいな」


 周からの言葉に、玲瑛の脇で控えていた李鋒俊が険を宿した声を上げた。

 だが、周囲の八家から返る反応は薄く、精々が肩を竦めるだけ。


 青臭さも目立つその煽り文句を向けた鋒俊自身が、見た目の年齢も当然か。

 期待外れの反応に肩を怒らせた鋒俊だったが、玲瑛の眼差しに大人しく引き下がる。


「八家の方でしたか。知らぬ事とは云え、失礼を。とは云え、高天原(たかまがはら)との同盟が為されなければ、私たちとしても訪れた意味がない。

 ――もし、個人的に同盟を結んでいただけたなら、夜劔当主は真国(ツォンマ)にどのような助力を向けて頂けるのですか」

真国(ツォンマ)に、と云うよりも、潘国(バラトゥシュ)に、だろうな。

 それが巡れば、戴天家(・・・)の利益になるはずだ」


「……ああ、そう云う事か」


 平然と応じた晶の口調に、玻璃院(はりいん)誉が苦笑を漏らした。

 未だ提案の全貌が視えていない玲瑛が、詳細を求め誉へと視線を向ける。


「夜劔当主の指摘通り、現状で論国が真国(ツォンマ)に食指を伸ばす理由は無い。

 ――何しろ(・・・)、頭上には南進政策で焦れた侑国(ウクサンスト)が控えているからね」

「その通りです。真国(ツォンマ)侑国(ウクサンスト)の抑えなればこそ、高天原(たかまがはら)は安寧と日々を過ごせるのですから」

「現実はそうも行かなくなっている、と。

 地理的に考えて、信顕天教の総本山がある芳雨省は、真国(ツォンマ)の南部に位置していたはずだ」

「……それが何か、問題にでもなりますか?」


 痛いところを衝かれ、少女から返る視線に浮かぶ色の濃い警戒。

 追い込まれて尚、誤魔化そうとする気概だけ認め、誉は手に用意した大陸地図を広げた。


 芳雨省に人差し指を落とし、沿岸から潘国(バラトゥシュ)へと滑らせる。


真国(ツォンマ)侑国(ウクサンスト)()み合ってくれている間なら、開発を免罪符にした論国は自由に動ける。

 東巴大陸鉄道のお題目で線路を通し、潘国(バラトゥシュ)を攻略する心算(つもり)なんだろうね」

「その意図で間違ってはいません」


 滔々と半神半人の少女が語る推察に、玲瑛は諦めて肩を竦めた。

 誤魔化せる可能性に賭けたが、此処(ここ)まで正解を突かれてはぐうの音も出ない。


「――潘国(バラトゥシュ)が陥落すれば、論国の兵站が高天原(たかまがはら)鴨津(おうつ)潘国(バラトゥシュ)の2本に増える。

 そうなれば次は、信顕天教の在る芳雨省だ」

「是。夜劔当主の推察通りです。信顕天教の洞主たちは現在、未曽有の侵略に対抗すべく残り六教に檄を飛ばしています。しかし六教が結束するまで、恐らくは半年かかるでしょう。

 ……高天原(たかまがはら)にお願いしたいのは、その間の時間稼ぎです」

「どう考えても、無理だろ」


 玲瑛がそう締めくくると同時、晶は迷うことなく断言を返した。

 鋭く玲瑛は(にら)み返すが、晶も譲らず地図に視線を向ける。


波国(ヴァンスイール)からの情報で、論国が潘国(バラトゥシュ)攻略の大詰めに入っているのは確かだ。

 悠長に半年を待てる暇なんざ残っていないし、潘国(バラトゥシュ)陥落(おち)れば結局は同じだ」

「六教が結束すれば、論国との国力差は歴然としています。

 後は高天原(たかまがはら)の兵站さえ切れれば、論国は東巴大陸から手を引かざるを得なくなる」

「なら訊くが、青道(チンタオ)戦役に()いて六教は結束したのか?」


 晶の追及に、遂には玲瑛も沈黙した。


 青道(チンタオ)戦役の折り、窮地に立たされた幽嶄魔教へ向けた救援を、残りの六教が渋ったのは有名な事実だ。

 他者に渋ったものを自分たちの窮地には気前良く出せるなど、本音から楽観など出来る訳もない。


高天原(たかまがはら)との同盟を派手に喧伝(けんでん)することで、論国と侑国(ウクサンスト)の戦争に持っていく。

 論国と侑国(ウクサンスト)の国力を削れれば、結束に覚束なくとも勝利する事は難しくないと踏んだんだろう」

「……その通りです。もし高天原(たかまがはら)が焼け野原となったとしても、勝利の後に真国(ツォンマ)は嘗ての友好国に対し、最大限の謝礼を以て遇する事を約束しましょう」

「この場にあんたが座っているのは、誰の意図でもないよな。

 つまり、此処(ここ)に座っているのは、真国(ツォンマ)は疎か、信顕天教とやらの責任ですらないはずだ」

「何故、 、」


 隠し通したかったその事実を指摘され、玲瑛は呆然と晶を見遣った。


 戴天玲瑛はその通り。名乗った身分は本当だが、彼女が高天原(たかまがはら)へと訪れたのは独断である。

 玲瑛個人と同盟を結んだとしても、真国(ツォンマ)と戴天家に関係がない以上、どれだけ景気よく好条件を吐いても、国家として支払いの義務は無くなるのだ。


 露見すれば最悪、玲瑛は高天原(たかまがはら)で暗殺される可能性はあるが、同盟を盾に条約さえ結べば高天原(たかまがはら)は勿論、論国も侑国(ウクサンスト)も動かざるを得なくなる


「記録に残らない違法な渡航の割に、使者として訪れたって派手な宣伝。記録を残す事を忘れていたってよりは、残せなかったって辺りが本音だろ」

「………………」

「戴天宗家の想定している以上に論国の侵攻が早いと、玲瑛だけが気付いたんだろう?

 このままでは、戴天家が立案している対抗策に間に合わないと判断したからこそ、危険を冒して高天原(たかまがはら)に来訪したんだ」

「是。露見してしまえばこれまでですね。

 ですが、私たちが此処(ここ)に招かれ、天覧試合で広く知らしめられたのは事実。他の華族たちに認めてしまった手前、期待を裏切る訳にはいかないのでは?」


「――目的は良かったが、やや甘かったね」


 玲瑛の目的にはやや足りないが、論国や侑国(ウクサンスト)へ向けた宣伝は天覧試合の乱入で果たせているのだ。

 後は精々、派手に喧伝(けんでん)して回ればいいと(うそぶ)く玲瑛へと、誉が苦笑を残した。


「君が乱入したのは、飽く迄も幼年の部だ。負けず嫌いが中休みに諍いを起こすのも毎年の風物詩となれば、周囲の華族たちも子供たちの戯れ程度だと好意的に受け止めている頃さ」

「幼年?」

「顔触れが若過ぎた事に気付かなかったかい? 本選は今頃、宴も酣と云った辺りさ」


 特に今年は、弓削(ゆげ)孤城の連覇が掛かっていると、話題も一入である。

 余興の戯れ程度は流されていると、誉は(わら)った。


「玲瑛殿に当たっては、夜劔当主の提案を呑んだ方が良いと思うよ。家門の絡まない個人同士の同盟にまで、僕らは関与する意思は無いからね」

「だとしても、個人が国家に対して何か出来る訳でもないでしょう。

 ――夜劔の当主は、私たちとの同盟で何か供与できるものはありますか?」


 話題を投げられ、晶はちらりと地図へ視線を巡らせた。

 真国(ツォンマ)潘国(バラトゥシュ)間に(わた)る距離から、生み出せる猶予を概算してみる。


 ――恐らくは半月(はんつき)。それが、晶が自由に行動できると想定する、猶予の時間であった

 得するものは無い。だが損も無い。


「最初に云った通り、真国(ツォンマ)ではなく潘国(バラトゥシュ)()ける論国の蠢動を止めるように動くだけだ。

 その為の協力を約束できるなら、八家ではなく晶個人として真国(ツォンマ)に赴いてやる」

「……善いでしょう。夜劔当主の気概を信じ、同盟を結びます。

 永の友好を約する為、私どもよりの誠意の証と受け取っていただきたい」


 揺るがない互いの視線が、様々な思惑を孕んで交差する。

 やがて、玲瑛は逡巡を振り切り、胸元から小さく薄い箱を取り出した。


 個人間とは云え、思惑を孕んだ同盟の対価ならば油断はできない。

 (わた)された箱の封を、晶は慎重に開けた。


 途端に鼻を衝く、強い薬草の匂い。

 悪臭とは違うものの、表現し難いその匂いに晶は眉を顰めた。


 箱を傾けると、晶の掌に赤黒い小指の先ほどの珠が転がり出る。


「……これは?」

「五気調和を修めている事が最低条件ですが、先刻の(わざ)を見る限り夜劔当主なら大丈夫でしょう。――信顕天教が持つ秘薬の一つ、神錬丹です」


 ♢


 やがて、同盟の証書を手にした玲瑛たちが、山巓陵の広間を後にする。

 嵐のように去る少女たちを見送り、残った高天原(たかまがはら)の面々は肺腑に(わだかま)る息を吐いた。


「勝手な真似をして、申し訳ございません」

「構いません。交渉に当たり、夜劔当主は領分を越えた訳ではありませんので。

 一刻も早い、潘国(バラトゥシュ)への渡航の為ですね」


「――とは云え、儂らへの説明も無いのではなぁ。

 真国(ツォンマ)へは儂が送るとして、潘国(バラトゥシュ)に赴く算段はついているのかぃ?」


 洒脱な格好の同行(どうぎょう)晴胤が、胡麻塩の目立つ角刈りを掻いてみせる。

 言葉の裏で強請られた種明かしに肯い、晶は口を開いた。


波国(ヴァンスイール)の高速船を利用しても、潘国(バラトゥシュ)行きには40日辺りは掛かると聞きました」

「うん。最新の蒸気機関といっても、積み込める石炭量には限界があるからね。

 長距離の航行になればなるほど、帆は未だ現役だよ。海軍(僕たち)の高速戦艦も、航行の基本は帆で想定している」


「……でもそれだったら、真国(ツォンマ)には早く到着できても、潘国(バラトゥシュ)に到着するってなったら時間が変わらなくなるんじゃない」


 誉の首肯に、咲は首を傾げた。

 当初の予定は、青道(チンタオ)で補給をしてから潘国(バラトゥシュ)に向かうものしかない。


 仮令(たとえ)青道(チンタオ)に早く到着したとしても、そこから乗り換える工程を挟めば時間は同じ。

 最悪、それ以上に時間を浪費する結果に陥ってしまう。


 潘国(バラトゥシュ)までの距離が現実問題として横たわっている以上、此処(ここ)を誤魔化す手段を咲たちは持ち合わせていないのだ。


陣楼院(じんろういん)家の神器。輪廻永劫を利用すれば、往路だけは早く飛ばせますが」

「他国の神柱の支配下にある風穴への、過度な干渉は控えるべきでしょう。

 ――その為の同盟ですね? 夜劔当主」


 陣楼院(じんろういん)滸の口惜しそうな首肯を宥め、月宮(つきのみや)周は晶へと視線を巡らせた。


 蒸気機関によって海路も多く安定を見たが、未だ問題も多い。

 ――だが、それは海路に限っての話だ。


「戴天玲瑛の言葉が真実ならば、青道(チンタオ)から潘国(バラトゥシュ)まで鉄道が伸びています。

 海路では時間が掛かり過ぎますが、陸路であれば蒸気機関は充分に安定した速度を稼げるはずですから」

「成る程。論国が食指を伸ばした手法に、相乗りをしようと云う腹積もりですね」

「はい。……それに狙いが確かなら、鉄道の先に潘国(バラトゥシュ)の龍穴が伸びているはずです。

 正直、ランカー領に直接ラーヴァナを戻すよりは、シータを経由した方が安心できます」

「それは、 、確かにその通りです」


 晶の本音に、周も苦笑を思わず浮かべた。


 神との約定とは云え、ラーヴァナは高天原(たかまがはら)を混乱に陥れた黒幕そのものである。


 加えて、潘国(バラトゥシュ)から追放したはずのシータが何故、その復活を望むのか。

 その意図すらも定かでないまま、状況は進んでいる。


 良いでしょう。そう肯定を享けた晶は、改めて掌中に残る玲瑛からの贈り物へと視線を向けた。


「神錬丹。彼女は確かにそう云いましたね」

「はい。丸薬でしょうか、これは」

「ここに至って、嘘を吐く理由は無いでしょう。私も見るのは初めてですが、かなり貴重な薬丹です」

「効能は?」


 好奇心に駆られた晶の問いに、周は首を横に振った。

 何分に、真国(ツォンマ)の知識は欠落したものも多い。


 見るも稀な秘薬など、失伝した知識の際たるものだ。

 悩むよりは玲瑛に訊くかと、晶が結論を出しかけた時、嗣穂(つぐほ)が眉間に皺を寄せて呟いた。


「嘗て、伯道洲(はくどうしゅう)から珠門洲(しゅもんしゅう)にかけた途で、真国(ツォンマ)の薬丹にする名目で鉱物を掘っていた歴史があります。その薬丹の名前が、神錬丹だったと記録がありますね」

「鉱物ですか」

「ええ。真国(ツォンマ)伝えに(いわ)く、神錬丹は――」


 少女の唇が、短く言葉を紡ぐ。

 その言葉を皮切りに、晶たちは真国(ツォンマ)へと急ぐ事となった。


 ――(シエン)の頂へと昇る神丹なれば。



次回より、場面を一気に移します。


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大人に近付いたといえども急に賢い会話をしだす主人公に違和感が。
仙人はどうなるのかね?伝承だとよほど偉いの以外は簡単に闇落ちしたり力を失ったりするんですよね。まあ仙骨を得て不死と様々な術を使えるようになるけど。
全盛期ブリテン、全盛期東インド会社染みた存在を相手取ることになりそうで不謹慎かもですがワクワクしますね > 晶個人として 御坐であることを鑑みると滅茶苦茶良条件
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