破章:暴食と小さな幸福-3
クートゥは混乱しました。
そして同時に、酷く哀しくもなりました。
彼女は想像し得る限りで最も起きて欲しくない未来を思わず想起し、縋るような思いで友人であるダロスへと問います。
『ダロ゛ズ……な゛ん゛で……?』
するとダロスは顔を青褪めさせながらもはを食いしばり、突き刺したままの剣を更に抉り込ませます。
『ぐあ゛ぁああっ!! ダ、ロ゛ズ……』
『黙れ化け物っ!! 貴様が何故俺の名を知っているのか知らんが、少なくとも俺にお前のような醜く知り合いなどいないっ!!』
そんなダロスの言葉に、クートゥは必死になって弁明を試みました。
『ま゛っでっ!! わ゛だじ、ぐーどぅ……り゛ゅゔ、だお゛ずだめ゛に゛だびに゛でだ、ぐーどぅな゛の゛っ!!』
それを聞いたダロスは一度瞠目すると、表情をどんどん険しいものへと変えていき、噴火のような怒号を上げました。
『ふざけた事を吐かすな化け物がッ!! 貴様のような醜悪な存在が我が友クートゥなわけないだろうがッッ!!』
『ぢ、ぢがゔの゛っ! ごれ゛ばの゛ろ゛い゛で____』
『ッ!? ま、まさか貴様ァ……。クートゥを手に掛けたのではあるまいなッ!?』
『ぢがゔっ!! わ゛だじが、ぐーどぅな゛の゛っ!!』
『黙れ黙れ黙れッッ!!』
ダロスは更に傷口を大きくしようと剣に力を入れ、化け物にしか見えないクートゥの命を脅かします。
『ぐ、ぐぅぅぅ……。ばな゛じを゛……ぎい゛でよ゛っ!!』
『ッ!? 貴様ッ!』
このままでは死んでしまう、と、不死身の肉体を信用し切れていなかったクートゥは半ば無理矢理前方へと飛躍し、身体から剣を引き抜きながらダロスと一定の距離を確保する。
全身へ響く激痛に苛まれるクートゥは、それでもダロスに何とか理解して貰おうと傷口を抑えながら顔を上げます。
すると。
『ぐあっ……貴様よくも……』
なんと、ダロスの鎧の上には大きな引き裂かれた跡が残っており、その下では赤黒い血が腕を伝い指先から雫となって地面を濡らしていたのです。
ダロスはそんな抉れたような傷を無事な方の手で抑えながら鋭くクートゥを睨み付けます。
何が起こったのか理解出来なかったクートゥでしたが、ふと何かの臭いが彼女の鼻腔をくすぐりました。
彼女は恐る恐るそんな臭いが香る自身の右手を見てみると、そこには先程着けた天族のものとはまた違う新鮮な血液がぬらぬらと煌めいていたのです。
『な゛、ん゛で……』
それは彼女がまだ化け物の身体に慣れ切っていなかった故の悲劇。
力加減や体格差が上手く把握出来ていなかったクートゥは、先程ダロスから離れようと飛躍した際、誤って爪で彼の腕を引っ掻いてしまったのです。
その事に数瞬遅れて気が付いたクートゥはハッと顔を上げると、再び必死の弁明を始めます。
『ぢ、ぢがゔの゛っ!! ぎずづげる゛づも゛り゛じゃ____』
『こ、こんな傷を負わせておいてそんな言葉が通じると思っているのかっ!?』
『ぢがゔっ!!、ぢがゔの゛っ!! お゛ね゛がい゛だがら゛ばな゛じを゛ぎい゛でっ!!』
『誰が耳など貸すか化け物がッ!!』
『ぢが……ぢが、ゔ、の゛……』
『あぁ?』
『が、ぢ、が……の゛』
彼女の言葉が、唐突に詰まり始めます。
最初は何故こんなにも喋り辛いのだろうとしか考えていませんでしたが、気が付くと、いつの間にかダロスを向いていた筈の視線が再び血の付いた両手を眺めていたのです。
意味が分からず混乱するクートゥ。
しかし身体は彼女の意に反し、まるでそれが当たり前であるかのように、身体が勝手に動き始めました。
ダロスの血が付いた両手を顔へと近付け、目一杯にその臭いを吸い込むと堪能したように息を吐き、大きく裂けた口から長い舌を指へと這わせます。
必死に身体を止めようとするクートゥでしたが、最早何一つとして言う事を聞きません。
まるで自分でない別の誰かが動かしているとすら錯覚してしまう程、理性と本能が乖離してしまっていたのです。
そして両手の血を舐め取ってしまった瞬間、舌から伝わる濃厚で新鮮で甘美な味わいに脳に電流が走り、全身の毛が不気味に逆立つと口元を悍ましく歪ませながら、それまで溜め込まれていた《暴食》が、全てを押し除けるように這い出し、ただ一言、呟きました。
『腹が、減った……』
瞬間、クートゥの意識はドス黒い深層へと落ちていってしまい、暫く目を覚ます事はありませんでした。




