急章:叶わぬ望み-9
雑草を折り、湿った地面を踏み鳴らす軍靴。
揺れる身体に合わせて擦れ、軋み、甲高い金属音を響かせる鎧と剣。
そして大義を胸に熱を上げ、一つの目的の為に一丸となって迷いなく進む足と燃えるような呼吸音。
そのどれもが平和に暮らす者達に背中を押され、褒め称えるべき勇敢なる戦士達が轟かせる、希望の音。
しかしそれらはクートゥとスターチスにとって災厄の始まりでしかありませんでした。
(クソっ! なんでこの場所が……)
クートゥ達が棲家にしている朽ちた神殿は大きな森の奥深くに存在し、彼女が剣を求めて森へ入った際も調べ物の末に集めた情報があったにも関わらず随分と迷い、彷徨いながら何日も掛けて漸く辿り着いた秘境中の秘境です。
そんな場所に迷い込んで来るのならばまだしも、神殿を取り囲めるだけの人数で大挙し押し寄せるなど普通では考えられませんでした。
(っ!? まさか……)
そこでクートゥは思い出します。
つい数時間前、自分がクマの魔物を狩った際に付き纏って来た一人の男。
具体的にどうしたまでかは判りませんが、タイミングを考えればあの男が何かしたのだろうと、そこまで考え至りましたが、それ以上はまるで頭に靄が掛かったように不鮮明でした。
(こんな……こんなにも私は鈍っていたのか……)
化け物の姿になって数十余年。
その余りにも長い年月は良くも悪くもクートゥに剣を操っていた頃の感性や思慮を忘れさせ、結果あの頃ならば気付けた筈の小さな違和感にも気付く事が出来なかったのです。
(……いや、今はそんな事よりっ!!)
『スターチスっ! にげるよっ!』
『え、どうしたのお母さん?』
『だぶん、みづがっだ。だがらにげるよっ!』
『ちょ、ちょっとっ!?』
クートゥは片手でスターチスを軽々と抱えると、脇目も振らずに神殿の奥へと向かいます。
思慮が浅くなっていたクートゥではありましたが、スターチスを息子として育て始めてからは我が子への危機管理だけは意識し始め、万が一の脱出経路を神殿内に作っていたのです。
『ねえお母さんっ! 誰か来るのっ!?』
『ぎょう、へんなやつに、つぎまどわられで……。だぶん、ぞれでどぐでいざれだっ!』
『お母さん、やっつけられないのっ!?』
『でぎるげど、スターチスをまぎごんぢゃうっ!! だがらにげるっ!!』
例え神殿を取り囲めるだけの敵が居ようと、クートゥならば走り抜けるだけで全滅させる事も容易でしょう。
ですがそれはスターチスが側に居ない場合の話し。息子を抱え、逃げながら戦ってしまってはクートゥの全身凶器によって巻き込んでしまいかねません。
『っ!! ごごっ! ごごを抜ければうらに……』
神殿の奥に辿り着いた二人は重なっていた瓦礫を投げ飛ばすように退かし、そこに空いていた穴にまずはスターチスを潜らせます。
そして自身も無理矢理身体をねじ込むようにして穴へと入り、神殿の外へと顔を出しました。
が____
『ようやく見付けたぞっ!! この化け物がっ!!』
クートゥの目の前には、全身鎧を身に纏った集団と、その中央で彼女とスターチスを睨む二人の男の姿でした。




