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9.血統聖女

謁見の時間は実際二分もなかっただろう。

その時間が長かったのか短かったのかはさておき、謁見を終えたアスワードとフォルティオンは王宮の広い廊下を歩いていた。

少し後ろをフォルティオンの護衛騎士が音も立てず付いて来ていたが、城の者の先導もなく自由勝手といった風に一行は適当に歩みを進める。

ただ、城の出入り口まで迷わず行けるように広い廊下の壁際には、一定間隔に城付きの護衛が立っているため悪さはできない。

他愛のない会話をしながら城の出口へ向かって歩いていると前から数人歩いてくるのが見えた。

その内の先頭を歩いてくる一人は、アスワードとフォルティオンがよく見知った顔だった。

相手も二人に気づきお互い無意識に足早に近づく。


「フォルティオン様、アスワード様、お久しぶりです」

流れるように優雅なカーテシー姿をとると二人に挨拶をした。

「これはこれは聖女ヴェラルシア様、お久しぶりです」

フォルティオンが感激したように言うとヴェラルシアは困ったような顔で二人を見た。

ヴェラルシアは後ろに付き添っていた侍女と思われる者に目配せをし先に行かせると、また二人に向き直し懐かしそうに眼を細めた。

「お二人とも、よろしければ少しお時間いただけますか?」

そう言うと近くの小部屋へ案内する。

久しぶりの再会に積もる話もある。王子たちは足取り軽くヴェラルシアの後を付いて行った。


部屋に入るとちょっとした休憩スペースのように円テーブルと椅子があった。十二畳ほどの広さで華美な装飾などはなく機能的な空間だった。

王子たちに椅子を勧めたヴェラルシアが壁際に歩いていくと小さな給湯室のような設備があった。棚からティーカップなどを慣れた手つきで取り出す。

「フォルティオン様、『聖女』などと間違っても私に言ってはなりませんよ?今はカトリナ様が『聖女』なのです。唯一無二、彼女以外に聖女はおりません」

僅かながらのもてなしの準備をしながらヴェラルシアは言った。

「失礼しました。何分幼い頃より慣れ親しんだ呼び方なので、つい……」

フォルティオンは頭をかきながら詫びるが、あまり反省していないようである。

「そうですよ。あまり大きな声で言えませんが、私たちにとってはヴェラルシア様こそ聖女にふさわしい存在だと今でも思っております。聖女の代役として我が国に赴き私たちと共に戦ってくれたのは紛れもなく貴女なのですから」

ヴェラルシアは二人にとって母のようであり姉のような存在だった。まだ聖女カトリナが生まれていない時、さらに生まれてからも最近までヴェラルシアは聖女代行として様々な活動をしていた。

他国へ赴き聖女の力を使い魔物を狩り、大地の瘴気を消していったのである。昔、とある縁で二人の王子も幼いながら遠征現場に同行していたため、自然と交流する機会が増えていったのだ。誰にも使えない聖女の力を使う様は、幼い二人に衝撃を与え憧れの存在となった。

そのせいで二人とも遠征中はヴェラルシアにべったりだったのである。

ヴェラルシアも殺伐とした中で可愛い王子に囲まれることに否やはなく、休憩時には三人で楽しく遊んでいた。

 

「今回は大目に見ることにしましょう。ですが今後は呼び名には充分注意をお願いしますね」

そう言うが声は穏やかで怒っている気配は無い。

王子に紅茶を注いだカップを渡しヴェラルシアも空いている椅子に腰を下ろした。

そして改めて互いに見ては顔を綻ばせる。

「五年ぶりでしょうか。フォルティオン様はまた一回り大きく力強くなったように感じますね」

ヴェラルシアとしては息子の成長を喜ぶような感覚だった。

「アスワード様は、まぁ元々線が細いのでやっと人並になったと言えるのでしょうか」

昔の姿を思い出しながらクスクスと笑う。

「そう…ですね、否定できません。私は幼い頃から体が弱く成長が遅かったので。……ですがここまでなれたのはヴェラルシア様が魔国の地の瘴気をご対処くださったからです」

アスワードとしては体格に関して不本意ではあるが事実なので仕方がない。幼い頃は瘴気の影響で成長に著しい影響が出ていたのである。フォルティオンのように逞しい体が理想だったが、とうに諦めていた。繊細そうな体もまた見るものから見れば羨ましい限りなのだがアスワードにとってはコンプレックスに他ならない。


瘴気は突然瘴気渦と呼ばれるものが発生することで生まれる。発生する理由は明らかになっていない。

瘴気渦は周りに大量に瘴気をまき散らしてその場の全てを穢していく有毒ガスのようなものだった。大量に吸えば体に害を及ぼし最悪死に至る恐ろしいものだ。

特に瘴気渦が発生しやすいのが魔国の地であった。魔族はこの瘴気に耐性が強いため多少の瘴気であれば問題にならない。しかし人間には毒となる。

そしてアスワードが人に限りなく近い姿をしている理由は、人との混血だからである。

人の血が混ざっているアスワードにとっては魔国の瘴気はなかなかに辛いものだった。

 

「そう言ってもらえると救われます。私の未熟な力でも少しは役に立ったのかもしれませんね」

少し目を伏せながらはにかむように笑ったヴェラルシアは円熟した中に少女のような愛らしさがあった。年齢は四十代前半と聞いていたが、知らなければ二十代、はたまた十代と言われても信じる者は信じてしまうだろう。

ヴェラルシアは正式には『血統聖女』と呼ばる存在だ。血統とは血筋を指しており、ヴェラルシアは聖女の子孫ということになる。

『聖女』は精霊からもたらされる唯一無二の奇跡の存在で、聖女の血を引く者が『聖女』となるわけではなかった。『聖女』の呼び名は本来一代限りなのだ。

それでも血統聖女たちは聖女の血を引くだけあって聖女特有の神聖な力を僅かばかり使えた。その一つが瘴気を消す力だった。ただ、聖女本来の力に比べれば微々たるもので完全消去とはならない。

聖女が絶えた三百年前から聖国は聖女の血を絶やさぬよう貴重な血統聖女を手厚く保護する政策を取り始めた。次世代の血統聖女を率先して増やすようにしたのだ。簡単にいうと政略結婚である。生まれた子供は王家で保護するのだが、聖女の力は女児にしか継承されない。男児は聖女の力こそ無いが魔力量が多く魔法を使いこなせるため騎士団などに所属させたりしていた。

また女児が生まれたとしても全員が血統聖女を名乗れる力を有している訳でもなく、基準に値しない者は低位の貴族などに下賜されたりしてきた。

そしてこの血統聖女たちが聖女の代わりを代々行ってきたが、次世代の血統聖女が生まれたとしてもそれだけ聖女の血は薄くなる。

ヴェラルシアは三百年前に亡くなった最後の聖女、ルオンヌの子孫だった。

国の名にまでなった稀代の聖女、ルオンヌ。

その血を持ってしても、ルオンヌから数えて既に十三世代目のヴェラルシアには完全に瘴気を消せる程の力はなく、せいぜい瘴気の範囲を僅かばかり狭めたり、瘴気を薄くできる程度だった。

それでもカトリナが誕生するまでは『聖女』としての位置に立ちその役割を果たしてきたのである。


「お二人には迷惑をかけて申し訳なく思っています。もっと私に力があれば、もっと助けられるものがあったというのに」

ヴェラルシアは昔のことを思い出す。

瘴気を目の前に浄化を試みるも血統聖女故に完全浄化とはいかなかった。瘴気渦が発生した近くには村があり浄化できなければやがて村にまで瘴気は広がり人が住めなくなる。

浄化ができなかった時自分に向けられた村人たちの顔が忘れられなかった。失望の色がその目にしっかりあったからだ。


「ヴェラルシア様、そのことはお気になさらずに。……本来血統聖女様たちの役割ではないことを私とフォルは十分に理解しております」

ヴェラルシアが魔国に赴き瘴気を浄化した時もやはり完全浄化ではなく薄めた程度。それに魔国全土とはいかず、アスワードが主に生活する魔王城付近を重点的に回っただけなのだ。それでもアスワードの体調は劇的に良くなったのである。

「私はヴェラルシア様に感謝しています」

アスワードは知っている。

ヴェラルシアが限界まで力を使い自分たちの眼に入らない所で、魔力切れの辛い症状に声も出さず耐えていたことを。

「そのように言ってくださる方は本当に限られた人たちだけなのですよ。何しろ三百年という長い間、真の聖女が不在でしたからね。それだけ時が経てば真実は歪んで伝わっていくものなのです」

「ヴェラルシア様……」

フォルティオンはヴェラルシアの呟きのような言葉に何も返すことができない。

聖女の血を引くのに何故できないのだと直接声にしてヴェラルシアを責める者もいた。

そもそも聖女と血統聖女は全くの別物であることを正確に知っているものなど今の時代ごく僅かだった。

各々が過去を思い出ししんみりとした時間が流れると、それを断ち切るようにヴェラルシアがぽんと手をたたいた。


「それはそうと、今回お二人が必ずいらっしゃられると思っていたのでお渡ししたいものがあったの。お呼びするタイミングが掴めなかったので諦めていたのですが、ここで会えて本当に良かったです」

そう言うと腰に下げていた袋から大事そうに取り出したものを二人に手渡した。

それは縦横五センチほどの大きさでどちらも紫色の生地で作られていた。

紫は血統聖女を象徴する色だ。

「お守りです。最近作れるようになった物で精霊の加護が付いています。血統聖女が作ったお守りなんて気休めにもなりませんが……」

自嘲気味に伝えるがそれを聞いた当の王子たちは目の色を変えて喜んだ。

「ありがとうございます!」

きれいに二人の声がハモった。

血統聖女が作ったものとはいえ、とんでもない貴重な物だった。

この世界には精霊と呼ばれるものが存在する。

人前に姿を現すことなど殆ど無いため精霊については詳しく明らかになっていない。

古い書物には神の使いと書かれていたりするが存在を否定する者もいる。

それだけ存在が曖昧なものなのだが、精霊は確かに存在するのだ。

人間の中にはその精霊の加護を先天的・後天的に直接受ける者がいるのだが、それは精霊の気まぐれともいわれるほど珍しいもの。

そんな珍しい精霊の加護を間接的にとはいえ身に着けられるのだから喜ばずにはいられない。

お守りの袋の中には小さな魔石が入っている。その魔石に精霊の力を付与するのだが言葉で言うほど簡単なものではない。

精霊とはとても気まぐれな存在だ。苦労して魔石に精霊の加護を付与したとして、その加護が発動するのか付与できた加護が何であるかは精霊次第なのだ。

気まぐれな存在を意識的に捉えて加護を貰い、それを付与する。とんでもない離れ業だ。

しばらくして興奮が冷めアスワードが現実に戻って来た。

顔を赤らめ一つ咳払いをし、ヴェラルシアに向き直す。

「少し取り乱しました」

少しじゃないだろ、と同じくはしゃいでいたフォルティオンが脇で呟くがアスワードはスルーする。


「ところで、ヴェラルシア様含め他の血統聖女様もですが、これからどうするのですか?」

以前から思っていた疑問を口にする。

カトリナが無事成人したのであれば、これからはカトリナが聖女の務めを果していくことになる。もしヴェラルシアが市井に下るのであれば協力したいと思っていた。

いっそのことサルヴァンへの移住を勧めようかとアスワードは考えていた。さすがに魔国への移住は無理だが隣にいるフォルティオンの国なら問題ない。むしろ大歓迎だろう。


ヴェラルシアは一瞬考えるように目を瞑り、言葉を選ぶように静かに言った。

「私たちにはまだやるべきことが沢山あるのです。この世界を正しい方向に戻すため導いていかなくてはなりません。先はまだ長いのです」

ヴェラルシアの視線は伏せ気味で、ここではない何か別のものを見ているようなものだった。

世界を正しい方向に戻す。その言葉が意味するものは何か。

それをここで問うても彼女は答えてくれないだろうことは二人とも理解していた。

「そう、ですか。またご一緒に何かできると良いのですが……その、」

ヴェラルシアの様子に少し違和感を覚えたアスワードが言葉を続けようとしたのだが、そんなことはお構いなしにフォルティオンが会話を切る。

「気が向いたら我が国サルヴァンへお越しください。ヴェラルシア様がいらっしゃられるというなら、このフォルティオン直々に迎えに参ろう」

屈託のない笑顔を向ける。

はっとするかのように顔をあげヴェラルシアは二人の王子を見つめた。

「ええ、いずれ……必ず」

その瞳には何か決意のようなものが見えた気がした。

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