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8.聖女と王子

ルーベリアを見送ったオタ村の面々は夜が明けきらないうちから、男達は魔物との戦闘の後片付け、女達は倒壊した家屋から使えそうなものを見繕ったりしていた。

たった二日ほどで見るも無惨になってしまった村。

村を守る防壁は百五十年以上前に建設され今まで修繕を繰り返しながらも何度も村の窮地を救ってきたが、今回の魔物襲撃で半分が崩れてしまった。

住んでいた家の殆どが何かしらの被害を受けている。 

多少扉や壁を壊されたのはまだ運が良い。半壊、全壊した家の住人は改めて家の惨状を目の当たりにして呆然と家の前でしゃがみ込んでいる者もいた。

村の一画にある畑も踏み潰されたり、クレーターができていたりで戦いの激しさが見てとれる。栽培していた野菜などは全滅に等しい。


「これでは今年の冬を越すのは厳しくなりそうだ」

目の前の畑を眺め村長のリットーがため息をついた。

「食料もそうですが、家を作るのも大変ですよ。壊れた家を全て建て直すには木材の確保が間に合わない」

パットが唇を震わせる。

材料となる木材は周りが自然豊かなため木を切り出せばいくらでも作れるが、家を作るための木に加工するまでの労力が圧倒的に足りなかった。

村の者総出でやればもしかすると可能かもしれないが、他にもやらなくてはいけない事が有りすぎる。特に冬を越すための食料については死活問題だった。

せめて、今回村を襲撃した魔物から肉など採れていたら保存食にもできたのだが、アラクネ系の魔物で食材になる部位はほとんどなかった。

「それでも、魔女様がキアレ村からも助力してくれるとお約束してくれたのだ。何とかなるだろう」

リットーの言葉にパットは村の窮地を救ってくれたルーベリアを思い出す。

一見すると成人しているようには思えない小柄であどけない顔。リットー的には美人というより可愛らしいと表現するほうがしっくりきた。

「今生の魔女様は、何と言うか親しみやすいお方でしたね。先代魔女様の話を聞かされていたので、最初はどう接したらと悩みましたが」

ルーベリアを出迎えた際の行動は悩んだ挙げ句のものだったが、ルーベリアはお気に召さなかったらしく若干引いていたことにはパットも気づいていた。

「先代、アイリン様は気難しいところもあったが、それはご自身の立場について色々考える所があったのだろう」

「立場?」

リットーの含みを持った言い方にパットは首を傾げてその続きを待ったが、何でもないとはぐらかされてしまった。

「しかし魔女様って凄いですね。ポーションを作ったり空を飛ぶなんて。一体どれだけの力を持っているのか」

パットが感心するように息を吐く。

「挙句結界まで直して」

「それが彼女たちを魔女と呼ぶ理由だよ。我々にとっては遠く聖都にいる聖女様より隣村の魔女様の方が頼りになる存在だ。『聖女の紛い物』などと言っておる馬鹿な輩もいるが、魔女様を蔑ろにしてはならない。昔から言っているがこれはキアレ村周辺の町や村の総意なのだよ。むしろ……いや言っても仕方ないことだ」

リットーは尊敬の念を深くする。

「しかし、村の壁に結界を施してくれていたとは……アイリン様は誰かに言付けしなかったのかのう」

先代魔女アイリンがこの村に来たというのは伝わっていた。結界を施したとしたらその時しか考えられない。もしかして前村長である自分の父が聞いたのを忘れてしまっていたのか。

もし結界の回数制限を知っていれば今回の襲撃は回避していたかも知れないと思うと悔しさがこみ上げる。

ただそれと同時に明るくなってきた空を見上げ本当に助かったのだと今更ながらに実感すると胸が熱くなった。

ルーベリアがいなければ少なからず命を落とす者が出ていたはずだ。

貴重なポーションを二束三文で売ってくれたハンス。それもこんな辺鄙な村でお目にかかれるはずの無い高品質の特級ポーション。

村ではポーション代を出せる余裕がなかったため、その好意を素直に受け取った。

「近いうちキアレ村に改めてお礼に伺わなければいかんな。あれほど完璧なポーションを分けて頂いてそれに見合う物など到底用意はできないが……」

「ぜひお供させてください!」

即答したパットを見るとほんのりと顔を赤らませていた。

「お前さんも年頃だったな」

冒険者を辞めて村に帰ってきた青年たち。

あいにく村には丁度いい独身の娘が居なかったため皆独身だ。

奥手な村の男に都会から若い娘を連れ帰って来るだけの甲斐性はなかったようで、親たちは一様にがっかりしていた。

「今までの魔女様は独身を貫いたが、ルーベリア様はどうだろうな」

魔女様は無理でもキアレ村に年頃の娘がいればいい。ついでに見合い話も持って行ってみるかと思案する村長リットーと満面の笑みを浮かべるパットがいた。




この世界は聖女によって保たれる。


 ――その神聖な力は大地の穢れを払い、豊かな実りをもたらす

 ――その神聖な力は人々を癒し慈しむ 

 ――その神聖な力は奇跡を起こす


 それが聖女。唯一無二の存在。




「聖女様!」

「カトリナ様!おめでとうございます!」

「聖女様万歳――!」

そんな声があちらこちらから響き渡る。


聖国ルオンヌの首都イオラ、通称聖都にある王城に、聖女カトリナ・ファルブはいた。 

聖都のほぼ中央に聳え立ち圧倒的な存在感を示す白亜の城。そのバルコニーに立ちカトリナは眼下の群衆に優雅に手を振り続けていた。

カトリナが今年成人を迎えたために盛大に成人の儀が執り行われ、城下は昼夜を問わずお祭り騒ぎだ。

城下のあらゆる道の脇に隙間がないほど露店が立ち並び、人がすれ違えないほどの混雑ぶり。

メインである成人の儀自体は既に終わっている。だが周辺から集まってきた者たちはまだ帰ることなく、その上新たに聖都入りする者が多く賑わいが続いている状態だ。

そんな者たちの為に毎日四、五回バルコニーに立ち三十分ほど手を振り続けていたカトリナには既に笑顔は無い。

成人の儀当日のみバルコニーに立つ予定だったのが、ここの所毎日続いているからだ。

バルコニーから姿を見せてはいるが安全上カトリナと先頭の民衆との距離はかなりあるため、後方にいる者たちには正直バルコニーに立つカトリナの顔立ちなどははっきりと分からないかも知れない。だが、もう民衆たちはカトリナの表情などどうでもいいのだ。  

笑顔なんて無くとも皆『聖女』の姿を生で見られることがうれしいのだ。


カトリナが一般に姿を見せたのは過去に二回しかない。

一度目はカトリナが二歳のとき、聖国の民をはじめ近隣の国に正式にカトリナを聖女としてお披露目した時だ。

見事な黄金の髪にクリリとした青い瞳。右手で自分の背丈よりもある聖杖を重そうに持ち、カトリナの父であり国王でもあるラーダック・ファルブ・ルオンヌに手を引かれ、よちよちとおぼつかない足取りで皆の前に姿を現した。その姿を一目見ようと集まった群衆は聖女のかわいらしさに一瞬で心を奪われてしまった。

黄金の髪は聖女の証とされており、カトリナを見た者たちは「これでこの世界は救われる」と泣き出す者が続出した。

二度目は、カトリナが十歳、国王ラーダックの在位二十年の祝賀行事の時。

皆の脳裏に焼き付いていたのは二歳の姿。まだあどけなさは残るもののその成長ぶりに、国王の祝いそっちのけで昼夜問わず皆が飲んで騒いでカトリナのこれからの成長と活躍を願った。

そして三度目の今回、成人になったカトリナの姿は全身純白のドレスに身を包み、引きづっていた聖杖よりも背丈は伸び凛とした佇まい。皆その姿に酔いしれていた。


城外へ出かけることもなく、聖女に会えるのは貴族など一部の権力者だけだが、その者たちでさえ必ず会えるわけでは無い。レア感満載となればこれだけのお祭りモ-ドにもなるだろうが、この聖女フィーバーにはもう一つ理由があった。


それはカトリナが約三百年ぶりに誕生した聖女だったからだ。

 

聖女によって保たれる世界に三百年という長い間その聖女が不在。聖国ルオンヌはもちろんこの世界のすべての国がずっと待ち望んでいた存在なのだ。

これまで聖女不在の影響は至る所で現れていた。特に大地から湧き出る瘴気と呼ばれるもの。

大量に浴びると体に支障をきたす厄介なものなのだが、聖女にしか消すことができない。

病気になる者、住み慣れた土地を追われる者、どんどん住む場所が奪われていったのである。

そのためカトリナの成人の儀には他国からも数多く祝いに駆け付けていた。聖国は貴族や他国の王族に式典参加の招待状を出していたが、招待状を受け取っていない下位貴族や領主までもが押しかけてきたのだ。自分の領地の瘴気を何とかしてほしいという切実な想い。これを機に聖国に、いや聖女に上奏するため勝手に来た者たちだ。

だが、もちろん勝手にやって来た者に会うほど聖女は暇ではない。招待をした者たちとの謁見だけでも多すぎて持て余しているほどなのだから。


その招待された中に、魔国グリズラウム第三王子アスワードと武国サルヴァン第一王子フォルティオンがいた。

成人の儀が滞りなく行われ、あとは聖女との個別謁見を残していた二人は、早々に謁見の申し入れをしたのだが、希望者が多く順番待ちとなった。急いで帰るほどの火急の用事も無かった二人はゆっくりとイオラを満喫することにし、順番を後の方にしたのだが成人の儀が終わってから既に八日も経っており流石にそろそろ街の散策も飽きてきたところだった。

二人は幼馴染で滞在中はずっと一緒に行動していた。

王子の一人アスワード・シュヴァルは魔族である。魔族はその容姿が様々だが人に近い見た目の者はかなり少ない。どれもが人間から見ればおぞましい怪物のようであったがアスワードは限りなく人に近い姿をしていた。普通の人間に比べて強靭な身体を持ち魔法にも長けている魔族は見た目のせいもあり恐れられる存在でもあるが、アスワードからはそんな印象を欠片も受けない。

細身の長身ですらりと伸びた手足、黒髪黒目で唯一魔族であることが分かる特徴といえば頭に生えている小さなツノくらいだろう。辛うじて髪の中からちょこんと出ているそのツノの先も髪と同色のため殆ど分からない。

印象も全体的にふんわりとしており正直魔族と名乗らなければ、病弱で世間を知らずに育った貴族の子息で通せそうな容姿をしていた。

父である現魔王は体つきこそ人に近いが顔は相当凶悪である。人間が見れば間違いなく悪夢にうなされる日々が続くほどのトラウマを抱えることになるだろう。

相手に余計な恐怖を与えないように普段から外交に関しては主に人間に近い形をした者が行っている。当然人間の姿と変わらない容姿のアスワードはよく他国に出向いたりしていた。外交担当の筆頭である。今回聖女の式典ということで王子であるアスワードが来るのは必然だった。


そしてもう一人、フォルティオン・スルンツェは人族であるが、普通の人間よりも身体能力が非常に高く武芸に優れていた。これはサルヴァンの国民全てに言えることで聖国の者と比較すると一.五倍から三倍ほど身体能力が全体的に高く、王族や貴族になると中にはそれ以上高い者もいたりする。そのためサルヴァンは武国とも呼ばれていた。

フォルティオンはアスワードよりも少し身長が高く、鍛えられた体は服の上からも分かるくらい逞しかった。青みを帯びた長い髪に緑の瞳、精悍な顔立ちでまさに武闘派と言った感じだが荒々しさが見えないのは王族としての品格なのだろう。

二人は町に溶け込めるよう目立たない服装をして店を回っていたが、無駄な努力であったことを本人たちは知らない。


二人が漸く聖女との謁見に臨む日が来た。

既に二人は今、謁見の間にいる。一面大理石の床の中央部分は謁見の間の入り口からまっすぐに長く赤い絨毯が敷かれていた。

カトリナがいる一段高くなった玉座の前まで歩みを進めると二人の王子は片膝をつき頭を下げた。

「この度は誠におめでとうございます。魔国グリズラウムを代表いたしましてお祝い申し上げます」

「聖女カトリナ様、成人の儀誠におめでとうございます。サルヴァンを代表しお祝い申し上げます」

「遠路はるばるありがとうございます。これからより一層聖女としての務めを果たしていくつもりです」

初めて聞くカトリナの声。

まだあどけなさが残る可愛らしい声だった。

一連の式典で多少表情に疲れが見えるがにっこりとほほ笑んだその顔は、民衆は元より美に慣れた貴族、特に若い男たちを一瞬で魅了するに足る美しさがあった。佇まいも聖国の王女として厳しく教育されたに違いない優雅な動きはさすがだった。

 

しかし、その魅惑的な青い瞳でじっと見つめてくるその視線に二人の王子は僅かに嫌悪感を抱く。

魔族を見るのは初めてだとしても、アスワードの姿は人間に近くそれほど珍しくもない。

フォルティオンに関してはなんら変わらないのだから聖女と言ってもこちらを値踏みするかのようなその不躾な視線には少々腹が立った。

「今後はカトリナ様が我が国においでになる機会が増えることでしょう。その際は最高のもてなしをさせていただきます」

対価は払うから瘴気を払いに来いよ、ということをやんわりと伝える。

王子二人は阿吽の呼吸で当たり障りのない会話をいくつかカトリナと交わしたあと、この場を辞すると伝えた。

そしてフォルティオン達が立ち上がろうとしたときだった。徐にカトリナが右手に持つ聖杖を軽く振った。

「私からのささやかな贈り物です」

シャンと聖杖の飾りが揺れる音が響く。

カトリナがずっと右手に携え手放さない見事な装飾が施された聖杖。

聖杖の上部にはめ込まれた赤い石が一瞬光ると、僅かばかりであるが謁見の間の空気が変わったような気がした。同時に王子二人の体が何となく軽くなった気がした。

聖女の力を使ったのだろう。謁見の場に薄く漂っていた瘴気が消えていた。今この世界はどんな場所であろうと微量ながら瘴気が漂っている。聖女がいるこの場でさえも全く無いということは無い。ただ直ぐに人体に影響を及ぼすほどの濃さではないというだけである。

聖女の奇跡を目の当たりにして、アスワード達の後方に控えていた謁見の順番待ちの者たちの中から歓声が聞こえた。

赤い石は恐らく魔石と呼ばれる力のある石。

魔力を使う際の補助的な役割を果たしたりする貴重な石だ。

聖女仕様なのか、二人の王子ですら見たことがないような大きさの石だった。アスワードはその石に非常に興味を持ったが、さすがに見せて欲しいなどとは言えない。

二人の王子が礼を述べると、カトリナは満足そうに遠ざかる彼らの背を見つめていた。

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