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7.兄と幼馴染と

ルーベリアが帰るときには村人たちに囲まれ揉みくちゃになってしまった。

もてなしたいのでもう少し居て欲しいと請われたが、村の片付けなどもあるだろうと丁重にお断りした。

とても残念がっていたが、機会があればまた来ると伝えて納得してもらった。

怪我をして寝かされていた中に村長もいたとういことで、帰りはきちんと村長自らルーベリアを見送ってくれた。

アントンと同じくらいの歳に見えた村長だが、結界のことを知らなかったことや、魔物についてある程度知識があった自分の判断ミスで村人を危険に晒したことを非常に悔やんでいた。

しかし、村長でいる間にそう何度も起こることではないし、結界があったがために経験を積みようが無かったのだから仕方がないとも言える。

それに今回ルーベリアが付与した結界は常用型で効果も永続的。おいそれと小さな村に施す代物では無いのだが、これで今後魔物の襲撃は永遠に無いと言ってよい。

しかし絶対ということも無いためそこは触れず、自分が生きている間は定期的に見にくると伝えた。


最後は村長から若い世代に村を任せるべきか魔女様の意見を聞きたいと相談されてしまい、いずれキアレ村に来てアントンに聞いてくれと丸投げしたがアントンは許してくれるだろう。

そして漸く今、ルーベリアは来た道‥‥空を飛んで戻っている。

丁度朝日が昇り始め、空は少しずつ明るくなってきた。

行きは暗くて見ることができなかった空からの眺めに感激する。

「あれが、海?」

ルーベリアの進行方向から見て左側、地平線の彼方に朝日に煌めく海が見えた。

「綺麗」

今までルーベリアの世界はキアレ村とクロラの森だけだったが、この一瞬で世界が驚くほど広いことを実感した。

ハンスから聖都や行商で立ち寄る町や村の話を聞いたりしてもあまり想像できなかったのだが、こうして自分の目で実際に海を見て世界に対して少しばかり好奇心が湧いた。

それと同時に『魔女』としての自分について疑問も生じた。


――魔女って一体何なのだろう――


キアレ村でも自分を「魔女様」と呼ぶ者はいる。

物心ついた時からそう呼ばれていて、それが普通で当たり前の日常だった。

でもあからさまな態度ではなく、至って同じ村人という扱い。ポーションを作ることができる故ちょっと尊敬されているくらいの態度だとルーベリア自身は受け取っている。

それなのにオタ村の者たちから受けた対応は行きすぎて崇拝するような勢いだった。

途中からキアレ村に無事帰してもらえるか本当に不安になったほどだ。


魔女はこの世界に一人、ルーベリアしか存在しないという。

同じ時代に複数魔女が存在することはない。

ルーベリアは先代の魔女が亡くなって程なくして生まれたらしい。

断定的な言い方をする理由は、ルーベリアは置き去りにされていたのを拾われキアレ村で育てられたため、産まれた当時の状況がはっきりしないと教えられたからだ。

ルーベリアを見つけたのは、アントンの妻ベルだった。ベルは聖都に住んでおりたまに村へ帰省してくる。なんでも幼い頃から王城に仕えているらしく家族とは別居している。

そのベルがある日腕にルーベリアを抱えて村に戻ってきた。

夫婦には息子であるソウルとモーリスがいた。

日頃妹が欲しいと言っていた二人はルーベリアを見て狂喜乱舞したという。

そして十三歳になるまで、アントン達の娘として、兄弟の末っ子として共に育てられた。

その後先代魔女が住んでいた家を譲り受け一人で暮らすようになった。

暫く考え込む。ルーベリアの中で何かが引っかかった。

どこかすっきりしないのだ。

でもそれが何なのかこの時のルーベリアには解らなかった。


しばらく朝靄の景色を楽しみながら飛んでいるとキアレ村が見えてきた。

時刻は朝の五時を少し回ったところだったが、外に人影が見えた。

こちらに向けて大きく手を振っている。

「ルー!」

微かに聞こえた声はソウルとモーリス。

アントンの姿も見える。

きっと帰りを待ってくれていたのだろう。

手を振り返し徐々に高度を落としていくと、降りてくるのが待てないらしくソウルとモーリスが走り寄ってきた。

「お帰りルー!大丈夫だったか!?」

降り立つなり二人に抱き締められる。

「ただいま。ソウル、モーリス」

「ごめんな、ルー。俺たちお前がオタ村に使わされてたなんて知らなくて。知ってたら阻止したのに!暗くて怖かっただろう?」

幼い頃からルーベリアを実の妹のように可愛がってきたソウル達は、自他共に認める立派なシスコンだった。普段からスキンシップが激しい上に心配性で世話好き。

もう子供ではないのだからと嗜めるのだが全く改善されない。

最近はもう諦めて、ルーベリアもなおざりな対応で済ませていた。

それが仇となったのか。

思考がたまに怖い方向へ突き進む。

「阻止って、ソウル変なこと言わないで。あ、アントンさん只今帰りました」

無理やり兄たちからの拘束を抜けるとアントンに駆け寄る。

「おかえり、ルーベリア様。疲れたろう?話はあとでゆっくりと聞かせてもらうからまずは体を休めなさい」

そう言うアントンの方が少し疲れたような顔をしていた。

恐らくルーベリアを見送ってから寝ていなかったのだろう。

娘に初めてのお使いを頼んだものの、気が気でなかったのかも知れない。

薄情なことにハンスの姿はなく、ポーションを卸すのを止めようかとルーベリアは黒い笑みを浮かべた。


兄たちに労わられながら家まで歩くと徐々に眠気が襲ってきた。

初めてのお使いはルーベリアが思っていた以上に体力と精神を消耗していたようで、ベッドに入るなり即効で眠りに落ちた。

倒れるような勢いでベッドにダイブしたため体を丸めて寝ていたネーグルが勢いよく跳ね上がり抗議の猫パンチを浴びたが、それにも気づかないほど瞬間的に眠りについたようだった。


目が覚めたのはその日の夕方。いくらなんでも寝すぎた感は否めないが初めてのお使い後だし許されるだろうとまた布団を被ったが、何となく部屋に香ってきた美味しそうな匂いにルーベリアはゆっくりベッドの上で身を起こす。

「うーん。だるい」

良く眠れたが疲れが完全に取れた訳ではなさそうだ。

往復で約二時間。今までで最長の飛行時間。

いつも使わない筋肉を使っていたのかも知れない。

箒に乗るのも実は結構力が要るのだ。

ゆっくり肩を回し筋肉を解す。背を反らすとバキバキと体から音が鳴る。

「凝ってるなぁ」


軽いストレッチ紛いのことをしたお陰か後頭部から背中にかけてすっきりとした気がした。

目もばっちり冴えたところで漸く身支度を整える。

寝室を出て居間へ行くとソウルとモーリス、そして朝は姿を見せなかったハンスがソファに座り談笑していた。


「あ、起きたかルー。日中でも寝るなら一応鍵かけておけよ。年頃の娘に何かあったら困るだろ」

「ごめんなさい。気を付けます」

あまりに疲れていて完全に鍵をかけ忘れたようである。ソウルからお叱りを受ける。

「ルーちゃん任務お疲れ!」

朝出迎えてくれなかった男が何事も無かったように笑顔で手を振る。

「ハンス!よくも顔を出せたわね。この薄情者」

出迎えてくれなかったことを根に持ち冷たい視線を向けた。

「なっ……誤解だよ、ルーちゃん!俺寝ないで仕事してたし!」

「ルー、夕飯の準備が出来てるよ。一緒に食べよう」

ハンスを無視してモーリスがルーベリアを呼ぶ。

優しくエスコートされ夕食がセッティングされた食卓へ向かうと慌ててハンスが追い縋ってくる。

「本当に仕事してたんだって。信じっ……」

「邪魔。ルーに近づくな、薄情者」

ソウルがニヤニヤしながら背後からハンスの首を抱え込む。

「ちょ、マジやめて!」

「本当は寝てたんだろ?」

「違うって。ほんとに仕事!アントンさんに聞いて!本当だから」

夜通しやる仕事なんて一体どんなものやら。

ルーベリアは首を傾げるも後ろで楽しそうにじゃれている二人を放っておき、本日の夕食を眺める。

既に食卓には本日のメインディッシュが中央に鎮座していた。

鳥の丸焼きだ。

モーリスが椅子を引きルーベリアを座らせると流れるようにルーベリアの膝にナフキンを敷く。

目の前には香ばしく焼けた豪快料理。

お腹が鳴り出す。

「俺が狩ってきたんだぞ」

ハンスを揶揄って満足したのか素早くルーベリアの隣の席を確保したソウルが得意気に言うと、慣れた手つきでナイフで切り分け小皿に盛り付ける。後から「あっ、狡い」とハモった声が聞こえたが空耳と思うことにした。

「スゴい!美味しそうね」

「鮮度もいいからな。沢山食べろよ」

切り分けると中に野菜や香草が入っていたようで、より食欲をそそる香りが部屋に充満した。

モーリスが皿に盛ったシチューとサラダをテーブルに添えて準備完了のようだ。

ここまでルーベリアは何もしていない。全部兄任せで至れり尽くせりである。

甘やかされているなぁといつも思うのだが、本人達に言うとまだまだ甘やかし足りないと返ってくる。

自立するためにもアントン宅から出たのだが、二日に一回はこうして家で誰かと食事をする。

その際は皆が料理持参で来るためルーベリアは自分の料理を振舞う機会があまりない。

またアントン宅で食べることも多いのでルーベリアの料理の腕は一向に上達しない。

しかし、こんなに美味しい料理が食べられるなら、料理下手な事は些細なことと割りきって目の前の料理に舌鼓を打つのだった。


「オタ村はどうだった?僕が去年オタ村に行ったときは結構村の外壁も強固で、魔物に突破されるような感じは受けなかったんだけど」

食事も終わり、寛ぎ始めるとモーリスがオタ村の様子を聞いてきた。

「暗かったから正直良く分からなかったけど、家は結構壊されていたのが目に入ったわ。侵入したのは蜘蛛の魔物で大量に壁をよじ登って村に入って来たみたい」

「うわ。想像するだけで鳥肌が立つな。そんなので死人が出なかったのは……幸運といえば幸運だったのか?」

両腕を抱え身震いするソウルを見てモーリスが笑う。

ただでさえ見た目グロテスクな蜘蛛だが、魔物となると体長が小さいものでも一メートルを優に超える。そんなのが地面を覆いつくすほどの群れとなって村に襲い掛かってきた。

頭胸部は装甲のように硬く攻撃が通り辛い。

上顎の噛む力は非常に強力でオタ村の怪我人の多くはそれで手足を食いちぎられたのだ。

「ソウル兄さん、蜘蛛嫌いだもんね」

「正直この村に押し寄せてきたら俺は戦力外だな。ハンスを盾にでもして家に閉じこもるさ」

清々しいほどきっぱり言い切った。

「ほんと俺の扱い酷いよね。ソウルの盾になるくらいならルーちゃんを守るし」

グッと力こぶを作った腕をルーベリアに見せアピールする。

「え、私要らないよ?」

「ルーちゃん……」

即拒否されてハンスは突っ伏して項垂れるが誰も相手をしてくれない。

「てか、もしかして、今回ハンスが村に来るのを二、三日ずらしていれば丁度オタ村を通った辺りで魔物に遭遇できたんじゃないか?」

「え?」

慌てて顔を上げると幼馴染の男二人が何故かハンスを睨んでいる。

「そうだね。そうしたらルーがオタ村に行く必要無かったよね。ハンスが戦えば良かったんだから」

「ちょっ」

「つーことはハンス、お前が悪い!」

「なんで!?」

突然の暴論に慌てるが何も反論する暇を与えられず、最終的にオタ村の一件の責任を負わされてしまった。

「お前が戦えば村は無事だったろ」

「ハンス強いもんね」

「や、戦うのは良いけどさ……」

タイミングの問題で責任を負わされるのは理不尽だと主張したが、ルーベリアまで同調し始める始末だ。この場にハンスの味方は一人としていなかった。


「ところでさ、オタ村には元冒険者だった人が何人かいるんだけど会った?オタ村出身者だけでパーティ組んで結構有名だったんだよね。多分その人たちが先頭に立って頑張ったんじゃないかな」

ハンスの冒険者という言葉にルーベリアは興味を持つ。

「冒険者ってあちこち旅する人だよね?」

「なんか微妙な知識だな。ルーは知らないのか?まぁ旅することも無いわけじゃないけど。何でも屋って言った方がいいんじゃないか」

デザートのフルーツを頬張りながらソウルが説明してくれた。

何でも屋という言葉にそれもどうだろうとモーリスとハンスが苦笑いしている。

冒険者はギルドという仕事の斡旋所のような所に登録し、様々な依頼を受けて成功報酬を得て生活している者達の総称だった。

魔物討伐など高難度の依頼から家の掃除など超簡単な依頼まである。

難しい依頼を沢山受けて成功すれば地位も上がり、成り上がりも夢ではないのだ。

因みにキアレ村にはギルドはない。

ギルドは最低町レベルで人口二万人以上いる所と決められている。

「確かパットさんって言ったかな。パーティのリーダーで結構若かったのに冒険者辞めちゃって。勿体ないって思ったけど」

「村長代理だった人だわ!」

出迎えてくれた青年の姿を思い浮かべる。

「ソウルよりもう少し歳上に見えたけど、確かに若かったわね。冒険者かぁ、なんかカッコいいわね」

背格好はソウルとほぼ変わらないようだったが、全体的に筋肉質でがっしりとしていた。決してソウルが細いわけでは無い。むしろしっかり筋肉は付いているがパットと比べると少し見劣りがするような感じがした。

冒険者になると筋肉の質も変わるのかなと、どうでもいいことを考える。

ルーベリアとしては何ともなしに言った言葉なのだが、ソウルの片眉がピクリと上がった。

「まさか、ルー。そいつに惚れたんじゃないだろうな?」

「ふぐー!!」

突拍子もないソウルの言葉にルーベリアは口に含んでいたお茶を盛大に吹き出してしまった。

「え、そうなの?ルー」

ソウルのバカな発言を本気に取り、ルーベリアの口元をやさしくハンカチで拭きながらも渋い顔で迫ってくるモーリス。

「え、ルーちゃん筋肉マッチョが好きなの?」

ハンスは当然パットと面識があるため彼の体の特徴を正確に捉えていた。

あれを筋肉マッチョと言うのかとルーベリアは納得する。

「何言ってるの!?そんな訳ないでしょ!」

慌てて否定するが三人の眼を見ると信じていないようだ。

「いいか、ルー。ルーを貰いに来る奴は俺とモーリス、それに親父が認めた奴じゃないとダメだからな。俺たち三人を倒せない奴にルーを任せることはできない」

本気で言っているから笑えない。しかも条件が厳しすぎる。

「資産状況と家族関係、そして女性関係については僕がきっちり調べてあげるから安心してね」

本気で言っているから怖い。というかモーリスにどういった伝手があってそんなことを調べられるのだろうか。

「いや、それだったら俺に任せて。商会のネットワークをこれでもかってくらい使って」

一番やりそうで思わず引いた。この三人が結託すれば絶対ルーベリアは絶対に結婚できないだろう。

「つーか、ルーは俺が貰う!なんで他人にやらなきゃならないんだよ」

「いや、兄さんよりなら僕でしょ?兄さんは脳筋だから結婚する人は大変だよ」

「お前は細かくて、金にがめついからダメだ!細かい男は面倒くさいよな?ルー」

「倹約家って言ってよね。細かいんじゃなくて真面目なの。真面目が一番だよ、ルー」

「君たちルーちゃんの兄だから無理だって。ルーちゃん、俺と結婚しよ。将来安定、お金に困ることないよ。いくら欲しい?それに俺ならソウル達くらいまとめて軽く捻り倒せるよ」

「おまっ!金で釣るとか卑怯だろ。それに血が繋がってねーんだから結婚できるし」

「ハンス、僕も成長してるんだ。そうそう負ける訳にはいかないよ」

男三人が罵り合う。

パットではなく冒険者がかっこいいと思ったのだが、話が飛躍しすぎて収集がつかない。

「さあ、誰にする?」

挙句の果てルーベリアに答えを求める始末だ。なぜか三択しかない。

家族のような感情しか持てない異性を今さら恋愛対象として見られる訳がないし、そもそもルーベリアには目下恋愛願望も結婚願望もない。

「誰とも結婚しません!」

「えー!?」

がっくりと項垂れる三人は割と本気なのだが、当のルーベリアには伝わっていない。

こうして三兄妹と幼馴染みの楽しい夜は更けていった。

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