表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/53

5.オタ村

グラウスに宣言した通り、ルーベリアは箒に乗って遮るものの無い空を驀進していた。

今回ルーベリアにとってはキアレ村とクロラの森以外の場所へ行く初めてのお使いとなる。

陽が出ていれば壮大な景色を眺めることができたのだが、あいにく真夜中。

何も見えない。少し残念である。

日中飛ぶのと違い体に当たる風が冷たい。

アントンが厚手のローブと手袋を渡してくれなければ今頃寒さに震えていたかも知れない。

夜中に飛ぶ経験が無かったルーベリアは気にもかけない事だった。


しばらく飛んでいるが陽が昇るまではまだまだ時間がある。

未だ空には月明かりだけ。見下ろす大地も暗いままだが村がある方向がある程度分かれば、それに向かって進むだけで良い。

村では仄かではあるが火を起こして見張りが立っているはずなので、空からならすぐに分かるとグラウスは言っていた。

迷うことはないだろう。

しかし村に着いたとして、いきなり空から見知らぬ人間がお邪魔しては驚かれるかも知れない。

最初は心配していたルーベリアだったが、それはアントンが解決してくれた。

なんと、キアレ村を中心とした近場の村には魔女の訪れを教える魔道具があるというのだ。

魔女であるルーベリアですら知らなかったのだが、その魔道具は初代魔女が作った物だという。実の所、本来どのような理由で作られたのかはもう分からないということだったが、今回のように他の村に魔女が赴く際に便利な為何度か使っているそうだ。

三十年ほど前にもオタ村に対して使ったことがあるから大丈夫だろうとアントンが説明してくれた。

そんな訳でキアレ村を出る直前にその魔道具を使わせて貰ったのだが、それは小さな魔石が嵌め込まれたペンダントだった。

アントンの祖先から代々受け継がれてきた物だという。

魔石とは主に魔物の体内から出てくる魔力が宿った石のことを言う。

魔道具などを作る際に使われる貴重なものだ。

ペンダントをアントンから手渡されルーベリアが握りしめる。

小さくこれから行く村の名前を呟くとルーベリアを中心に床が光り直径1メートル程の魔法陣が浮き上がった。

時間にすれば二、三秒ほどの短い時間。

すぐに魔法陣は消え何事もなかったように辺りは静粛に包まれた。

これでオタ村に伝わったはずだと言われ、あとは行けば大丈夫という言葉を信じ進むこと約一時間。

ルーベリアの眼下に小さな灯りが見えてきた。

「きっとあそこね!」

ルーベリアはスピードを緩め少しずつ高度を落としていく。

さすがに村の中に降り立つのはどうかと上空を旋回しながら悩んでいたら、キアレ村で見たのと同じような魔法陣が現れた。

同じようなとは言ったが、規模はこちらがかなり大きい。

直径二十メートルほどの赤く色づいた魔方陣が村の地面からゆらりと浮き上がり、静かに消えていった。暗闇に浮かんだそれは幻想的ではあったが、何も知らされていなければ大変気味が悪いものに見えたかも知れない。

魔法陣が消えるとすぐ、揺らめく灯りが数個。

松明を持って数人が家屋から出て来たようだ。

「なるほど、今のは魔女が到着したことを教える合図ってところかしら。それにしても演出が派手というか・・・・・・ん?」

若干改良が必要なのではと思いつつ、ルーベリアは灯りを振る村人たち向かって降りていった。


魔物は既に全て討伐が終わっていたようで、一見して村は静かだった。

暗いせいもあり村の被害の全容は分からない。

ゆっくりと地に降り立ったルーベリアを待っていたのは、またしても片膝をついたままの五人の男達。

代表と思われる一人が一歩前に出る形で、残りの四人がその後ろで横並びになり片膝を付いていた。

キアレ村ではこんな扱いを受けたことがないルーベリアには戸惑いしかない。

一部の者はルーベリアに対して敬語を使い「ルーベリア様」などと呼ぶが、ここまで大袈裟な扱いを受けることはなかった。

この村には魔女の存在がどのように伝わっているのか怖くて聞けない。勘違いしている部分が多いのではないだろうか。

色々疑問はあるのだが、時間も無いため今のところは忘れることにした。

「突然空からすみません。もうご存知みたいですが、キアレ村の‥‥‥魔女ルーベリアです」

「ルーベリア様、お初にお目にかかります。オタ村の村長代理パットと申します」

皆より一歩前に出ていた青年が名を名乗り、ルーベリアに挨拶をした。

グラウスよりも年上に見えたが、それでも二十代後半といったところだろう。

「この度は我が村の危機に魔女様自ら駆けつけてくださり、望外の極みにございます」

「あ、いえ」

あまりの仰々しさにルーベリアの顔は引きつっていたが、そんなことお構いなしにパットの口上が続こうとしていた。

こうしている間にも怪我人の容態は悪くなるというのに。

皆グラウスのように目を輝かせているのが暗がりの中でも分かる。

目に映る松明の炎がより一層それを助長しているようだ。

ここは無理やり話を終わらせることにした。

「それよりも、皆さん立ってください。こんなにかしこまる必要ありません。それに怪我人に薬を早く与えたいのですが」

背負っておいた鞄からガサゴソと薬箱を取り出しパットに押し付けるように手渡す。

「そうでした!申し訳ございません。魔女様が直々においでになるということで、気持ちが高ぶり忘れておりました」

「そんな大事なこと忘れないでください!」

何故かパットを含め他の四人も笑顔だ。

怪我人の事を忘れて笑顔になるくらい魔女に会えるのが嬉しいのか。

『聖女の紛い物』などと呼ばれている存在のはずなのに。

不思議なやり取りに一気に疲れを感じた。


充分間に合う量のポーションを持ってきたとは思うが、万が一に備えてルーベリアは怪我人の元まで同行を申し入れた。

断られることなく、むしろ感謝されてしまった。

本音で言えば早々に帰りたかったのだが、自分が帰った後に薬が足りなくて犠牲者が出たなどと言われたら後味が悪すぎる。自分がいれば薬草をその辺で調達して直ぐに対処ができるのだからここはひとまず我慢した。

それにしても、怪我人の元へ行く道すがら外に出てきた村人が口々に「魔女様、ありがとうございます」と涙を流す勢いで拝むのは止めてほしい。

こんな時どんな顔をしていたら良いのか。恥ずかしくて顔が赤くなっているのが自分でもわかった。まだ暗くてよく見えないだろうと思ったがそっとローブのフードを被って顔を半分隠す。

案内されたのは村の中央。

村の集会所として使っている大きめの木造の建物に怪我人が集められていた。

中に入ると薄い布が敷かれた上に怪我人が十三人も寝かされていた。

キアレ村で聞いた時は数人と言っていたが、グラウスがオタ村を出てから増えたのだろう。

それでも持参したポーションで足りそうだとルーベリアは安堵した。


あちらこちらから苦しそうな呻き声が漏れていた。

しかし意識があり呻く者はまだいいが、呻くことさえ出来ず死んだように動かない者もいた。あまりにもひどい状況だった。

怪我人を囲んでいるのはそれぞれの家族たちのようで、皆疲れきった顔をしていた。

そのうちの一人がルーベリア達に気づくと、連鎖的に皆が一斉に視線を寄せてくる。

「みんな待たせたな。ポーションが届いたぞ」

絶望の中に希望を与えるパットの言葉に周りから「わぁ」と歓声があがった。

今か今かと待ちわびていた物が届いたのだ。 

家族たちの目に少しばかり光が灯ったように見えた。

怪我人を見ると村の薬師が薬草から煎じたものを患部に当てて出来る限りの延命処置をしていたようだが、怪我の程度がひどく気休めにもなっていない状態だった。

ルーベリアの見立てでは止血と殺菌作用がある薬の調合だったが不完全なため効果が低い。

正直この村の薬師のレベルは中の下といったところか。

軽度の傷が辛うじて治っている程度だ。

急いでポーションを配る。

ポーションは飲んでも良いし患部に掛けても良いが大きな傷にはポーションを直接丸ごと一本かけた方が手っ取り早い。

何が刺さったのか腹から背中まで貫通しているという目の前に横たわっていた男の傷口に惜しげもなくポーションをかけていく。

一瞬男が呻くように声を漏らしたが痛みからではない。

傷が塞がる際の独特の感覚に思わず声が出たのだ。

人によりその工程が気持ち悪かったり、くすぐったかったり、快感だったりするらしいがポーションは性能通りの効果を発揮した。もちろん高品質の特級ポーションだ。

痛みから解放された者が家族と抱き合って喜んでいるのを見て、ルーベリアもほっと胸をなで下ろす。

だが、全てが元通りという訳にはいかなかったようだ。

「そんな!どうして!?」

奥の方から悲痛な叫びが聞こえてきた。

「どうして飲んでも元に治らないの!?」

女性の甲高い声が響く。

ポーションを飲んでも治らない理由はいくつかあるが、今回の場合は皆の怪我の状態から見ても推察できる。

欠損だろう。

ルーベリアの目の前にいた怪我人の一人は腕が千切れそうになっていたが辛うじて一部が繋がっていたため修復された。

その隣にいた者は指が千切れていたが、幸運にも千切れた部分を回収して持っていたため、千切れた部分をくっつけるようにしてポーションを掛けることで修復できた。

だが、奥にいた怪我人は予想通り不運にも腕を食いちぎられ、魔物に持っていかれたとパットが教えてくれた。

本人なのか家族なのか、すすり泣く声が聞こえてくる。

怪我が治って喜んでいた者たちも俯いている。


欠損はルーベリアが作ったポーションでは治せない。例え今回持参した特級ポーションでも不可能だ。

食いちぎられた部分に新たな皮膚を形成して出血が収まるだけだ。

化膿することもなく痛みも消えるだろう。

できるなら何とかしてあげたいと思うが、こればかりはどうしようもできない。

欠損を元通りにできるのは人智を越えた神のような存在。

王都にいる聖女と呼ばれるただ一人にしかできないことなのだ。

もしくはポーションを遥かに凌ぐ効果を齎すエリクサーしかない。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ