4.真夜中の依頼
ドンドンと、扉を叩く音が微かに聞こえルーベリアは目を覚ました。
こんな夜更けに一体誰だろう。
気合をいれてポーションを作ったせいかとにかく眠い。
ぼーっとする頭で考えたところで、この村には部外者が殆ど来ないのだから村の者の誰かなのだが。
上半身を起すと珍しく傍で寝ていたネーグルも起きルーベリアの肩にひょいと飛び乗る。
ベッドから出て玄関の扉へと近づくと、愛用の杖と共に念のため護身用の短剣を構えながら尋ねる。
「どなたですか?」
もちろんこの場ですぐに扉を開けるようなことはしない。
いくら平和な村でも油断はいけないのできちんと相手を確認した。
以前、いきなり扉を開けたことがあり懇々とお叱りを受けたので抜かりは無い。
「ルーベリア様、夜分申し訳ありません。アントンとハンスでございます」
聞き慣れた声は、ルーベリアを懇々と叱った村長のアントン。
ハンスが一緒に来たと言うことは薬関係か。
ルーベリアはゆっくり扉を開け二人を家の中に招き入れた。
「ルーベリア様、突然で申し訳ないのですが、これから隣の村まで薬を届けて頂けないでしょうか」
入るやいなやそう言ったのはたハンスだった。
普段ルーベリアと二人でいるときのような気安さは無い。
ハンスは何故かアントンの前だと言葉使いが丁寧になる。
多分揶揄っているのだろうとルーベリアは思っている。
その証拠にハンスはいつも笑いを堪えるように肩を震わせているのだ。
似合わないハンスの丁寧な言葉使いに違和感しかなくルーベリアも笑いが込み上げてくる。
結構深刻そうな話なのにまるで緊張感がない。
「今からですか?」
「はい。実は隣のオタ村が魔物に襲われたそうで、怪我人がかなり出たとのことです。薬を求めて使いが今来ているのです」
一大事だった。ハンスと笑いあっている場合では無かった。
オタ村はこのキアレ村から馬車で丸二日ほどはかかる所にある。
キアレ村との間には険しい山が一つ。一応道はあるものの、当然足場はかなり悪い。
馬車で行商をしているハンスがキアレ村に来る前に立ち寄る村なのたが、道の悪さに加え山一つ越えなくてはならないので隣の村といってもかなり時間がかかるのだ。
村ではハンスから買った常備薬や村にいる薬師が作った軟膏を使って怪我人を治していたのだが、とうとう全て使いきってしまったという。更に薬の常備は最低限の数の上、重傷者に使えるようなポーションなど持ってはいなかった。
幸い死者はまだ出ていないというのが救いだ。
しかしポーションが無い以上重傷者はただ死を待つのみ。
そこで、先日村を素通りしたハンスがいるであろうキアレ村まで使いが来たという。
「あまり時間が無いということですね」
「はい。使いの者が村を出て来たのは昨日の昼過ぎだそうで、その時点で重傷のままの者が数人いるとのことです」
かなり馬を飛ばしてきたようだ。
例え薬が手に入ったとしても、これからまた二日近くかけて村に戻るとなるとその間に最悪の事態になりかねない。
「分かりました。オタ村へ行きます」
「傷回復と体力回復の特級を昨日ルーベリア様から買い取った物から出します。あとは薬と薬草関係を分けてもらいたいです」
「分かりました。聖都で売る分はまた帰って来てから作りますね」
話がまとまると、早速ルーベリアはオタ村へ向かう準備を始めた。
準備を済ませアントン宅に向かったルーベリアは、そこでオタ村の使いの者と簡単に挨拶を交わした。
応接室のソファに凭れかかっていた青年は見てすぐ分かるほど憔悴していた。
かなり無理をして来たのだろう、顔は青ざめ体が小刻みに震えている。
すぐにでもオタ村へ出発しようと思っていたルーベリアだったが、このままにしておけないと思い、精神安定効果が出るようブレンドした薬草茶を用意して暫く青年が落ち着くのを待った。
「ありがとうございます。体が温まってきて楽になりました」
青年が言う通り顔に赤みが差し強張っていた表情も幾分穏やかになってきた。
カップを受け取った手も最初は力が入り強張っていたが、カップを通して感じるお茶の温かさでこちらも僅かばかりだが指先に赤みが増してきていた。
「それは良かったです」
ルーベリアもホッと笑顔になる。
「それにしても大変でしたね」
村のことを心配するように声をかけると青年は弱々しく俯いた。
「ここ五十年ほどは魔物が村に現れることが無かったので皆どこかで慢心していたのかも知れません。こういうのは忘れた頃にやって来るのでしょうね」
全く無防備だった訳ではない。村を守るための防壁があり、若者中心の自衛団もありそれなりに訓練もしていたという。しかし今回想定以上に大量の魔物が押し寄せた。訓練はしていたが魔物と対峙する実践経験は狩りを兼ねて山に入る時くらい。村の防衛としての実践経験はゼロ。
そんな状態で敵うはずがなかった。
この世界で生きるには魔物との関係は切っても切れないもの。たまに何かの拍子で大量の魔物が村に押し寄せることがあるが、今回もたまたま魔物が進む方向に運悪く村があったという話である。運の悪い事故という考えだ。
それでも五十年もの間魔物の襲撃が無かったというのは幸運な方だとルーベリア達は思っていた。
薬草茶のお陰か目にも力が戻ってきた青年は、薬を受け取ったらすぐに村に帰るつもりだったらしい。しかし気持ちが緩んだことで一気に疲れを感じ睡魔が襲ってきたようだ。
ルーベリアがこれから村に向かうからゆっくり体を休めるよう伝えると、青年は目を見開いた。
「本当にそんなことが可能なのですか?」
驚きと疑念が混ざったような目。
無理もない。
自分が一日半馬を走らせやって来た道のりを一時間とかからず行くというのだから。
青年は目の前にいる自分より若く小柄なルーベリアをじっと見つめるが次に何かに気づいて「あっ」と小さく声を発した。
そんな青年にルーベリアは笑顔で告げる。
「私、魔女なので箒に乗ってひとっ飛びなんです!」
「!!」
その言葉に青年は持っていたコップを無造作にテーブルに置くと、素早く片膝を付き忠誠のポーズをとりはじめた。
いきなりのことで、ルーベリア達は止める暇もなく唖然とその光景を見ていた。
先ほどまで蒼白していた男の顔が嘘のように高揚している。
「まさか、魔女様に直接お会いできるとは!感激です!‥‥‥あぁ!魔女様のお手を煩わせるとは申し訳ございません!ですが、今は確かに魔女様のご慈悲におすがりするしか!」
ルーベリアは自分が発した『魔女』という言葉に相手がこれほどの反応をするとは思わず慌ててしまう。
「そんな畏まらないでください!えーと?」
「グラウスです!魔女様!」
「うっ!」
ものすごい笑顔でルーベリアを見上げるグラウスの目に先ほどまでの悲壮感は全くなくなっていた。むしろ頬を染めてキラキラした視線を向けてきており、思わず一歩引いてしまった。
アントンは笑顔で頷き、ハンスは苦虫を噛むように顔を顰めている。
「グ、グラウスさんですね。私はそんな畏まられる様な立場の人間ではありませんので、どうか普通にしてください」
「しかし‥‥‥」
グラウスはルーベリアを見上げたまま、困ったように眉を寄せ不本意だと告げてくる。
「しかしも何もありません。グラウスさんが立ってくれないなら私は村に行きませんよ」
拗ねたように発した脅しの言葉は効果が抜群だった。
グラウスが慌てて立ち上がる。
そしてルーベリアをじっと見つめた後。
「よろしくお願いいたします。魔女様」
グラウスは改めて深く頭を下げるのだった。