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3.魔女ルーベリアと行商人ハンス

この世界には魔法が存在している。

攻撃魔法や治癒魔法、防御魔法など様々あり魔力を持つ者が使える力だ。実際は全ての者が少なからず魔力を持っているが、自由自在に操れる程の者となれば限られてくる。

聖女がいた時代は殆どの者が魔力を操り魔法を使えたのだが、どんどん使える者が減り魔法を使える者は貴重な存在となってしまった。

そして使える者はそれを生かして名声や権力を手にすることができる。

大きな魔力を持って生まれただけで未来が約束されるといっても過言ではない世界だ。

しかし、魔力は血筋に関係するところが多く、今では皇族、そして貴族や領主、商会など名の知れた所に生まれることが殆どだった。

もし平民が使うことができるとすれば、ロウソクに火を灯す程度の威力の火を作り出したり手元からしずく程度の水を出すだけで尊敬される。その程度の威力でも平民の二百人に一人ができるかどうかだ。

それだけ平民が大きな魔力を持って生まれて来ることなど稀なのである。

 

ハンスはその稀な存在に属する。元々このキアレ村出身であるが、その稀に見る力のため村を管轄している領主の庇護下に入り、時間を置かずして後継ぎがいない商会の養子となり今に至っている。

ちなみに元の両親は健在でキアレ村で暮らしている。ハンスはキアレ村に来ると三日ほど滞在するのだが毎回両親のもとに泊まっていた。商会の養親共に良好な関係である。


そして、ルーベリアが作るポーションもまた魔力を必要とする作業だ。

それもかなりの魔力量が必要な上に繊細な魔力操作が要求される。

薬を作る薬師に必要なものは知識と【調合】スキルで魔力は必要ない。

だが、ポーションを作るには知識と【調合】スキルの他に、もう一つ【精製】スキルとさらに聖属性の魔力が必要となる。

ポーションを作ることができる者は聖薬師と呼ばれていた。

ポーションを作れない薬師でも周りから特別扱いされるくらいなのに、貴重なポーションをポンポン増産するルーベリア。

ハンスには月に各ポーション五十本ずつ納めているが、本気になれば月に百本だろうが作ることができる。

加えて召喚術までも使えるルーベリアはハンス以上に稀な存在、『魔女』ルーベリアである。そんな稀な存在であることに本人はあまり頓着していなかった。


ネーグルの願いをぶち壊すように翌日の朝、早速ルーベリアの元にハンスがやってきた。いや、押し入ったという方が正しいかも知れない。

扉を勝手に開けて入るなり、朝食中のルーベリアの前まで歩み寄る。

ルーベリアのフォークを持つ右手をそのまま両手で優しく包み込み、跪くと上目使いで甘く囁いた。

「ルーちゃん。俺のためにポーションを作ってください」

天鵞絨の瞳。知らず知らずに異性を引き付ける優しい印象のほんのりタレ目は、庇護欲を倍増する呪いでも込められているのか。この瞳に魅入られる女性はとても多くハンスが意図せず男性の反感を買い、後に修羅場に巻き込まれている姿が聖都内にて結構な頻度で目撃される。

商会の跡取りだけあり身なりもそれなりに着飾られているためか、その大変迷惑な存在感が周りの男達の反感を買ってしまう。

上から下まで滑らかな上質生地で拵えた服。それ以上に目立つのは、数々の装飾品だろう。

両手の指に無数に嵌められているリングは魔石と呼ばれる貴重な石が誂えられている。

あまり主張はせずシンプルなデザイン。見るものが見ればその価値が分かる。

両耳にも同じように主張が少ない小ぶりのピアスが二つずつ。

ハンスをよく知らない者がみたら遊び人、放蕩息子などと評されるような格好にも見える。

そんなハンスにルーベリアは白けた目を向けていた。

「あれ?おかしいな。効いてない」

「はあ。その芝居がかった感じがもう駄目ね。なんで騙される人がいるのか理解できないわ」

それを堂々と己の武器として使うこともあるため修羅場に巻き込まれることは自業自得だが、付き合いの長いルーベリアにとってはその仕草一つ一つが胡散臭く感じてしまう。

「いや、俺にはいつだってルーちゃんだけだよ。どうしたら信じてくれるかなぁ」

更に目じりが下がり捨てられた子犬のように哀願する。

いつものやり取りである。

面倒くさそうにハンスの手を軽く振り払い勢いよくサラダにフォークを刺す。

そのまま口に持っていこうとしたのだが握り直された手は軌道を変えてサラダはハンスの口に入ってしまった。

どうしても構って欲しいようだ。

「ルーちゃんとこの野菜はおいしいね」

屈託のない笑顔。ポイント稼ぎかここぞとばかりに褒めるが。

「それ作ったの、アンナちゃんのママだから」

「えっ」

朝早くにカルラが畑で採れた野菜を持ってきてくれたのだ。

固まったハンスを横目にパンをちぎり軽く放るように口に入れれば「淑女がはしたない」と目の前の遊び人風情の男から窘められてしまった。

「村娘を淑女扱いしてくれるのはハンスだけよ」

「何言ってるのさ。淑女どころかルーちゃんは俺の姫だからね」

ハンスはルーベリアを姫と呼ぶことがある。

幼い頃に遊んだ騎士ごっこに由来しているらしい。

らしいというのはルーベリアにはその記憶が残っておらず、ハンス達が主張しているに過ぎないからだ。

ルーベリアには義理ではあるが兄が二人いる。

幼い頃は義兄達とハンスにルーベリアを加えた四人で遊ぶことが殆どだった。どんな遊びをするときも前提としては一番小さなルーベリアを姫として、少年三人は姫を守る騎士という設定を守りながら遊んでいたという。

その名残なのか以前は姫と呼ばれることが当たり前だった。しかし子供の頃はそれでも良かったがやはり気恥ずかしい。成人することを機にルーベリアが激しく拒否したためハンスは妥協して「ルーちゃん」と呼ぶようになったが、その呼び方もどうなのだろうかと実は納得していない。そしてたまに感情が高ぶったりすると思わず姫と呼んでしまうのはもう癖なのだろう。


いつもの馬鹿げたやり取りを終えると、朝食は食べてきたがまだ腹には余裕があるというハンスからのおねだりでハンスの分も軽く用意して和気藹々と食事を再開した。

「今回はそれぞれ百本いけるけどどうする?」

「それは有難いね!稼ぎ時だから頼むよ。ああ、特級も無くなりそうなんだ。いくつかお願いできないかな?目玉商品にしたいんだけど」

食べながら話すのは仕事の話だ。

ルーベリアは特級ポーションも軽々作れるのだがハンスに卸すのは大体一級と二級にしている。特級用の材料が中々手に入らないこともあるが、ハンス曰く流石に特級がバンバン巷に出るのは良くないとのことだった。

その辺りは商人の事情など複雑にあるようで、田舎に引きこもっているルーベリアには分からない。

そのため特級はハンスからお願いされた時しか卸さないが、作ってはいけないということでもないため材料が揃えば都度作ってストックをしている。

村でいざと言うとき使う分も必要なのであって損はない。


「うーん。材料が揃わなくて今あるのは傷回復で十本、魔力回復で十三本だけ。あ、村の非常用を出そうか?そうすればもう少しいけるわよ」

「十分だよ。あー。ここはお言葉に甘えるかな。あるの全部ちょうだい。あ、体力回復はどう?」

「ストックは無いけど材料が畑にあるから大丈夫よ」

人気でいうと傷回復がダントツで次に魔力回復。体力回復はどういう訳か人気薄だ。

だから普段あまり在庫を持っていない。

「今回は他国からも沢山人が王都に集まるからね。少しでも特級が欲しいんだ。新しい人脈作りの餌だよ」

「それなら畑に行ってニニック草採ってきて。それで体力回復は作れると思うから」

「任せてくれ」

ハンスにとって肉体労働はお手のものだが。ルーベリアはふと気づく。

「ハンス、何だかくたびれてない?」

良く見ると女性受けする自慢の顔は薄っすらと目の下に隈があり、頬がげっそりしているようにも見えた。

「かなり無理して来たからね」

やはり今回の村訪問は予定外だったらしい。

「旅程の計算が合わないんだけど、どうやったの?」

「あぁ、馬に体力回復ポーション飲ませて夜も走っただけだよ」

「馬鹿でしょ!」

呆れて思わず叫ぶ。本人にも自覚があるらしく肩を竦めていた。

「自分でもそう思うよ。でもそれしか方法が無かったからね。おかげで体力回復は手持ちゼロだよ」

「もっと早く言ってくれたら、こんな強行スケジュールで村に来なくても良かったんじゃない?」

聞けば聖女の成人の儀が行われる日が発表されたのは三ヵ月も前だという。

その間にハンスは村に何度か来ているため、その時に頼んでくれていれば前回来た時に渡せていたかも知れないのだ。ハンスは頭を掻きながら苦笑いする。

「面目ないことに完全に忘れていたんだよ」

ルーベリアの予想は的中していた。

ビックイベントに伴う相応の仕入れをし忘れたハンスは、帰るなり養父である商会長にこっぴどく叱られ今回のキアレ村訪問となった。ゆっくりと戻って来た長い道のりをまた馬車で駆け抜けることになったのだ。聖都滞在約三時間での急行となった。

「ルーちゃんも人が悪いよな。知ってたなら言ってくれれば良かったのに」

ルーベリア自身以前ハンスから聖女の成人の儀があることを聞いてはいたが、気を利かせて追加でポーションが欲しいか聞かなかったとしてもルーベリアは悪くないと思っている。

「商会跡取りがそれじゃ、いつまでたっても継げないわね」

「……っく。痛い所ついてくるね」

バツが悪くなったところで、ちょうど食事を終えたハンスは椅子から立ち上がると慣れたように作業場へ向かい壁にかけてある籠を担ぎ畑に向かおうとした。

「そういえば俺の友、ネーグル君はどこかな?」

 思い出したように両手をわきわきさせて捕獲する気満々に辺りを見渡す。

 今回は事前対策としてドルトたちに預けて魔物狩りに連れて行ってもらっている。見た目は普通の猫だが、そこは召喚獣。本来は猫ではないのだ。

「森に行ってるよ、追いかければ?」

村に居ると探索をかけられて見つかってしまうが、森までになるとハンスのスキルレベルでは探索範囲外になるため見つけられない。

「いや、無理でしょ。居場所分からないしクロラの森に一人で入って無事に済むほど今の俺は強くないからね」

お手上げとばかりに右手をヒラヒラさせる。

「枷を外せばいいのに」

「いやいや、それ面倒くさいって知ってるでしょ」

枷とは魔力を抑えるために身に着けているもののことでアクセサリーであったり、衣服であったり人により様々なもので魔力を抑える。

抑える理由は人それぞれだがハンスの場合は、魔力を自分の意思で上手くコントロールできないため抑えないと魔力を暴走させていまい非常に危険なのだ。

そのため普段から魔力の出力を抑え大きな魔法を使えないように調整している。

「ま、ネーグル君は次回として。あ、それよりさ、ルーちゃんエリクサーって作れないか?」

 ちょっとそこまで買い物‥‥‥くらいのノリで言われて、一瞬理解できずルーベリアは固まってしまった。


エリクサーとは伝説上のアイテムだ。

飲めば怪我も病もたちどころに治り、四肢の欠損すら瞬きの間に治ると言われている奇跡の薬。

普段ルーベリアが作るポーションなどエリクサーの前ではただの水に等しい、と言うのは言い過ぎかも知れないがそれ程までに絶大な効果があるものなのだ。

ただ、伝説上の代物と言われているがその作り方は知られている。

知られているが、作るための材料がほぼ入手不可な上にこちらも特別なスキルを持つ者でないと作れないため現状この世界には存在していない。

「……今は作れないわね」

「やっぱり作れないかー。ルーちゃんなら、いや魔女ルーベリア様ならもしかしてと思ったんだけどな」

眉尻を下げ残念そうにハンスが言った。


ルーベリアはこの世界に一人しかいない『魔女』と呼ばれる存在。

聖女が『精霊からの贈り物』と呼ばれているのに対し、魔女は『聖女の紛い物』、『世界を破壊する者』などと呼ばれている。

あまり良い呼ばれ方では無いのだがルーベリアは気にしたことが無い。

魔女であることで今まで実害を受けたことが無いからだ。

物騒な呼び名が付いているにも関わらず、何故か村の者たちはルーベリアに敬意をもって接してくれる。

入口の扉に凭れているハンスを片手で頬杖をついてルーベリアは見つめる。

「もし作れるとしたら聖都の聖女様しか居ないでしょ」

「うーん。まあ、そうなんだけど。ちょっと貴族様からの依頼でさ、ダメ元で探してたんだ」

大きな商会ともなれば貴族との関りも多い。

結構無茶な要求をしてくる者もいる。

ルーベリアはその度にハンスに泣きつかれるため、薬草の知識などをフル活用して無茶な要望を叶える薬を作ってきた。

だからひょっとしてエリクサーも作ることができるのでは?とハンスが思ったりするのも無理はなかった。

いくらハンスが大きな商会の息子とはいえ、聖女にお目通り叶うほどの立場ではない。

「作れないのってスキルの問題?素材の問題?」

「どちらかと言えば魔力の問題」

スキルはあるが魔力の問題が解決しないと作ることが出来ないと伝える。ただそれは魔力の問題が解決すれば作れるということになる。

ハンスはそれ以上は問わず無言で頷きニニック草を摘みに畑へ向かった。

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