2.魔女ルーベリア2
「そういえば、ハンスさんが来ていましたよ」
疲れたのか眠そうなアンナを抱きかかえたカルラが帰り際にふとルーベリアに言った。
「え、早くないですか?」
「ほら、もうすぐ聖都で聖女様の成人の儀があるって、ハンスさんが前に言っていたじゃないですか。その間は村に来ることができないから前倒しで来たみたいですよ」
「そうですか。そうなると私の方でも準備しておいたほうがいいかも知れませんね」
カルラが言うにはハンスは先ほど村に着いたらしく村長宅に行っているとのことだ。
ならば自分の所にやって来るのは明日だろう。人差し指を口元に当て今後の予定を思案する。
ハンスはキアレ村に来る若い行商人で、聖都に店を構えている商会の息子だ。
聖都から離れたいくつかの町や村を定期的に馬車で回り売買をしている。
その中にルーベリアが作る薬も含まれていた。
中でも毎月一定量取引契約をしているポーションは高値で買い取ってくれる。
ルーベリアは村から出たことが無く相場が全く分からない上に、せっかく得たお金も使う機会が無いため稼ぐことにあまり興味がない。村では物々交換でほとんどの物が手に入る。
そのためある程度お金がまとまればハンスから珍しい素材などを買ったりしているが、お金は貯まるばかりで実は恐ろしいほどの金持ちなのだが本人は至って慎ましい生活をしている。
ポーションは効果や効能により種類がある。
効力としては特級と呼ばれる物が一番高く、次いで一級、二級と低くなる。
効能は様々あるが主に戦闘などで重宝する傷回復、魔力回復、体力回復などが人気だ。
ルーベリアは傷回復と魔力回復のポーションをそれぞれ毎月納めている。
ポーションは普段ルーベリアが村の者たちに調合している傷薬などとは効力が段違いな代物だ。
村の者には薬草をペースト状にして傷口に塗る軟膏タイプを使用しているが、こちらは薬師と呼ばれる者が主に作るものだった。
薬師は薬草など植物の知識に精通し、【調合】スキルを取得した者が名乗ることが出来る。
【調合】スキルが無ければいくら知識を持っていても、どれだけ薬草を捏ねくり回しても薬になることは無い。故に【調合】スキルが無い者は薬師と名乗ることができない。
傷薬は薬師であれば割と簡単に作ることができるが、薬師の腕次第で傷が治るまで若干時間がかかる。
そして深い傷には効果が足りない。また作ってから時間が経つと効能が無くなるため長期の保存ができない。使用期限はせいぜい十日ほどだ。
しかし、ポーションよりはるかに安いため一般的には怪我をした場合使うのはこの軟膏タイプが主流だ。
ルーベリアがアンナに使ったのもこの軟膏で、その場でさっと作りあっという間に傷を癒したのである。
前回ハンスが来たのは二十日程前。本来の予定であれば来るのはまだ先のはずだった。それこそ聖女の成人の儀が終わらないと来ることができないとハンスはルーベリアに話していたが、この強行日程の理由にルーベリアは心当たりがあった。そのために無理をしたのは明らかである。日数的に途中の町や村は通り過ぎるだけにして真っ直ぐキアレ村に来たとしか思えない。それでも計算が合わない気がするのだがどんな無茶をしたのだろうか。
今この国、もっと言えばこの世界でポーションを作ることができる者がほとんどいない。
ポーション作成は特別なスキルが必要なため誰もが簡単に作れるわけではない。薬師程度では作ることなどできないものなのだ。
怪我を瞬時に治せるポーションは、国を守る兵士や冒険者と呼ばれる者たちの間では一本でも持っていれば生還率が格段に上がるアイテムのため、売りに出されるとあっという間に争奪戦になる。大変高価なため平民が手に入れられる可能性は極めて低い。効力が低い二級ポーションですらそれなりの値段がする。一般的に薬草で作る軟膏が平民において主流なのはこれも影響している。
家の脇に建てられた専用の作業小屋。二つに仕切られた部屋の一つは作業スペース。
もう一つは在庫や材料置き場だ。
その在庫棚には現在各ポーションのストックが箱に入れられ、きれいに並んであるがきっと足りないだろ。
処理してある薬草を確認するとポーションを作るために必要な分は十分ある。
「よし、それじゃ作りますか」
ルーベリアは親子を見送ると早速ポーション作りにとりかかった。
黙々と作業を続けていたルーベリア。
ふと顔を上げ窓の外に目をやると空がオレンジ色に染まっていた。
親子を見送ってから二時間ほど作業に没頭していたようだ。
「ルー、何してるの?」
椅子に座り机に向かっているルーベリアの足元から声がした。
手を休め目線を落とすと、全身艶のある漆黒の毛を纏った黒猫がいた。
窓から差す夕陽に照らされた体は幻想的な輝きを見せている。
「おかえり、ネーグル。さっきはありがとう」
抱きかかえ膝に乗せる。
「今ね、ポーション作ってたの。ハンスが来てるんだって」
「げっ!」
お礼と共に告げたハンスの名前を聞いた途端にネーグルは全身の毛を逆立てる。
ネーグルは見た目愛らしい猫なのだが実はルーベリアの召喚獣である。
召喚獣とは別の次元から召喚したものを言い魔物とは少し違う。
固体ごとに階位というものがあり高位になればなるほど人間の言葉を理解し意思疎通が図れる上に魔法も使う、非常に有能な存在だったがそれ以上に扱いが難しく簡単に召喚できない。
ネーグルは高位召喚獣。言葉を交わせるがそれは召喚者であるルーベリアと、基準を満たせた者だけだ。普段は村の中を自由気ままに散策し、たまに気が向けば村の子供たちと遊んだり、そのまま家にお泊りさせてもらったり猫という認識で村の生活に馴染んでいる。
ネーグルが召喚獣であること自体は村の皆が知っており過剰に触ったりしないのだが、ハンスは事あるごとにネーグルにちょっかいをかけてくるため苦手なのだ。
そんなネーグルをハンスは探索の魔法を使い毎度探し出しては、その漆黒の毛並みを延々撫でつけ腹の部分に顔をうずめて意識をトリップさせたりと好き放題していた。
青年が猫に全力でじゃれている姿は何とも形容しがたくルーベリアはいつも呆れて見ている。
「家には入れないでよ?」
ネーグルの言葉にルーベリアは苦笑いだ。
家に入れないというのはどうしても無理な話。
「そんなに嫌ならハンスがいる間は次元の世界に戻る?」
・・・・・・負けた気がするからいい・・・・・・」
一体何の勝負だろう。
そんなルーベリアの考えを察したのか。
「僕の取るに足らない感情で主の傍を離れるなんてあり得ないよ」
胸を張ってどこか誇らしげに言うネーグル。
その気持ちが嬉しくて綺麗な毛並みを優しく撫でる。
だが取るに足らない感情という割に見過ごせないほど振り回されているし、普段もほとんど遊び歩いて自分の元に居ないのだが。
そこは敢えて指摘せずルーベリアは自分の相棒をひたすら撫でてご機嫌を取るのだった。