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1.魔女ルーベリア

世界観が緩いので辻褄の合わないことが出てくるかもしれませんが、寛大な心でお読みいただけると幸いです。

あらゆるものに悪影響を与えるとされる瘴気が溢れるこの世界は、かつて『精霊からの贈り物』として瘴気を浄化することができる『聖女』が贈られてきた。

同じ時代に二人と存在しない唯一の存在。

『聖女』が天寿を全うし精霊の元へ還ると新たな『聖女』が精霊から贈られるとされている。

稀有な存在故に年月を重ねるごとに崇拝の対象となり、やがては一つの国家を形成するまでになった。

本人の意思とは裏腹に莫大な富と権力が集中していった。


聖国ルオンヌ。

三四八年前。当時の聖女、ルオンヌを国の象徴に据え世界の中心となり栄華を誇った国である。

至る場所に漂う瘴気は聖女固有の【浄化】というスキルでしか消し去ることが出来ない。

霧のように発生するそれはその場の土地を汚染する上に人の体を蝕む。

発生する原因は解明されておらず、どこに湧き出てくるか分からない質の悪い毒のようなものだった。

故に聖女の力を笠に聖国は周辺国家へ影響力を強めていった。

だが、聖国の繁栄はルオンヌが亡くなるまでの僅かな間。

ルオンヌ亡き後、『精霊からの贈り物』たる新たな聖女は途絶えたのである。


聖国初代女王であり最後の聖女、ルオンヌが亡くなってから三百年。

広大な領土を誇る聖国の最北に位置する辺境の村、キアレ。

近くには人を寄せ付けない独特な雰囲気を漂わせるクロラの森がある。

多くの魔物が巣食うクロラの森はキアレ村と聖国の首都イオラ、通称聖都を隔てるように鎮座している。

そのためキアレ村へ行くにはこの森を大きく迂回しなくてはならず、面倒な場所のため外部から人が訪ねて来ることは滅多にない。

精度の低い地図には村の存在すら載っていない、聖都からは馬車で二週間近くかかる場所にある辺鄙な村の一つというのが旅人達の認識となっている。とは言えこの世界にはキアレ村のような場所は珍しくない。


村に住む者達の大半は農耕と狩りを主な仕事とし自給自足の生活をしている。

村で手に入らない物は定期的にやってくる行商人から購入して賄っているが微々たる量で、逆に村で取れたものを行商人に売って金銭を得ている。

人口は四百人程。多少村人同士の小競り合いはあるがじゃれ合いの延長のようなもの。

皆が顔馴染みで家族のような付き合いだ。

村にはいつも穏やかな時間が流れている。



とある昼下がりの事だった。そんな村の穏やかな雰囲気をぶち壊すように、勢い良く玄関の扉が開け放たれ小さな家が揺れたような気がした。

「アンナが!アンナがいなくなった、ルーベリア様!」

昼食を終え昼寝でもしようかと寛いでいたルーベリアの予定が吹き飛んだ瞬間だった。

慌てている声の主はドルト。居なくなったというアンナの父親だ。

その後ろ僅かに遅れて母親のカルラも小走りでやってきた。

猟師として森に頻繁に入るドルトは体格が良く大柄で見かけ通り力も強い。そしてかなりガサツな性格だ。

アンナの心配よりも先に家の扉が無事かと思ってしまったが、ドルトを落ち着かせるようルーベリアは声をかける。

「アンナちゃんならお花を摘んだりしていたのを見ましたけど?」

午前中、道に沿って咲いていた野花を嬉しそうに摘んでいたのをルーベリアは目撃していた。

ルーベリアに気づいて笑顔で手を振っていたので間違いない。

「あぁ、花を摘みに行くと言って朝に出たきり昼になっても戻って来ないんだ」

いつもは昼ご飯を食べに家に帰ってくる娘が帰ってこない。

心配で村中捜したのだろう。ドルトは額から大量に流れる汗を腕で拭いながら乱れた呼吸を整える。カルラも息づかいが荒く胸に手を当て呼吸を整えていた。

「お友達の家とかには?」

「全部回ったけど居なかった」

「そうですか」

狭い村の中で見つからなかった。

そうなるとあとは村の南側にあるクロラの森に迷い込んだと考えるのが妥当だ。

外部の者が殆ど来ないこの村で人さらいなどの犯罪に巻き込まれることはゼロに等しい。

見知らぬ者が村の中を歩いていれば直ぐに分かるのだから。

ルーベリアはアンナを見つけるべく、テーブルに置かれていた愛用の杖を手に取りゆっくりと目を閉じた。

「探索」

ルーベリアが静かに一言唱えると杖全体が仄かに光を纏う。

ドルト達から見れば特にルーベリアに変わった様子はないが、今ルーベリアの閉じた目にはまるでソナーのようなものが見えていた。

それがルーベリアを中心に円をかくように探索の範囲が円状に広がっていく。

探索範囲を二キロほどに広げたとき。予想通りの場所で青い点滅が浮かんだ。

アンナだ。

「あー、森に迷い込んでますね。でも比較的森の浅い場所に居るので大丈夫ですよ、私が――」

「いや、俺が行く。ルーベリア様はこれ以上力を使わなくても大丈夫だ」

ルーベリアが椅子から立ちかけ迎えに行くと言う前にドルトに止められた。

「そうですよ。場所さえ分かればあとは私たちができますから」

カルラもドルトと同じ気持ちらしい。

ルーベリアは苦笑しながらその言葉に甘えることにした。

「分かりました。なら、ネーグルを道案内につけますね」

広い森の一か所を的確に口で伝えるは難しい。道案内が必要だ。


「ネーグル」

ルーベリアが名を呼ぶとドルトによって開け放たれていた扉からトコトコとやってくる一匹の黒猫。

軽やかにテーブルの上にジャンプするとリンと首輪の鈴が鳴る。

「ニャア?」

呼んだ?というように首を傾げるとその可愛らしさについ空気が和らぐ。

もふもふは居るだけで精神安定剤というのはルーベリアの持論である。

ルーベリアの「お願い」という一言だけで事情は伝わったようだ。

ネーグルが付いてこいと言うようにドルトに視線を向け勢いよく窓から外に飛び出す。

「あ、ありがとな。ルーベリア様。あ、お前はここで待たせてもらえ。どうせここに連れてくることになるだろ」

一緒に向かおうとしたカルラを制止し、ドルトは小さな案内人を軽快な足取りで追いかけて行った。


「さあ、これでもう大丈夫よ。痛くないでしょ?」

「うん。ありがとう、魔女様」

一時間後。体のあちこちに怪我を作り、先ほどまでわんわん泣いていたアンナは、満面の笑みで傷一つ無いきれいになった自分の体を不思議そうに眺めていた。

薬草から調合したルーベリア特製キズ軟膏で怪我はあっという間に治ってしまった。

アンナは最初いつも通り花を摘んで遊んでいたが、目の前を優雅に飛んでいた蝶を追い駆けているうちに誤って森に入り込んでしまった。

足場が悪く木の根に躓き盛大に転んだらしい。膝や腕には大きく擦りむいた跡や青あざを作っていた。そのお陰でその場に留まりそれ以上森の奥に行かずに済んだのは幸いだった。


「ルーベリア様、いつも本当にありがとうございます」

カルラは申し訳なさそうに深々と頭を下げてから手に持っていたカゴをルーベリアへと渡す。

中には零れ落ちそうなほどの果物が入っていた。アンナ捜索と治療への対価だ。

「いえいえ、お互い様ですからいつでも言ってくださいね」

村では金銭のやり取りよりも現物で済ませることが多い。

店などは無いため食材などを貰ったほうがはるかに嬉しいのだ。

ルーベリアはにっこりと果物カゴを受け取り脇にあるテーブルへ置くと、改めてアンナに目を向ける。

「気を付けないとダメだよ?皆が心配するからね」

「はい!魔女様」

頭を優しく撫でると本当に分かったのかどうかは別として、キラキラした目でルーベリアを見つめる。

子供の穢れのない瞳はルーベリアに尊敬と憧れの念を隠すことなく表していた。

そんな元気に返事をする我が子をカルラは「お転婆で困ります」と諦めたように見つめるのだった。実はアンナがこうして怪我をしてここに来るのはこれが初めてではない。同年代の男の子とけんかをしたり、木に登って落ちたり、どうしてそんなことになったのか家の屋根から落ちたり。傷が絶えない子なのだ。

「一体誰に似たのやら」とカルラはため息をついているが、どう考えても父親でしょうとは言えずルーベリアは視線を逸らすのだった。


クロラの森へは村の集落を出て歩いて十五分ほどで着く。村の男達にとって森は食料を調達できる絶好の狩場になっている。

しかしこの森は木々が狭い間隔で密生したうえに、木々の間には大人の腰丈ほどある草が生い茂る狩りのしづらい所であった。

森には野生動物のほかに魔物と呼ばれるものが多く棲みついている。

魔物は野生動物よりも凶暴な上に魔法まで使いこなすものがいる。

人に危害を加えるため非常に厄介な反面、一部を素材として売ったり食用として消費したり村の貴重な収入源と栄養源になる。

そのため村の男たちは班を作りローテーションで魔物を狩りに行く。

放って置けば数が増え結局は村の周囲に影響が出るためほぼ毎日欠かさない。

しかし強い魔物を狩ればそれなりに怪我人が出る。

場数を踏んだ屈強な男たちでさえ油断したら命はない。

そんな危険な森に浅い場所だったとはいえ一人で入ってしまった子供が無事だったのは何よりだった。

そして、そんな村で育ったルーベリア。

今は村の片隅にある小さな家で一人暮らし。

家の周りにはそれなりの広さの畑があり、一人が食べる分なら余裕で賄えるだけの食料を自給自足できる。また幼い頃から薬草などに興味を持ち独学で知識を高め、薬を作っては売ったりもして生計を立てその日暮らしの穏やかなスローライフを送っていた。



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