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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

百鬼列車の夜

作者: Alice in

このコンテンツは、倫理規定委員会の定める日本倫理規格に適合していません。閲覧を継続しますか?


「カチッ」


このコンテンツは、あなたの精神を汚染させる可能性があります。本当に閲覧を継続しますか?


「カチッ」


このコンテンツは…


「アーーーー!もう、しつこい!!」


私は奇声を挙げ、マウスを連打する。何回かクリックすると、ようやくお目当てのページに辿り着く。おどろおどろしいそのページ。


「やっと、やっとだ。」


私の口元から、知らず知らずのうちに笑みが溢れる。私が長らく渇望してきた物がここにある。


------------------

私にこのような趣味があると自覚したのは、中学2年生のときだ。映画も、ドラマも、アニメも委員会の規制により均一化、陳腐化し、遊園地の絶叫マシーンやスポーツも恐怖や暴力を連想させるとの理由で廃止されていく中で、私にとって娯楽とは空を見上げ、雲を見上げる他無かった。お涙頂戴の物語を見ると虫酸が走るし、委員会のいうところの安全面、紳士的精神を完全に考慮した競技など見るに耐えない。


「おっはよー、有紗、昨日のドラマ見たー?」拍子抜けに明るい声が後ろから響く。


「おはよう、菜月。見たよ。ラスト感動だったね。涙で画面が見えなくなっちゃったよ。」本当は見ていないのだが、どれもこれも似たような内容だ。適当に相槌を打っておく。


「本当に面白かった。ああいうの、もっとやってくれればいいのにね。」菜月は快活に笑いながら言うが、私には何が面白いのか一生かかっても理解できないだろう。


ここまでは、いつもと変わらぬ通学路。しかし、転機は突然訪れる。


「キャーーーー!!」


道路の真ん中に犬がいた。そう、この場合過去形で語るのが正しいだろう。だって、その犬の腹からは綺麗なピンク色の腸が縄跳びのように飛び出しているのだから。おおかた車にでも引かれたのだろう。珍しいと言えば珍しいが、そこまで珍しくもない些細な出来事。しかし、私は魅了されたのだ。内臓と血の紅さと命の儚さに。


結局その日は、学校は遅刻したんだっけな。それを眺めていたせいと、吐いた彼女を介抱したせいで。私は怒られたのに、優等生の菜月はお咎めなしだった。私は悲鳴と怨嗟を垂れ流すヘッドフォンに耳を傾けながら回想する。ただ規制の厳しいこの時代、そういった手の動画どころかホラー映画にありつくことすら難しかった。私は今まで、燻る黒い感情に蓋をし、気持ち悪いぐらい素直で、善良な生徒達と同じように生きてきた。


包丁を手にした男が、褐色肌の女の腹に包丁を何度も、何度も、何度も突き刺す。最初こそは女は暴れ叫んでいたが、少しずつ声と動きが小さくなっていき、やがて完全に止まる。


「次は、何にしよう?」私は、生まれて始めて味わう高揚感に酔いしれていた。


事態が急変したのは3日前。私がカフェインを過剰摂取しながら受験勉強に勤しんでいるとスマホが鳴った。友人との会話は、チャットアプリを利用しているので、届くメールは殆どスパムだ。しかし、休息の言い訳が欲しかった私は一応メールの確認をしてみる。


このサイトでは倫理規定により放送されない、世界のニュースを配信しています。一部に閲覧に注意が必要な表現、映像が含まれることがあります。


いかにも胡散臭いメールだった。高額な利用料金を騙しとられるのが関の山だろうとも思った。しかし、私は餓えていた。もう、我慢ができなかった。だから3日間も悩み悩んだ末、URLを踏むことにした。


そして、今に至る。


ギャングに捕らえられた少年少女が並べられ、手首と足首を切り落とされるのを嬉々として眺めている今に。最後の悲鳴は甘美だし、散らかる肉塊は婉美だ。素晴らしいと思う。綺麗だと思う。しかし、人間の欲望というのは止めを知らない。


「本当にこんな光景がこの目で見れたなら」


とどうしても思ってしまう。動画で見るよりも何倍も、何千倍も多幸感を、陶酔感を私に与えてくれることだろう。


見たい、見たい、見たい、見たい、見たい。この目で血を、内臓を、そして人が物に還る瞬間を。


そう思っていると、変わった記事が一番下に張ってあることに気がつく。まぁ、このサイトの記事は全て変わっているのだが、それは一風変わっていた。


『百鬼列車 運航ダイヤル』


線路で寝ていた少女。起きたら両腕が!!


首の回りから少しずつ、ギャングに逆らった男の末路!!


などという、分かりやすいタイトルの記事に並んで、それがあるのだ。明らかに異質だ。興味を引かれた私は、その記事をクリックする。すると、表れたのは…


百鬼列車 運航表

20XX 8/28


杉並駅 19:42

粟平駅 20:14

幌延駅 20:38

〰️〰️〰️〰️〰️〰️〰️


時刻表?

何の説明も、画像もなく時刻表だけがポツンと存在している。画面をスクロールしていると、私の最寄り駅も存在していた。


---------------------


時刻表に書かれていた8月28日の夜。私は日笠駅にいた。親には、友達の家に泊まると嘘をついた。よく晴れた日の夜はよく冷える。もっと厚着をしてくるべきだった。もし、これで電車が来なければどうするつもりなのだろう。こんな時間から泊めてと頼むわけにもいかないし、野宿するしかないかもしれない。


私がそうやって悶々としていると、駅に客がもう一人やってくる。


あれは…


「菜月?」


「えっ!有紗!」菜月は慌てふためくと、鞄で顔を隠し普段より高い声で話し始める。


「ナツキ、ダレノコトデスカ?」


「いや、もう遅いから。私が有紗だって知ってる時点で。」


菜月は諦めたように、ゆっくりと鞄を下ろす。


「菜月みたいな優等生と、こんな時間にこんなところで会うなんてね。」


「有紗も、あのサイトを見てここに?」


「うん。そうだよ。まさか、菜月に会うとは思わなかったけど。」


「私も。」


私は自販機で飲み物を2本買い、片方を菜月に手渡す。長い時間掛けてそれを飲み干すと、私は聞きたいことを口に出す。


「しかし、よりにもよって犬の死体見て可哀想、可哀想言ってたあの菜月がね。」私はからかうような口調で言う。しかし、返ってきたのは重々しい声だった。


「私ね、嫌になったの。」


「みんなの望むとおりに、勉強して、優しくして、善良であることにもう疲れたの。」


「ふーん」


「だからといって、表だって反抗する勇気もないし。まぁ、ささやかな意趣返しのつもり。」


「へーー」


「有紗!まともに聞く気ないでしょ!」


「えっ、何で私の考えてることが分かったの!エスパー?」菜月は、いつもの作ったような気持ち悪い笑顔を殴り捨て、仮面の下を覗かせる。うっ、少し怖いかも。


「まぁ、理由なんてどうでもいいじゃん。同じ趣味を持つもの同士、これからも仲良くやっていこうよ。」


「うん、まぁ、そうだね。こんな趣味、共有できる相手なんて他にいないだろうし。」


早く着きすぎたようで、まだしばらく時刻表の時間まで時間がある。それまで私達は素晴らしい『趣味』について語り合うのだった。


------------------------

「あと、5分。本当に来るのかな?」


「来なかったら、菜月のとこ泊めてね。」


「はっ?」菜月は素に戻り、


「『はっ?』って何よ!いつもの優しくて、清楚でな菜月はどこ?」


「さぁ、死んだんじゃない?」


「そんなーー」


「で、何で泊めてほしいわけ?」いつもの話し方が吹っ飛んでいるものの、結局はしっかり聞いてくれるあたり菜月はやっぱり優しい。


「親に友達の家に泊まりに行くって言って、ここに来たからさぁ、今日は帰れないんだよねぇ。」


「馬鹿ねぇ。」菜月の言葉に私はムッとする。


「じゃあ、菜月は何て言って出て来たの?」


「友達の家で勉強会があるから行ってくる。いつ終わるかは分からないけど、進み具合によっては泊まっていくかもしれない。」


「さずが優等生!」


「でも、有紗を泊める理由を説明するのが難しいわね。行き倒れてた?捨ててあった?どれもしっくりこない。」


「捨ててあったって、私は犬かよ。」


「ええ、その通りよ。」


「ええっ!私、犬だったの!」


「そうよ。自分が人間だと思い込んだ、哀れな犬。」


「ワンワン」


「馬鹿話はおいといて、本題に戻るわよ。」


あんたが始めたんだよ。


「まありにも有紗の頭の出来が悪いから、私が補習をしてあげることにした、でどう?」


「逆がいい」


「野宿する?」


「ごめんなさい」


「分かればよろしい」と菜月は嗜虐的な笑みを浮かべて、私を見つめる。菜月の背後から、後光が差すようだった。いや、実際光っていた。


「眩し!」


駆動音と汽笛をけたたましく鳴らしながら、機関車がホームた到着したのはそのときだ。


本当に来た


私は感動にうちひしがれていた。それは菜月も同じようだ。


つまらなかった。平坦で、何の起伏もない人生が。だが、それも今日まで。列車の行き先はきっと素敵で、刺激的な場所だから。


私達は。恐る恐る、しかし期待に胸を膨らませながら機関車に乗り込んだ。


-----------------------


「委員長、今年の乗車数は227人でした。全員そのまま、倫理更正施設へ送致済みです。」


「かなり、減ってきたな。この調子でがんばりたまえ。」


「はい。」男が一礼して退室すると、椅子に深く腰掛けた妙齢の女性だけが残る。


非倫理的な存在を取り締まるというのは非常に難しい。日常生活において、それが表面化することが殆どないからだ。サスペンスが好きな人の何割が本当の事件を望むだろうか。スナッフフィルムが好きな人の何割がそれを実践するだろうか。しかし問題は、そこではない。そのような野蛮な物が好きだということが倫理規定委員会にとっては問題なのだ。あくまで、倫理規程委員会にとってのだが。それを取り締まるため、日常生活の至るところに委員会の捜査網が張り巡らされている。広告、Web、その他の情報コンテンツなどだといったところだ。そして、一線を越えてしまった者は倫理更正施設へ送られ、様々な薬剤を投与されながら、危険分子として一生を施設内で送る。たまに、過剰摂取で死亡する者もいるようだが。


「委員長、例のデータを持って参りました。」秘書は懐からディスクを取り出すと、委員長と呼ばれた女性に渡す。


「ご苦労だった。下がっていいぞ。」


「今日は議員団との会合があります。あと30分ほどで出発ですので、用意しておいてください。では、失礼します。」


------------------------

一流ホテルの大宴会場。壮麗な調度に彩られた空間も議員連中に埋め尽くされているとあっては、肥溜めと一緒だ。


「上原委員長。久しぶりだね。」よく肥えた豚のような男が、手汗まみれの手を私の腰に巻き付けながら言う。


「これは園崎大臣ではありませんか。ご無沙汰しております。」私は手をさりげなく払い退ける。


「今年の収穫はいかがかな?」


「国際情勢のせいでしょうが、イエメン産の物が特に上質で数も多いですね。」


「そうか、君が上質だと言うのならば相当な物だろうな。味わうのが楽しみだ。」大臣は大声で下品に笑うと、次の談笑相手の所へ向かう。


--------------------


「ご来賓の皆様。本日は倫理規定委員会、第十八回検閲項目確認会議にお越しいただき有難うございます。本会議は、我々倫理規定委員会の検閲が正当なものか議員の皆様に確認していただくことを目的としております。」


パチパチパチと各所より拍手が沸く。


「それでは早速ですが検閲番号18-0024r、最初の動画をご覧ください。」


ステージ上の巨大スクリーンに光が投影され、映像が写し出される。その直後、音量を最大に設定されたスピーカーから、地を震わすような悲鳴が響き渡る。スクリーンには、長い顎髭の男と、褐色肌の少女が映し出されている。包丁を手にした男が、褐色肌の女の腹に包丁を何度も、何度も、何度も突き刺す。最初こそは女は暴れ叫んでいたが、少しずつ声と動きが小さくなっていき、やがて完全に止まる。


「続いて、検閲番号18-0113sをご覧下さい。」


議員達はこれはひどい。検閲して正解だと口々に言う。笑って酒を飲みながら。


ここにいるのは私と同じ穴の貉。頭のおかしい異常者の集まり。どれだけ暴力的なコンテンツを検閲しても、健全な物だけを選り好みして放映しても、人間の本質が変わるわけではない。欲求というのは、一時的に我慢できたとしても所詮時間稼ぎにしか過ぎないし、我慢しただけ反動が大きくなるものだ。この手のコンテンツにアクセスする手段は一つ。検閲される側ではなく、検閲する側になることだ。同じ事を考えて、委員会に、もしくは政治家になった者も少なくない。この会合の人数を見れば明らかだ。


「悲しいことに、いよいよ次の動画で最後です。いつもと同じく、締めは我々が倫理更正施設内で作製した動画です。追記ですが、二人は友人だそうです。それではどうぞ、ご堪能ください。」


プロジェクターの甲高い起動音が響くと、先ほどまでとは比べ物にならないほど鮮やかな映像が流れ始める。わざわざ、このために高価なカメラを新調したのだろう。勿論、国民の税金で。


暗い一室に二人の少女が監禁されている。一人は赤縁の眼鏡をかけたいかにも優等生といった少女、もう一人は目つきが鋭い生意気そうな少女。彼女達は必死にもがくが、金属製の拘束具が外れるわけもない。鉄製の扉から仮面を被った男が登場する、チェーンソーを携えて。そして、少しずつ、少しずつ、本当に少しずつ、優等生がすぐに死なないように体を引き裂く。優等生は悲鳴を上げ、泣き叫ぶ。もう一人の少女も、恐怖に泣き叫ぶか、友人を傷つけられたことに憤るかと思ったが、少女の反応は意外だった。恍惚とした表情で肉片を見つめているのだ。やがて、少女の全てが肉塊変わるが、それは変わらない。次に男は、その少女に向き直り、柔らかそうな体にゆっくりとチェーンソーを入れる。余裕気だったその少女も、先ほどの少女と同様に叫び、泣き咽ぶ。少しずつ少女の身体が小さくなっていき、完全にバラバラになったところで映像は終わった。


「全ての行程は終了しましたので、倫理規定委員会、第十八回検閲項目確認会議は閉会いたします。お足元に気をつけてお帰りください。」


会場はに包まれ、私も手が痛くなるくらい強く手を叩く。


私は心の底から感じる。この仕事に就いて良かったと。

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― 新着の感想 ―
[一言] ∀・)怖いもの見たさ、スナッフビデオ、そういったコンテンツに焦点をあてたホラー作品でしたね。濃い映像が思い浮かぶ良質な作風だと思います。作者さまの色んなホラー作品を読んでみたいなと感じたりし…
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