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これがあるからやめられない  作者: ニシザキ
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04

   国吉轍・2


 それまでは、クラスも部活も違うから、慧一とはそんなに頻繁に会うわけではなかった。

 けれど、二時限目の休みに購買に行くと、いつも慧一と顔を合わせる。一時限目が延びたり、移動教室からで購買への到着が遅れたりすると、慧一がフルーツサンドを確保してくれることもあった。もちろん、その逆も。妙な連帯感。昼に委員会がある時は一緒に弁当を食べるようになった。

「城、その、頼みたいことがある」

 二年も同じ委員を継続し、慧一とはクラスが違うのに当たり前のように弁当を食べるようになっていた。

「なに?」

 リスやハムスターのように頬袋をいっぱいにして、慧一が瞬きをする。

「フルーツサンドをつくっている人が誰か訊いてきてほしい」

 俺はいつも食べているフルーツサンドの製造過程が気になっていた。フルーツサンドやコロッケパンはラップで巻いただけの簡素な包装だから、別の会社のものを販売しているとは考えづらい。食堂でつくられていると考えるのが妥当だった。

 実は、家で何度か購買のフルーツサンドを模してつくってみたことがある。けれど、どうにも同じ味にはならなかった。生クリームに入れる砂糖の量や、いろいろなメーカーのパンを試してみたが、どうにもしっくりこない。調理部に所属する以上、再現したいと思うのが当然の願いだった。

「なんでだよ」

 自分で行けばいいだろう、と慧一は訝しむ。

「俺みたいなのが訊いたら気味悪がるかもしれない」

 それまで言ったことのない理由を慧一に告げると、慧一は成長して少し伸びた顔をぽかんと呆れさせた。そして、目を細めて肩を震わせ笑う。

「なんだよ、それ」

 くだらねえ、と喉を痙攣させる慧一に嫌な気持ちを抱かなかったのは、あまりにもまっすぐに笑われたからかもしれない。

 一通り笑ったが、次の日、慧一は購買のおばちゃんに俺の質問を届けてくれたらしい。

 放課後、俺は慧一に連れられて食堂へ足を運んだ。

「すみませーん、菊池さんって今いますか?」

 カウンターから中に声をかけると、もうエプロンを取った五十代半ばのおばさんが顔を出した。

「はいはい」

 背が低くて、丸い肩。眼鏡の奥の目が、慧一と俺を行き来している。俺は、どうも、と会釈をした。

「国吉、フルーツサンドつくってる菊池さん」

 慧一は律儀に俺と菊池さんを引き合わせた。

 俺がなんて言えばいいのか慌てていると、菊池さんは白くて柔らかそうな頬を持ち上げておかしそうに微笑んだ。

「なぁに? ごめんね、フルーツサンドつくってるの、こんなおばちゃんで」

「いえ! そんなことないです! いつも、おいしいです」

 ぺこぺこしながら、俺は本題にどう入るべきか悩む。

 そうしているうちに、菊池さんは眉をひょいと上げた。

「……あれ、あなた調理部の子じゃなかった? 前に厨房に来た」

「はい」

 以前、調理部で食堂のオーブンと冷凍庫を貸してもらったことがある。その時に厨房に入ったことがあった。調理部の中では俺が突き抜けてデカいので、おそらく記憶に残ったのだろう。

 もう帰る頃だったろうに、菊池さんはせつくことなく、俺の言葉を待っている。

「……あのフルーツサンドがどうしておいしいのか、教えてもらいたくて」

 菊池さんは俺の言葉に大きな口を開けて高い笑い声を上げた。

「あっはっは! まあまあ、ふふふ」

 菊池さんはスキップするみたいに弾んだ声で喜び、それから丸い目で俺の顔を下から覗きこんだ。

「ふふっ、でもね、こっちも商売だから。盗んでごらんなさいな」

「え」

「その方がきっといいわ、ふふふ」

 思えば、この時から今へ続く道を歩み始めたのかもしれない。

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