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これがあるからやめられない  作者: ニシザキ
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03

   城慧一・2


「タウンルミナス、松ノ丘特集で取材したいって」

 オレが朝のミーティングで報告すると、案の定、轍は渋い顔になった。昭和の頑固親父のように、腕組みをして目を閉じている。

 轍を後回しにして、バイトの濱にプリントアウトしたメールを見せる。タウンルミナスの編集者からで、企画内容の詳細が記されていた。

 轍は今まで全ての取材を断っている。テレビや雑誌だけではなく、メールや電話でのインタビューも全てだ。姿だけではない、自分の声、存在そのものをこの店から匂わせてはいけないと思っている。徹底している、と称賛に値するが、同じだけ広報チャンスを逃しているのでプラマイはマイナスの方が大きいとオレは感じている。

「別に轍の顔出せとはないぜ。松ノ丘一帯のスイーツ特集で載せたいってことだし」

 『日々果』は十数ページあるスイーツ特集のほんの一ページだ。しかし、一つの店で一ページという取り上げ方の大きさに、オレはこの取材を受けたいと思った。轍の頑ななノーを聞いている場合じゃない。

 轍は眉間に皺を寄せたままメールを読み、濱をちょいちょいと呼ぶ。

「濱くん、俺の影武者やらないか。特別手当だすぞ」

 さすがにオレの本気が伝わったのか、轍は轍で別の逃避方法をつくり出す。巻き込まれた濱はバイブのように首をブルブルと振った。

「無理ですって! こだわりがどうとか話せませんもん!」

「大丈夫だ、いつも手伝ってくれてるんだから」

 濱は接客だけでなく、フルーツサンドの調理補助や包装を行っている。たまにオレの代わりにSNSの更新もこなすスーパーマンだ。

 轍は濱が了承しないので、硬い顔をさらに険しくさせている。

 オレはメールを印刷した紙を取り上げ、轍のこめかみを小突いた。

「轍、顔出したくないのはわかるけど、いつまでもそれだけの理由で断るわけにいかねえぞ」

 座っている轍が、オレを恨めしそうに見上げる。白黒映画の若い任侠のようだ、と思いながら、オレは睨み返すのをやめなかった。

 濱がわずかにたじろぐ気配がする。

「……オレは、轍のフルーツサンドを有名にしたい。いろんな人に食べてもらって、うまいって言ってほしい」

 そのチャンスを本人に悉く潰されているのが現状だ。

 店が有名になる、売り上げがよくなる、経営者として成功する。その全ての根底にあるのは、轍がつくるフルーツサンドだった。オレは世界一うまいと思う。食べると幸せになる、胸が満たされる。それを多くの人に知ってもらいたい。同じような幸福を分け合いたい。

 轍は叱られた子どものように口をへの字に曲げた。轍だって、オレの言葉が偽りない真実だとわかっている。

 けれど、轍は轍の信念を通すしかできないのだ。

「俺は、自分のつくりたいものを追求したい。もちろん、手に取ってもらえるのは嬉しい。……けれど、自分を曲げてまで売れたくない」

 轍は商人ではなく、職人だった。まず、自分の欲――うまいフルーツサンドをつくることや究極へ至る術を優先する。その結果、食べた客が幸せになってくれればいい。オレや周りのスタッフが喜んでくれればいい。山奥で窯と向き合うような、頑固さが轍の最大の魅力で、最大の欠点だった。

「そうかよ」

 轍のゴーが出なければ、オレは取材を了承できない。店を始める時、二人で話し合ったことだ。二人ともが頷かなければやめること。

 と言っても、ノーを言うのは圧倒的に轍が多い。それでも仕方ない。

 オレはスタッフルームのシュレッダーに、プリントアウトしたメールを押しこんだ。

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