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これがあるからやめられない  作者: ニシザキ
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02

   国吉轍・1


 慧一に初めて会ったのは、高校一年の保健委員会だった。そこまで印象に残っていない。当番が同じ曜日になったから、軽くクラスと名前を名乗りあったくらいだ。一年生で一八○以上あった俺に比べて、慧一はまだ小さくてひょろっとしていた。大きな目が見上げてきて、

「バスケ? バレー?」

 と訊いてきたのを憶えている。

「……調理部」

 慧一の期待に何一つ応えられない返答に、俺は罪悪感と羞恥でいっぱいだった。慧一は大声でひとしきり笑った後「じゃあ板前だな」と俺の背中を叩いた。

 後に、慧一は初夏の運動会で応援団をやった。そのことにより、俺の中の慧一は『応援団をやっていた三組のやつ』という認識に変わる。


 慧一とよく話すようになったきっかけは、購買のフルーツサンドだった。

 俺は購買のフルーツサンドが好きで、もっと言うと大好きで、ほぼ毎日買っていたと言っても過言ではないと思う。しかし、この図体でフルーツサンドを買うのが恥ずかしかった。周囲に見られることが恥だったのではなくて、購買の店員や調理係を落胆させるのが怖かった。きっとフルーツサンドは女子に買われたがっているのではないか、と思った。そのため、休み時間に食べるコロッケパンと焼きそばパンの間に挟んで会計に出していた。なるほど高校生だ。

 購買のフルーツサンドは神がつくった食べ物だった。実際は食堂のおばちゃんがつくっていたのだが、それくらいにおいしかった。弁当の後に食べるのが至福の時だった。

 ある日の休み時間、購買にその日の食料が並ぶ時間。生徒は我先にと手を伸ばし、購買は戦場と化す。その日はフルーツサンドが少なかった。ちょうど最後の一つを俺か掴もうとした時だ。別の手が最後のフルーツサンドを引っ掴んだ。その手ごと、俺は掴んだ。

 鋭く手の主を確認すると、それは同じ委員会の城慧一だった。

「あ、同じ委員会の……棒倒しの人」

 フルーツサンドの対抗心はどこへやら、慧一の言葉にふきだしてしまった。俺が『応援団の人』と憶えていたのと同じように、慧一も俺を『棒倒しの人』と思っていたのだ。図体の大きさから、俺は棒倒しでなにかとマークされる存在だった。今年はそれを考慮しておとりになり、遊撃部隊が見事棒を倒した。

「あ、これ」

 慧一は手にしたフルーツサンドを俺に渡そうとする。

「いや、いい。先に掴んだのはそっちだ」

 動くことない事実に、俺は手を慧一のもとへと押し返す。実際はかなりへこんでいたが、それを見せるのはかっこ悪いと思ってしまった。

 休み時間は刻一刻となくなっていく。混雑していた購買から生徒が引き始めていた。

 対峙した二人の均衡を破ったのは、慧一の破顔一笑だった。

「わかった、一切れずつで手を打とうぜ」

 包むものがないから、昼休みに会う約束をする。そこで、改めて俺は『城慧一』という名前を認識した。慧一もそうだろう。俺は『棒倒しの人』だったのだから。

「購買のフルーツサンドうまいよな。まさか同志がいるとは思わなかった」

 食堂から一年生の階へ戻る中、慧一は始終おかしそうに微笑んでいた。ともに昼を食べるクラスメイトしか知らなかったことを、別の人間と分け合った。それが嬉しいのやら恥ずかしいのやら、俺の胸がむずがゆくなった。

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