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これがあるからやめられない  作者: ニシザキ
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01

   城慧一(きずきけいいち)・1


「すみません、フルーツサンド三つと、モモサンド二つください」

 細っこい指がいつもの場所を指差す。いちごとキウイと黄桃をはさんだフルーツサンド。

 ケースを見つめながら、中学生らしき女の子が注文した。決まってフルーツサンドを三つ頼む子だ。友達や気になる男子とっていうよりは、家族で食べてるんだろうオーダーにいつもほっこりさせられる。

「はい、フルーツサンド三つとモモサンド二つですね。千六百円になります」

 復唱して袋に詰めると、女の子の日焼けした腕が皿に紙幣を出した。釣り銭を薄い手のひらに返す。

「あの、マンゴーサンドって今日はないんですか?」

 隣から身を乗りだして若奥さんらしき女性が訊ねてきた。

「申し訳ありません。マンゴーは夏限定ですので、もうお休みになってしまって。なるべく旬のフルーツを使いたいという調理人のこだわりなんです」

 九月までマンゴーは使う予定だったけれど、こだわりの強い(てつ)は酸味が強いからと販売終了を宣言。残暑が厳しい初秋のこの時期、まだ売れるって言ったのに。

「ごめんなさい」

 眉を下げて笑うと、女性は口の端を優雅につり上げ「いえ」と首を振った。

「お待たせしました、本日中にお召し上がりください。ありがとうございます」

 フルーツサンド女子に手提げ袋を渡すと、彼女は小さくはにかんで待っていた友達のもとへ駆けていった。

「店員さん、イケメンだね~。お店の雰囲気マジいいし」

「お店かわいいよね。おいしいんだよ?」

 こそこそと小声で喋っているつもりなんだろうけど、静かな店内に反響してオレの耳にも届く。そうだろう、そうだろう。いい店だろう。そして、さわやかイケメンだろう。ほくそ笑まないように気をつけながら、心の中で何度も頷いた。

 フルーツサンド店『日々(ひびか)』をオープンしたのは一昨年の秋。もうすぐ丸二年経つ。松ノ丘という閑静な住宅街の一角、古い店をリノベーションしたしゃれた外観が目を引く。中は白を基調に清潔でシンプルなデザイン。木のテーブルと椅子はイートイン用だ。近所だけでなく、遠方からもリピーターが多い。

「すみません」

 低い声に、オレは嫌な予感がして顔を向けた。

 店の入り口に、作業着姿の大男が立っている。腰にポーチ、手にはメモサイズの紙。困り顔までつくっていて、怒鳴り声をあげそうになった。

「あー、すみません。裏口にお願いします!」

 接客をバイトの濱に頼むと、宅配業者風の男の背を押し、オレはわざわざ表から裏口に回る。

 なんて言ってやろうか、と黒い後ろ頭を睨みつけて。

「轍」

 裏口からスタッフルームに入りオレが呼ぶと、大男――国吉轍(くによしてつ)は悪びれることなく振り返った。

「おう」

「で、なんだよ。用があるなら中で呼べ」

 まあ、そう言っても聞かないってわかってるけど。

 轍は『日々果』の調理人兼共同経営者だ。全てのフルーツサンドをつくっている。さすがに全工程を一人で行うことはできないので、包装や調理補助をオレやバイトがやっているけれど。

 轍が店に店員として顔を出すことはない。

 曰く、

「景観を損なうからダメだ」

 轍は当然のごとく胸を張って答えた。

「めんどくせえんだよ! いちいちキッチンから宅配業者のふりして出られるのが!」

 そのたびに茶番に付き合うオレの身にもなってほしい。接客人数は減るし、なによりいつも宅配が呼びにくる店というのはイメージが悪い。

「内線もいいが、たまには店の様子を見たくなってな」

「なら堂々と出てこい!」

 轍がこだわるのはフルーツサンドの味だけではない。自分の容姿がこの店に合わないと、店員として姿を見せない。日々果だけならともかく、他のパティスリーやパーラーにも並ぶことを躊躇う。景観を損なう、こんな自分が買っては失望させる、その意志は頑なだ。

 まあ、確かに一九○センチある大男は初対面だとかなりビビると思う。太い眉はまっすぐで彫りが深く、硬派な印象があるから、着るものによっては怖い職業に見えることがあった。けれど、その実、甘党でうまいフルーツサンドをつくらせたらピカイチだというところにギャップがあっていいと思うけれど。残念ながら外見からはわからない。

 轍はロールカーテンを見つめ、店内を想像しているようだった。

「モモとミックスは今日分終わりだ」

「そっか。結構早かったな」

 時計を確認する。まだ、五時過ぎだった。

 それを伝えるためだけにここへ来たのだと思うと、ため息の一つも出るというものだ。

「オレンジは?」

「まだある。つくるか?」

「頼む」

 オレは、作業着を脱いでキッチンへ入る轍の背中を見送って、店内へと戻った。


 夜になり店を閉めると、オレはスタッフルームのパソコンで日報と売り上げを記入していく。轍はキッチンで秋から販売される季節のサンドの試作に励んでいた。

 今日のことをつけ終わり、去年や夏との比較をしながら秋の対策を練っていると、轍がコーヒーカップを二つ持ってきた。

「サンキュ」

 ブラックコーヒーが入った方を受け取り、轍を手招きすると、轍は椅子を引き寄せてパソコンを覗きこんだ。

「今年の夏サンドは売り上げよかった。モモとマンゴーが特に。夏のはもう終わるけど、八月はレギュラーが前月比十一%アップ。去年よりいい。定番メニューは生産数増やさないと五時になくなる」

 嬉しいことに、売り上げは右肩上がりだ。特に春から夏の伸びは驚くほどだった。それを来年まで維持したいという欲が強くなる。一方で、轍だけで生産量を増やせるか、また轍の求めるクオリティーを継続できるかが焦点になった。

 轍はミルクをたっぷり入れたカフェオレを飲みながら、真剣にグラフを見つめている。

「秋の、改良してみた」

 思い出したように、轍はキッチンから試作品を載せた皿を取り出した。今年の秋は栗とかぼちゃ、梨、そしてぶどうの三種を出す。昨年もつくったが、改良を加えている。

 試作品を食べるのは、昔からオレの仕事だった。それはもう、高校生の頃から。轍にこだわりがあるように、オレも生半可な評価はしない。轍とオレだけではない、バイトやデザイナーにも試食してもらい、いろいろな角度から熟考する。

 まず一口、大きくがぶりと噛みついた。男の口だと二口ほどで食べられる。口いっぱいに栗とかぼちゃの甘味が広がった。

 一度、水で口の中を流し、次のサンドへ行く。

「クリカボはちょっと残ってる感があった方がいい、こっちでいこう。クリームはもうちょっと減らして。ナシは分厚めの方がうまい。ブドウはこのクリームでいい」

 夕飯がまだだったから、つい大口でサンドを食べてしまった。うまいし、仕方ない。

 轍はオレの感想を横で聞きながら、同じサンドを頬張って確かめていた。

 試作品を完食して、オレはコーヒーを飲み干す。

「はー、ごちそうさま。うまかった」

 轍はまた試行錯誤を重ねるつもりなんだろう、パソコンの隣で完成品に向けて詰めているようだった。まだうまくなるって思っている。だから、考える。

 轍は貪欲だ。客の評価や売り上げを気にしない、いいと思った人が手に取ってくれればいい。そんなことを言っているくせに、うまさを追求することに手を抜かない。

 高校生の頃から、そうだった。

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