告白と問いかけ
六話連続更新五話目。
「……って、ちょっと待って、ちょっと待って! おかしくない? おかしいよ!
何で私、部屋に着いた途端押し倒されてるの!?
おかしい、おかしいって! さっきのいい雰囲気どうなったの!? ホワッツ!?」
部屋に着いて理性の限界に達した私はマウを押し倒した。
マウは口では抵抗しているが、暴れたりはしなかった。腰に跨って、両手を押さえつける私から顔をそらして喚いているが、赤い顔で目を潤ませているのを見ていると煽っているようにしか見えない。
「何を言っているの、この駄猫は。いい雰囲気になったから押し倒しているのでしょう?
スノーシュー家の女は好機を逃すほど甘い教育はされていないわ」
「教育の方向性ぃぃいいい! 中学生に何を教えてるんだッ! 犯人出てこい!」
「チュウガクセイが何かは知らないけれど、これはお母様直伝よ」
「ガッデム! 肉食お母様!」
仰向けの姿勢で天を仰ごうとして、マウは私と目が合った。じっと見つめると、気まずそうに顔を横へと向ける。
「っていうか、何でこんなに力強いんですか。ソマリお嬢様はお嬢様じゃないんですか。守られる側の握力じゃないですよ、もう」
「常在戦場。いつ何があるか分からないから、自己鍛錬は貴族の必須ワークよ」
「戦うお嬢様ってことですか、パねぇ」
観念したようにマウは強ばった体からくたりと力を抜いた。私も手から力を抜くと、するりと抜け出したマウの手が私の背に回る。
「マウ」
「良いんですか、これ。浮気じゃないんですか」
私の胸に顔を埋めて聞いてくるマウの言葉に、心が痛む。
第二王子へ対するものではない。胸を張ってマウを隣に置くことの出来ないことに対する罪悪感だ。
「……ずるいのは分かっているわ。これはお前に不義理なことだって。
でも、私はしがらみを壊せるほどの力はないし、お前を諦められるほど、物分かりは良くないの」
最低の言葉だ。自分が如何に愚かしいことをしているのかは重々分かっている。
貴族のしがらみから抜け出せない私は、本当はこのままマウへの慕情を隠して彼女との離別を望まなければいけない。
けれど、私の醜く歪んだ恋情は、マウを手放したくないと吠えるのだ。
「あはは。何ですか、それ。第二王子様へは何とも思ってないんですか」
「ええ、どうせ形ばかりの婚約だもの」
おまけに相手は何が気に入らないのか、五つの時分に合って以来毛嫌いされている。
私も馬が合わないとは常々思っているから、彼のことはどうでもいい。
「お前は私のことをどう思っているの?」
胸に顔を埋めたままのマウの頭を抱き締め、その耳元に囁く。
マウは腕の中で、分かりやすく体をびくつかせた。
「い、いやぁ……好きですよー? ソマリお嬢様は恩人ですしー」
「ちゃんと応えなさい。とぼけているけれど、ちゃんと分かっているのでしょう?」
胸が張り裂けそうなほど、私の心臓は鼓動を打っている。
きっと抱き締めているマウには、全て聞こえているのだろう。
「私が、お前を……マウを愛していることを」
私の一世一代の告白に、マウはしばらく応えなかった。
沈黙と静寂が私を追いつめる。
早く何か言って欲しい。もちろん聞きたくはないが、この際拒絶の言葉でも罵倒でも、何かしらの反応をして欲しい。
「……ソマリさまは、バカだなぁ……」
ぽつりとこぼされた言葉に、私の眉が跳ね上がった。
「馬鹿? 言うにことかいてこの駄猫は……」
「だって、バカだよ。人のいいバカ。
こんな得体の知れない人間をずっと傍においてさぁ。好きになっちゃってさぁ。
……害されるかもしれない恐ろしい存在だって思わなかったの?」
体を離して見下ろすと、マウは冷めた目で表情なくこちらを見上げていた。
見たことのない表情に、私の喉がひくりと動く。
「そんなことは出来ないわ、だって」
「ああ、隷属の首輪? これ本当に意味あると思ってた?」
「え?」
私の背中から手を離し、マウはどこか挑発的な顔をして首輪をなぞる。
本来、鈍い金色の味気ないデザインであるはずの首輪は、私の魔術で赤い革製のものに変わっている。
「ほら、簡単に外れるんだよ。
だって私は不可能を可能に出来るんだから」
「そんな……」
【解除】と、マウが首輪へカンジを書くと簡単に首輪は外れた。
本人には外せないはずの隷属の首輪があっさり外れたのを見て、改めてマウの能力の桁が外れていることを理解する。
「本当にこんなもので私を縛れていると思ってたの?」
マウが気だるげに首輪を投げ捨てる。思ったよりも大きな音が部屋に響く。
「本当にバカだねぇ。逃げようと思えばいつでも逃げられたんだよ。
それに壊そうと思えばぜーんぶ壊せた。
知ってる? スイッチ一つで人を殺せる武器があるの。剣と魔法で戦ってるこの世界の人間は想像つかないでしょ。
君はね、そんな恐ろしいモノを傍においてたんだよ」
解放された首をさすり、見たことのない顔でマウは語る。
私は言葉が出なかった。穏やかな声で話すマウの言葉が信じられなかったのではない。
マウなら出来るだろうと思ってしまったからだ。
マウの埒外の能力と知識は、全ての不可能を可能にするだろうと。
はじめての時、奇跡に魅せられた私にはマウの言葉を否定することが出来なかった。
「……だからさ、怖くないの?
生まれた意味も過去も思い出せない不確かな存在が、何でも壊せる力を持って傍にいるんだよ」
そう言って頬に触れるマウの手はどこまでも優しく、尋ねる言葉はどこまでも悲しい。
私は頬に触れたマウの手に手を重ねた。
そして彼女の問いに答える。
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