表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

4/7

不安と涙

六話連続更新四話目。

 マウの様子が近頃おかしい。

 学園への入学を一月後に控えた頃、私の目を隠れてこそこそと行動することが多くなったマウに不安を覚えていた。

 気付けば姿が消えていて、どこに行ったのだろうと探し始めるとふらりと戻ってくる。どうしたのかと尋ねてみても笑ってはぐらかすばかり。

 それが一週間も続けば、言いしれぬ不安に心がかき乱されていく。ただでさえ、離れる時が一日一日と近くなっているのだ。私の精神状態は普段以上に乱れ易くなっている。


 ある日、不安に胸が張り裂けそうになった私は、得意の幻影魔術を用いて彼女の後をつけることにした。誉められた行為ではないと分かってはいたが、醜く肥大した恋慕の情はその行いを無理矢理に正当化した。


 一人でいるマウはいつもの弛みきった笑みでしばらく日向に当たっていたが、しばらくすると笑みを消してどこかへと向かった。

 笑みを含まない彼女の表情は久しぶりに見る。恐らく年の割に幼く見えるだろう顔は、笑みがないと恐ろしく空虚だった。

 親とはぐれて途方に暮れた子供のような横顔に、私の胸は締め付けられたように痛んだ。


 マウの背中を追いかけている内に、目的地がどこなのか見当がついてくる。そして、胸が今度は軋むように痛くなった。

 一心不乱に父の書斎へ向かうマウを見たくなくて、彼女が扉を閉めて姿が見えなくなるまで、目をそらしてしまう。

 重厚な扉は、マウと父の声を一音たりとも漏らしてはくれなくて、中で何が行われているのか、嫌な想像ばかりが頭を巡る。


 まさか父が結婚の話を打診したのか、マウは、マウはもしかしてそれに応えたのでは?

 そもそもの話、失念していたがマウが私のように同性に恋情を抱く人間だとは限らないのだ。そう考えると彼女が父に恋心を持ったとしてもおかしくはない。


「……そん、な……」


 そこまで考えて、限界を超えたのだろう、私の目から涙があふれた。

 いやだ、それはいやだ。マウが私以外のものになる。絶対に嫌だ。

 私以外の隣にいる。そんなの許さない。マウを見つけたのは私。私だけがマウの居場所であるべきだ。


 マウは、誰にも渡さない。


「え、ちょ、お嬢様? ソマリお嬢様? 泣いてる? え、何で? 大丈夫?」

「……マウ……」


 俯いてさめざめと泣いていたら、幻影魔術が切れていたのだろう。書斎から出たマウが驚いた顔で私の肩を揺すっていた。


「どうしたの? なんか辛いことあった? 大丈夫? 抱っこする?」


 おろおろとこちらを心配するマウの顔はへにょりと情けなく歪んでいた。私が服を掴み、体を寄せるとすぐに胸へと抱き締めてくれる。


「んー? 入学が不安なのかな? 大丈夫だよ、大丈夫。

 ソマリお嬢様はいいこだからきっとみんなが好きになるよ。

 だから心配しなくて大丈夫だよ」


 あやすように、マウは私の背を優しく撫でながら歌うように言葉を発する。日向の匂いのするマウに抱かれると安心するのに涙が更にあふれた。


「マウも」

「ん?」

「マウも、好きになってくれる?」


 不安が口からこぼれた。私は優しく素直な人間ではないから、いつもマウに冷たくしてばかりだ。

 だから不安で、嫌われていたらどうしようと怖くて、マウに好かれる人間が現れるのを恐れた。


「んー、それは無理だなぁ」


 だから頭上から降る、マウの言葉にぞっと心臓が冷えた。

 嫌われてる、やだ、そんなの、いやだ。




「だって、もう私はソマリ様のことが大好きだからさ」




 恐慌状態となった頭に入り込んだ言葉は、私を更に混乱させる。


「え?」

「元々好きだから、もう好きになるのは無理だよ。あ、これ以上好きになるのはあるかもしれないけど」


 私の髪を撫でながら、マウはいつもの猫のようなにんまりとした笑みを浮かべる。

 理解が追いつかない私は、髪を撫でられる心地よさに浸りながらゆっくりと首を傾げた。


「すき?」

「え、うん。好きだよ? だって私を助けてくれたでしょー、普段はツンツンだけど優しい時はすっごいデロ甘なとことかー、私が出したもの食べてる時に顔が弛まないように必死でしかめっ面作ってる所とかー、あとはー」

「も、もういいから! やめなさい、やめて!」

「えー? まだ言い足りないんですけど」


 指折り数えて私の好きな所を挙げ出すマウをすぐに止める。

 マウは不満そうだが、本当にやめて欲しい。心臓が早鐘を打ち過ぎて保ってくれそうにない。


「全く、この駄猫は……私がこんなに……全くもう……」


 マウはぶつぶつと呟く私を不思議そうに見て、大きく首を傾げる。人の気持ちも知らないで、マウの指はからかうように私の耳をなぞり、髪をすいた。


「……いいわ、とりあえず部屋に行きましょう。こんな場所でこんなことしていたらいけないわ」

「はーい、分かりましたー」


 すっかり涙も引いている。私はマウから離れ、部屋へ向かう。

 マウはのんきな返事をして私の後をついてくる。私は眉を寄せて、マウへと首を向けた。


「ん? 何か?」

「遅い。早く来なさい」


 普段通りを装いつつ、マウの手を握る。マウの手は大きくて少しかさついていて、ひどく興奮した。

お読み頂きありがとうございました。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ