騎士1は物見遊山でついてきただけだよ
その後も似たような集団に囲まれたが、似たようなやりとりで去っていった。
手間ばかりがかかって、次の街に着くのはだいぶ日が暮れてからになった。
「今日はさすがに寝台二つは無理そうですね」
「ふァっっ!?」
宿屋の部屋割りを見て、私が言うと、モーウェル騎士はどこから出たのかわからないような声を出す。
「騎士様達だって似た様なものですよ。下手したら全員で雑魚寝です」
何軒か宿をまわっても満室で、それでもなんとか泊まれる宿を見つけた。
別の宿を取ればいいのに、騎士達がわざわざ同じ宿を所望して高い大部屋を取ったので、我々はいくらか安く泊まれた。その点は感謝しようと思う。
ギルドは決まった経費しか出さないので、切り詰める所は切り詰めねば。
「我々の部屋はいくらかゆとりがある。アデルア殿は寝台を淑女に譲って、こちらのソファで休まれてはどうか?」
ひとまず部屋を確認しようと扉に手を掛けた頃合で、背後からモーウェル騎士が咳払いと共に提案してきた。
私とロイで一部屋とれたが、寝台が二台は無かったので騎士的老婆心を発揮してくれたのだろうか。
ありがたいことだ。(棒読み)
「意味がわからん。貴様が床で寝ろ」
ロイは誰に対しても基本的に不遜な態度しかとらないが、モーウェル騎士には割増で無礼に対応することにしたようだ。反りが合わないのだろう。
「私の貞操の心配だったら無用ですよ。仕事ですし。ギルド内の事はギルド内で、賄いますので」
ロイがこれ以上無礼な事を言いだす前にお断りしたかったのだが、ションボリした様子でモーウェル騎士は食い下がる。
「しかし、未婚の男女が……」
うわぁ。ついに来た!
こちらがドン引いているのも分からずに、モーウェル騎士は真剣な表情だ。
「あの、騎士様の崇高な考えはわかりました。でも、こちらも仕事で来ていますので。あの、ええと……気持ち悪……じゃなくて、仕事に差し障るので、そういう発言やめてもらえますか?」
あ、今絶対失言した。
ロイが隣で吹いたのを聞いた気がする。
「よしんばそんな事があったからって……あの……騎士様には(関係ない、じゃキツイし)……ええと、騎士様に(何か迷惑かかりますか、じゃ感じ悪いか)……なんの責もありません? あの、つまり、ギルドの仕事での不都合はギルドが罰しますから、心配無用です」
騎士様といえば、国の偉い人だ――よくしらないけど。
無礼なふるまいをしたら、後から何か面倒なことになりそうだ。
当たりがキツくならないように、一生懸命考えたけど、そういう話術は私には無理だった。
上手に言おうとしたけれど、途中であきらめた。
「タリム嬢、よく聞いてくれ!」
モーウェル騎士は思いつめたような顔で声を張る。
「隊長、もうやめてくださいよ。劣勢ですよ。悲しくなるからやめましょう、ね? ね!」
騎士その1が割って入る。
「大変失礼しました。我々はこれで」
騎士その2が綺麗に会釈してモーウェル騎士を引き摺っていく。
モーウェル騎士は青い顔をして大部屋に帰って行った。
「世間に道徳を頒布する立場の人は、赤の他人の行いまで正さなくちゃならないんですね。
たいへんな仕事だなぁ……」
非常に申し訳なく思うが、私には無意味だ。
「俺の代わりに騎士様に同室に泊まって、お前の素行を見て貰えばいいんじゃねぇか?」
「ええっ? 嫌ですよ。わたし程々には人見知りなんで。友人でも家族でも同室は御免です」
ロイは眉間に皺を寄せてそこを揉んでいる。
「まぁ、何でもいいけどなぁ。腹が減った」
「ほんと、お腹がすきましたね」
荷物を片付けて、食堂に向かうと、先に来ていたモーウェル騎士とその仲間たちが、大人しく夕食を食べていた。
私達に気がつくと軽く礼の姿勢をとる。
「タリム嬢、先程は失礼した。ギルドの事情に口を挟むなんて……」
もうその事に触れるのも面倒なのだが。
なんでこの人達が付いてくるの許可しちゃったんだろうなぁ。
ロイが酒を取りに行ったのを見計らって、しどろもどろになりながら言い訳をする。
「ロイ・アデルアとは色々と過酷な場所で仕事をしましたので……。仕事の間は近い所にいるのが一番安全なのです。二人仕事の時に、相方とほんの少し離れただけで死にそうな目に遭う事もありますし。私もロイ・アデルアも互いが命綱のようなもので……」
さっき一生懸命考えた言い訳だが、いい感じなのではないだろうか。
特に嘘だという訳でもないし。まぁ、今回の仕事がこれに当てはまるかはさて置き。
「分かっている。仕事の間は我慢しよう。だが、仕事が終わって安全が確保された後には、私をその位置へ……。貴女の隣に置いてくれる事を考えてはくれまいか!」
「え? なんで?」
おもわず敬語も忘れる展開だった。
「今はまだはっきりとは言えないのだが、実は貴女を、ずっと前から知っていた」
「ええと、どういう事ですか?」
なんか気持ち悪い事になってきちゃった。
そこにジョッキになみなみと酒を満たしたロイが席に戻って来た。
「タリム、もう魚料理は無いってよ」
残念。この辺り川魚の料理が有名なのだが、売り切れてしまったか。
「それじゃメインは肉ですかね」
「同じ物を頼んでおいたが、それでいいか?」
「いいですよ。同じ物のほうが早く出てくるでしょう」
ロイが席に着いたのを見計らって、モーウェル騎士に再度真意を尋ねる。
「で、どういうことですか?」
目を見開いて黙り込むその顔を見上げると、灰褐色かと思っていた瞳が緑色だったことに気がついた。そして、その緑の目が空中を泳ぎまくる。
「ああ、その、その話はまたの機会にさせていただこう」
「あ、そうですか?」
なんだかよく分からないままに食事を終えた。
宿屋にある公衆浴場で湯を使い、寝る支度を整えて寝台に潜り込む。
ロイは浴場で騎士達と鉢合わせたようで不機嫌そうだ。
今夜は少し冷えるから、寝台が分かれていなくて丁度いい。
お互い背を向けて、依頼の荷物を挟み込むようにして床につく。
特に何を話すでもなく、それぞれに本を読んだり、書類を見たりしていると布団の中が温まってくる。
ロイ・アデルアは義父の弟子だった。
ロイも義父も否定するが、ロイは誰よりも義父の技量をうけついでいる。
私が十六になって王都に働きに出ると言った時に、父はロイを訪ねて叩き潰す事を一人暮らしの条件に加えた。
ちなみに、もうひとつは顔に傷を作らないことだ。
四つ歳上の異性と、小娘だった私とでは実力に差がありすぎた。
はじめは剣を抜かせることも出来なかったし、女子供扱いされてひどい屈辱だった。
夢の一人暮らしは叶えられず、ギルドの宿舎暮らしという、なんとも汗臭いものに変わった。
ロイが管理している宿舎は猫も飼えない。
女子寮には猫がいるというから、そちらに移ろうとも考えたが、トラブルを起こすからやめろとロイに止められた。
ロイは強い。手が届かないほどに。
追いつこうと走っているのに、差は縮まらない。
ロイは私よりもっと早く走っているのだ。
ロイを叩き潰せず現在に至るが、ギルドで働ける程の力はついた。
この先、私の今際の際に誰かいるとしたらロイだろうし、ロイが息を引き取るような場面で苦しみを長引かせない手伝いが出来るのは自分であればいいと思っている。
流石にロイに群がる女達が、一思いにロイを絶命させられる技術があるとは思えないし。
早々に眠りについたロイが寝返りをうつ。
こちらに向きをかえたようだ。
距離が近くなり温かくなったが腕と足が絡みつき重い。
筋肉は重いのだ。
温かさに絡め取られて、程なくして私の意識も眠りの沼に沈んでいった。