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騎士にもいろいろいる  作者: 砂山一座
2章

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23/34

その閃きは魔境なので

 大声でロイとリシルが言い争っているのが聞こえる。

 ……この寂しさは身に覚えがある。


 ロイはいつも私の義父、ソアラとこうやって楽しそうにいがみ合っていた。

 私の入り込む隙間は無い。

 いつだってロイの意識の先にはソアラがいたから。

 リシルまで出てきて、どんどん私の位置が下がっていく。


 リアンはロイの服を借りたようで、少し丈が長かったのか、袖口をまくり上げている。

 何をどう着ても高貴さが透けて見えるのは、すごい特性だと思う。

 着替える時に少しはロイの所で温まったようだが、それでも秋の川の水は冷たかっただろう。

 熱いお茶をテーブルに置く。

 川に落ちたのは私のせいではないが、少し気が咎める。


「タリム、ちょっとおいで」


 しょんぼりしているのがバレたのか、ソファに腰掛けたリアンが、隣に座れと呼ぶ。

 毛布を広げて互いの肩を包み、冷えた肩を温めるように抱いて、コツンと頭を寄せる。


「すごかったね、君が水に入ってきた時は、なんだか感動しちゃったよ」


 触れた頭から骨を伝って声が響く。


「リアンが思ったより水に慣れているようだったから、助けやすかったんです」

「何が役に立つかわからないね。子どもの頃、水練させられた時には、川に落ちることなんてないと思っていたよ」


 何にしろ、無事で良かった。

 死んでたら……ちょっと色々まずそうな立場の人だろうし。


 リアンはあの眼鏡橋の、いったい何に気を取られていたのだろう。


「あの眼鏡橋は洪水の時も流されずに残ったものなんですよね?」


 そういう物に心を寄せるのは、分からないではない。


「そう。ほら、私とは違うなって」


 そうそう、リアンは水に流されたし……って、違うか。

 流されて貴族をやってるのかな。

 高貴な身分もたいへんだな。


「ええと、折れたり壊れたりよりは、流されることって悪くないと思いますけど? ほら、どこかで引っ張り上げられるかもしれないし」


 気休めを言えば、リアンは目を見開く。


「君は、驚くほどセレスにそっくりなんだね」


 ついに核心に触れる名前が出てきた。

 まあ、避けては通れないのだろう。

 わかっていたけど。


「……ってことは、やっぱり、リアンは私の産みの母の知り合いってことですよね」


 リアンは好好爺が孫を見るような顔で微笑む。


「そうだね。セレスは僕の従姉妹だよ」


 リシル・アディは強い。すごく強い。

 そんなのすぐにわかる。

 本来、警護なんてリシル一人で足る。

 ソアラほどではないけど、赤い騎士なんか、けちょんけちょんにするくらいには強い。

 そんな騎士がついてくる人が貴族じゃないなんてことはない。

 ……やっぱり王族なんだろうな、この人。


「ふふ、娘がいたなんてね。君はいったいどこに隠れていたんだい?」


 目を細める。


「私もついこの間知りました」


 知りたくもなかったけど。


「そのようだね。今日は、黙って会いに来てごめんね」

「いえ、ずっと黙っていても良かったんですよ」

「そうしようと思っていたんだけどね。私が何をしても、君は君だと確認できたから、もうどっちでもいいかなと思ってさ」


 身分は明かさないはずが、ほとんどバレたようなものだ。


「あ、ダメですよ! 私、絶対に姫とかにはなりませんからね! 無理ですよ」


 一応主張しておかないと。


「わかってるさ」


 リアンが美しく片眉をあげて口を尖らすので、笑ってしまう。


「また、こうやって会うのは?」


 今日は楽しかったし。

 リアンは嫌いじゃない。

 むしろ好きだ。


「川に落ちないならいいですよ」

「まぁ、ギルドマスターが許可するならね」

「そちらに呼ぶのは無しですからね。私、面倒臭い知り合いが出来ちゃって、出来ればもう会いたくないんで」


 おじさんの知り合いっぽかったし、おじさんは鬼門だ。


「モーウェルは真面目な奴だよ。お付き合いするなら、いいと思うよ」


 不用意に関係性を公にしないでほしい。


「そういう問題じゃないんです」


 思い切り嫌そうな顔をして見せたら、リアンはその話をひっこめた。


「まぁ、君たちがまた護衛してくれるなら、またお願いしようかな」

「いいですよ!」


 また会えるのは少し楽しみだ。


「……タリム、会えて良かったよ」


 優しく頭を撫でられる。


「ずっと……ずっと会いたかったんだ」


 それは、セレスタニア姫に会いたかったということだろうか。

 優しく、壊れ物に触れるようにリシルの腕に抱き込まれる。


 これは嫌ではないな、と思う。

 これは、義父さんと、義母さんから感じる慈しみと同じだ。


 ああ、そうか、見覚えがあると思ったら、この人の目、私の目に似てるんだ……まあ、叔父さんだし、似るところもあるか。


「あのね、前はカマをかけてみただけだけれど、今度は君の身内として訊くけどね。肉親がいなくて寂しかったことは?」


 頭を振って否定する。


「私、特に産みの親がいない事が不便だとか、寂しいとか感じたこと、というか、考えた事もなかったので。どういう立場の誰に聞かれても答えは同じです」


 なんと言ったら伝わるだろう。


「なんですかね、うちはちゃんと家族なので。リアンの心配するような事はないですよ」


 私は笑って言う。

 義父と義母と義兄に慈しまれて育ってきた。

 帰る所があるから外で一人でも不安にはならない。

 だから、私にとって家族はやっぱりシアン家だけだ。


「そうかい。あの人ならそうなんだろうね」


 ギルドマスター、ソアラ・シアンが許さなければ、今日の仕事は無かったはずだ。

 義父的に、肉親に私が会っても特に問題ないということなのだろう。

 ……ロイに比べて、自信満々だなぁ。


「今、君は幸せだってことでいいのかな?」

「幸せです。好きなことをしてるし、仕事もあるし」


 ちらっとロイの事が浮かんだが、今の質問には入っていないことにしておこう。

 リシルの腕の中は暖かい。

 この人はセレスタニア姫を特別に思っていたのだ。

 セレスタニア姫が死んで、もう会えなくなって、すごく寂しかったんだろうな。

 たぶん、姫の血を引く私が「生きている」ということが大事なことで、姫より丈夫で健康そうだというのを確認するために来たんだろう。

 ただそれだけなのだ。


「恋人はいるの?」


 唐突に訊かれて、ぴくりとする。

 それ、今の私には答えられない質問なんだが。


「こ……恋人ですか? うーん、恋人、ねえ?」


 抱きしめていた腕を緩め、顎をひねる。


「ルロイ君は違うの?」


 この人までルロイと言うのか。


「ロイですよ。ロイ・アデルアです」

「私はどっちでもいいけど……彼とはどうなの?」

「そこは、私はどっちでもよくないんです!」


 そこは重要な葛藤ポイントなのだ。


「あ、そう?」


 私のロイはロイであって、ルロイではないと主張したいのだが……「私の」じゃないしなぁ。


「ご存じないかと思いますが、普通、親戚のおじさんにそういうの聞かれたら姪っ子は引きますよ」


「えー、なんでさ」と、子どものように口を尖らす。


「じゃあ、君のお義父さんが訊いても?」


 ソアラが聞いてきたら?


「……義父がそんなこと言ってきたら、軽蔑します」


 しばらく口もきかないだろう。


「ええっ?! そうかー、それは手厳しいね。姪っ子はいないから分からなかったよ」


 モゴモゴと言い訳する。


「そうだ、君のお義父さんに、今回のお礼を送ろうと思うんだけど、何がいいかな?」

「あの人、ああ見えて甘党だから焼き菓子とか喜びますよ」

「贔屓の店とかあるかな?」

「今日取りに行く本があって、その隣の菓子屋がおいしいって聞きましたよ」

「何の本?」

「私、ずっと猫が飼いたいんですけど……」


 キャッキャと世間話を始めた私たちのおしゃべりは、ロイとリシルが帰ってくるまで続いた。



 揉み合ったのか、二人ともよれている。

 知っていたけど、ロイは最高に機嫌が悪い。

 書類にビーツのスープをぶちまけた時くらい機嫌が悪い。

 その機嫌の矛先はリアンに向いた。


「姪っ子に会いに来たにしては、如何わしい距離に見えますが。貴方はタリムをどうするつもりですか?」


 ……う、二人で毛布を分け合って、一緒に肩を寄せ合ってお喋りしていただけですが。

 ……っていうのはロイ的にもうダメなんでしょうね。

 いい加減、私だってわかってきましたよ。

 恋心、めんどい。


「セレスタニア姫の代わりに、城に閉じ込めて、終いには政略結婚の駒にでもするおつもりですか?」


 あれ? ロイがおかしい。

 どうやら私が城に連れて行かれると勘違いしているようだ。

 私の現実と、ロイの現実が食い違っている。

 リアンについては、絶対に私の勘が正しいのに……と思うけど。


「待って、リアンは違いますよ!」


 リアンは肯定も否定もせず、愉しむようにロイの話を聞いている。


「はっ、どうだか。タリムを姫として城に迎えたいとか、あのアホ騎士みたいなことを言い出すんじゃないですかね?」


 ロイがおかしい。

 全然いつもの冷静なロイじゃない。

 

 こんなの前もあった。

 ロイが私の手の届く範囲から姿を消した頃だ。

 あの時は、ソアラと大喧嘩して、勝手に私の幸せとやらを決めつけて、一人でいなくなった。


 川の冷たさとは違う意味で、背筋が冷えた。

 これはまずい。

 どうにかしなくては。


「ルロイ、無礼だぞ!」


 リシル・アディがロイを呼ぶ。

 くそぅ、また『ルロイ』だ!

 気が散る。

 なんなんだ?

 おじさんとソアラ、いったい何が……。


 「あっ!!」


 不意に私はこの状況について天啓を受けるが如く閃いた。


 閃いたが、あまりのことに愕然とする。

 これなら色々なことに説明がつく!

 場合によっては私とロイの関係も修復するかもしれないけど……いや、無理か。


 意を決して、私は降ってきた疑問を議題にあげる。


「確認したいんですけど、まず、この依頼は、叔父であるリアンが、姪の私にに会いにきた、という事なんですよね」


「そうともいえるね」


 リアンが頭に血がのぼったロイに見せ付けるように、ぎゅっと私を引き寄せる。

 面白がっているようだが、いらない事をしてロイを挑発しないでほしい。


 ……それももはや、この思い付きが肯定されれば虚しいだけだ。


「それはわかりました。じゃぁ、リシル・アディは? リシル・アディはいったいロイ・アデルアのなんなんですか? 私の父親ではないのなら、わざわざあなたがここにいる理由は何ですか?」


 リアンを引き剥がして、ロイとリシルの間に立つ。


「……ルロイってロイ・アデルアのことなんですか? 何でそんなに親密なんですか? おじさんもソアラみたいに、私からロイ・アデルアを遠ざける人なんですか?」


 おじさんは困ったように口の端を下げる。

 さっきは実のお父さんなのか、とか言ってごめんなさい。

 そんなはずなかったのに。

 おじさんに、辛い思いをさせてしまったかもしれない。


「ロイはリシル・アディに対しても、ソアラに対しても、どうしてそうなんですか? ずっと疑問だったんです」


 この閃きが正しい事がわかったら、もう、旅にでも出よう。


「ロイは、私のことなんか、いつもほったらかしで、その代わりにずっと見ていたのは、ソアラだったじゃないですか! 本当は、私なんかより、そのくらいの年齢のおじさんが性的対象なんじゃないですかっ!?

 私の事が好きだとか言って、本当はソアラとの関係を強固にしたいから、ソアラが執着する私を得ようとしているんじゃないですか?!」


 ロイのリシルに対する食ってかかり方は、わたしの義父に対する執着に近いものを感じる。

 ゴクリと、喉が鳴る。


「つまり、も……もしかして、リシル・アディは、ロイの昔の恋人なんですか……?」


 あれ?

 ロイの表情筋が死んだ……。


 リシルがロイの胸ぐらを掴む。


「それ見たことか! お前のせいだろうが! 私の姫に対する冒涜だ!!」

「どうしてそうなる?! どう考えても、おかしいのはコイツだろうが!!」

 

 これだ!

 私を蚊帳の外に置いて、楽しそうに揉み合いするな!

 これが私を長年苛んできたものだ。


「仕事中に、いちゃいちゃしないでください!」


 泣きそうになって叫べば、またもや二人が同時に私の頭を小突いてくる。


「そんな訳あるか!!」

「何を言ってるんだ君は!!」


 ああ、二人の息の合った否定が私に疎外感を巻き起こす。


 コホンと咳払いが聞こえ、リアンが口を挟む。


「君たち、いい加減、私の娘を小突くのをやめてくれないかな」


「「「むすめ?!」」」


 リアンの一言は、私たち三人の動きを止めた。


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