ギルド職員は寮も管理している
騎士たちに煩わされはしたが、その後は道もなだらかで、宿泊する街に早めに着くことが出来た。
いつものように部屋をとる。
駆け出しの頃は増員職員の為にちゃんと二部屋とっていたが、その費用もギルドから引かれるのを知ってからは一部屋しかとらなくなった。
どうせギルドが提供してくる人員はロイだし、変に気を使う必要も無い。ベッドが二台あれば上等だが、そうでない時もある。窮屈さはあるが、それも野外での雑魚寝を考えればなんてことは無い。
今日は幸運にも一人一台ずつの寝台を確保出来た。今夜はのびのびと眠れそうだ。
騎士達も同じ宿に泊まることにしたらしく、食事に誘われた。
赤毛の騎士、ニコラ・モーウェルは、ギルドに興味があるのだそうだ。
私の生い立ちや、如何にしてギルドに入るに至ったかなど、熱心に巧みな話術で聞いてくる。後から後から質問攻めにされて、なかなか食事が進まない。
ロイも私も黙々と食べてダラダラと飲むほうだから、モーウェル騎士にペースを乱された感がある。私が困っているのに興味がないのか、ロイは早々に少し離れて酒を飲んでいる。
「それで、タリム嬢とアデルア殿は、組んで長いのかい?」
甘い微笑みとともに騎士が尋ねる。
「いえ、我々はパーティーを組んでいるという訳ではなくて、ギルドから不足人員としてロイ・アデルアを借りているんです。今回のように人数が必要な時に要請するんですが……」
騎士っぽい言動がひっかかる――嬢ってなんだろう。私につけた敬称だとしたら、合わなすぎて消化に悪い。
やはり、騎士ともなると、嬢と形容するようなたおやかな女性と接する機会が多いからだろうか。町娘以下の傭兵にまで嬢とは恐れ入った。
「ほう。ギルドの仕事は常にパーティを組んで行うのだと認識していたが? てっきり仕事のパートナーなのかと」
「そうですね。パーティを組んで仕事をしている組合員が大半です。私は基本、自分の体で足りる労働だけをしたいので、一人仕事が多いです。でも、まぁ、手伝ってもらう時はいつもロイ・アデルアが来るので、パートナーといえばそうかもしれませんね」
「もしや……恋仲なのか?」
「――は?」
どうした騎士様。
いきなり頭が花畑になったような話題を振ってきた。そんな流れではなかったようだが……。
「いえ、そういうのがあると、仕事になりませんから」
「そうか、そうなんだな。ふむ、そうであろう」
私は、騎士の中にも、人との距離感がおかしい人がいることを知った。
騎士様ともなると、会話の内容も幅が広くなるのだろう。ギルドの組合員だったら、話題は武器と筋肉と食べ物の話で終わりそうなところだ。
「まぁ、百害あって一利なしです。そういう関係は、仕事の関係ない所で育んだ方がいいのではないですかね。ロイ・アデルアもそうしているようですし」
ロイにまとわりつく何人かの女達の顔が浮かぶ。どれも私の事をギラギラとした視線で睨んでくる。
「では、タリム嬢も仕事から離れてなら特別な人がいる、ということだろうか?」
剣呑な光を孕んだ視線で私の反応を待つ騎士。
(騎士って恋バナがそんなに好きなのだろうか? フェミニストが行き過ぎると、行動が女子になるのかな)
酒場のお姉さんが「あんた、いいヒトいるの?」って尋ねてきた時と同じ目だった。
「私は、そういうのは向いていないようで……一人が楽ですから」
めんどくさいし、とは言わず、言葉を選んでみたのは褒めて欲しい。
「それは惜しいな。私も立候補したいくらいだったのに」
「騎士様でもそんな冗談を言うのですね」
これが老若男女、全方向ナチュラルに口説きモードの騎士様の手管かぁ。
「至極真面目に言っている」
だとしたら、やっぱり凄い。騎士怖い。
「はあ、どうも」
思春期に頭脳労働をサボりまくったせいか、口の回る人はどうも苦手だ。
社交辞令に気の利いた返しも出来ずに、そそくさと給仕に酒を注文する。
こういう時にもう少しましな事が言えたら、モーウェル騎士のようなキラキラした男に見初められたりするのだろうか。
では、例えばどんな事を……?
遠慮致します、とか?――断ってどうする。
よろしくお願いします、って言っても、私はよろしくしたくないし。
……その剣すごく装飾が素敵ですね、って、答えにならないか。
その剣、国から支給されてるのですか?
騎士って剣は何処に研ぎに出すんですか?
どんな訓練をしてそんな筋肉がつきますか、とか?
……えーと。
……。
――思考が停止したので、大人しく酒を飲むことにした。
ロイはロイで隣に座ってきた女と親しげに話している。
いや、華やかな雰囲気で女は親しげだが、ロイはいつも通りの仏頂面だ。
女はロイのくすんだ灰色の髪にふれようと果敢に手を伸ばすが、巧みに避けられている。
ああいう態度が、ロイを取り巻く女性の私に対する敵愾心を強くするのだ。
ロイは昔から女によくモテる。
私と話す以外は口数も少ないし、口も悪いし、さほど女好きな訳でもないのに、沢山寄ってくる。
お金を持ってるから――ってことはないか。ずいぶん溜め込んでいるのは知っている。
はたまた、色素の薄さによく合う酷薄な表情が受けるのだろうか?
女性たちはロイの黙っている姿に色々なものを投影して寄ってくるのだ。
そんなだから、女絡みでいざこざも起こす。
目つきが悪いので、粉をかけてきた女の男に絡まれるのだ。
私は立場上、嫉妬に狂った女に嫌な思いをさせられるのだが、もう面倒なので黙ってやり過ごすことにしている。
幼なじみで、兄のようで、仕事を一緒にして、ロイの管理する寮に住んで、それなのになんの恋愛関係もない。そんな私達は嫉妬フィルター越しに見たら、さぞ歪んで映るのだろう。
今のように、ロイとの関係を訊かれるときは、お前の唾液はどんな味だと尋ねられているような薄気味悪い気持ちに見舞われるので、早めに切り上げることにしている。
ロイとは、そこそこ殺されかけたり、一緒に死線をくぐったり、命を救われた事も、逆に救ったこともある。だから、ロイとは浅い関係だとは言い切れない。
医療行為であったり、仕事の必要上、見ようによっては性的な接触だと捉えられてもおかしくないような事態には何度も遭っている。
それでも私達の間にあるのは友情でも愛情でもない。
なんかこう、ぼんやりとした相互関係というような……。
(……これも、考えるのが面倒くさい。もう、部屋に帰って本でも読みたい)
モーウェル騎士の軽やかなお喋りは尚も続く。
隠し立てするようなことも無いから、薄っぺらい紙一枚くらいでまとまる生い立ちを、聞かれるままに答えていく。
こんなこと聞いて楽しいのだろうか? 酒量は増えるが、酔う気配もない。
「タリム、打ち止めだ。戻るぞ」
仕事の間は深酒しないで、早めに部屋に戻ることにしている。
ロイは私の酒量をみて眉をひそめた。少し飲みすぎたかもしれない。
「そうですね。戻りましょう」
「では、我々もそろそろお暇しよう」
モーウェル騎士も部下らしき騎士達に声をかけて引き上げていく。彼らは、なにか温かい視線でモーウェル騎士を見守っていたようだが、あんな感じでいいんだろうか?
「あ、ロイ・アデルア、鍵をください」
部屋の前で鍵がないことに気がつき、掌を開いて鍵を要求する。
モーウェル騎士は向かいの部屋をとったらしい。同じ様に鍵を手にしてこちらを凝視している。
「タ、タリム嬢? アデルア殿と相部屋なのか?」
「はい」
「しかし……」
面倒な事になった。騎士の道徳に反してしまったようだ。
「経費削減ですよ。それじゃなくてもギルドから人員を借りちゃってるので。大丈夫です、今日はベッドも別ですし、慣れてますから」
さらっと説明したが、それでは納得してもらえなかったようだ。
「いや、それなら私がそちらの部屋で休もう。タリム嬢はこの部屋を使ってくれ」
清らかな騎士には刺激の強い話だったのだろうか?
「そんなのダメですよ。部屋の値段が違うじゃないですか」
私達は北側の二人で一人分の値段の部屋、騎士達は一人一部屋ずつ割り振られた日当たりの良い部屋をとっていた。
「いや、だが、しかし……」
もう、なんだか猛烈に面倒くさい。振りの分からない踊りを踊らされてるみたいな焦燥感は限界を迎えた。私はもう休みたいのだ。
「明日の業務に差し障りますので休みます。それじゃ、お休みなさい」
手短に言うと、手を振ってドアを閉める。
(鍵もかけよう)
あ、なんか悲鳴が聞こえるけど、めんどくさいからいいや。