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騎士にもいろいろいる  作者: 砂山一座
1章

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【ギルド職員ロイ・アデルアの後悔】

 父はかつて、この国の姫に仕える騎士で、俺はその後継ぎとして生まれた。

 父はあまり家に居なかったが、騎士道を重んずる、立派な騎士だったはずだ。

 家同士を結びつける結婚で生まれた俺は、騎士になる事を約束されていた。

 騎士になるのだとぼんやり思っていたが、それは家業として受け入れていただけで、希望していたわけではない。


 四つの時に、姫の療養地に父に連れられて行った。

 俺は何を思うでもなく、ただ連れられるままに、のどかな街の外れまで来たのだ。

 そこからさらに進んだ所にある集落で、姫は隠れるように女児を産んだ。

 産婆は取り上げた赤子を姫にも抱かさず、父にも抱かさず、相応しいとは思えない俺に抱かせた。

 懸命に落とさないように抱え、赤子を覗き込むと、赤子も慣れない抱かれ方に驚いたのか、見えているのかいないのか、青っぽい目を開けて、小さな小さな手できつく俺の服を握りこんだ。

 赤子を抱いたその温もりが全身に広がり、最終的に胸のあたりに火が灯ったような熱を感じた。


「この子らは、今よりギルドの物だ」


 父が厳かに告げたことの意味は分からなかったが、何をすればいいのかは自然と分かった。

 ぐっと赤子の重みが増す。


「お前は今よりアデルアを名乗れ。ロイ・アデルアだ」

「わかりました。ロイ・アデルア、命に代えても姫をお守り致します」

「アホか。お前ら、もう姫でも騎士でもねぇんだよ。今は命にかえて、とかつまらん事言ってないで、むつきを替えやがれ」


 父と並ぶほどの巨体が、あっという間に俺から赤子をとりあげた。

 この男は最初から気に入らなかった。


「俺の嫁が乳母になるからな。メイには絶対服従だぞ。ご飯残したら尻叩くからな」


 屈辱的な生活が始まる事も分かったが、今はそれよりも赤子を返して欲しい。

 ぴょんぴょんと跳ねて奪い返そうとするが、朝日に掲げて俺に届かないようにする。


「さて、こいつには姫っぽくない名前をつけよう」

 

 変な名前つけたら殺す!!

 

 こんな焦燥感と殺意を抱いたのは初めてだった。


「タリムなんてどう? 美しい剣士って感じの響きじゃない? 厨二くさいかなぁ。砂漠とか盆地の名前だったっけ? 台風だっけか?」


 そう言いながらやっと赤子を俺に返す。

 この男は気に入らないが、タリムという響きはこの赤子に相応しいと思った。


「タリム・アデルア……」


 貰ったばかりの自分の名に合わせてみる。


「うわっ、マセガキ! タリム・シアンだよ。うちの子にするんだから」

「っ、お前となんの血縁もないだろ、巨人め!」

「そっちこそ他人だろうがっ、チビ!」


 大人気ない大人にも初めて会った。


「いや、分からないからな。……ちょっと待ってろ」


 俺は、意識を失い横たわる姫を痛ましげに眺める父に近寄る。


「父上、去る前にひとつだけ確認させていただいてもよろしいでしょうか」


 無口な父は厳かに頷いた。


「これは私の妹なのですか?」


 今生の別れ際だというのに、父親から拳骨を貰うとは思わなかった。



***********************



 食事を持って部屋に帰ると、タリムの姿が見えなかった。

 気配はあるので、洗面所にこもって何かしているようだ。

 時折悲鳴のような、嗚咽のようなものが混ざる。

 騎士をやり込めた爽快感が引き、一気にだるさが増した。


 恐る恐る洗面所をのぞいてみるとタリムが一心不乱に口を漱いでいる。


 頭の痛い事だが、タリムは色恋沙汰が自分に降りかかることなど、天地がひっくり返ってもないと思っている。

 不可解なことに、自分だけは蚊帳の外でいられると思い込んでいるのだ。

 剣技が上達し、ギルドで働くようになってからは、その思い込みは強固なものになっていった。

 奴の義父は過保護だから、粗野な男たちを不当に触れさせる事などないように体術もしつこく学ばせたようだ。


 過保護ついでに俺という番犬もいるしな。

 それ故に正攻法で求愛してくる輩に対してはこの様だ。

 害意のない者の動きを拒めない。

 少しは警戒しろと苦々しく思う。


「ロイ・アデルア! どうしよう、気持ち悪いのがとれない!」


 ほとんど悲鳴で訴えて来るが、もう既に唇が赤くなるほどゴシゴシ洗っておいて、それ以上どうしようもないよな?

 

 俺にどうしろと?


「飯を食え。無理なら、諦めて寝ろ。そういうやつは、犬に噛まれたんだと思うのが定番だ」

 

 手立てなしと突き放したら、頭を抱えてうずくまった。


「うーっ、うっ……うっ……」

 

「賊の目玉に串をさしたり、躊躇なく切り捨てたりする血生臭い女が、さめざめと泣くな!」


 こいつの内面のバランスの悪さに辟易するのは、今に始まった事ではないが、今日は一段と酷い。


 自分がこの国の王女の娘だったと判明したり、叔母に暗殺されかけたというのに、それよりも騎士に唇を奪われたくらいで椅子より役に立たなくなっている。

 だいたい、ファーストキスですら無いだろうが。

 それでも、赤毛の騎士がタリムに密着した様を思い出し、愉快な気持ちにはならなかった。

 いや、不快だ。

 止めるついでに蹴りつけてやればよかった。

 タリムも、あんなに簡単にさせるか?

 騎士がタリムに向けたの感情が敵意であれば、迷いなく切り捨てていただろうに。

 下心には無反応とか、いい加減にしてくれ。



「あー、そうかよ。じゃあ、俺が舐めてやろうか?」


 意趣返しに意地の悪い事を言ってみる。

 タリムの義父の厳しい顔と、嘲るようなタリムの義兄の顔が一瞬よぎったが、伏せられた顎を掬いあげて、ほどほどにグシャグシャになった顔を覗き込む。

 鼻は拭いてやる。

 こいつの義父ほどでは無いが、俺はタリムに甘い。


「上書きしてやるから舌を出せ」


 こんなからかい方をしたと知られたら、こいつの義父に真二つに切り捨てられるかもしれない。比喩ではない。


 まだ涙が残る深い色の瞳を見開いて、固まっている。

 覗き込めば、瞳の奥に藍色のような不思議な色が見える事があるのを、俺の他に誰が知っているだろうか。

 このくらい羞恥を煽れば泣き止むだろう。

 何言ってるんですか、からかわないでくださいよ! とか言って、自分を取り戻すはずだ。


 ところが、ちっとも恥じらう様子を見せず、タリムは玩具のように口をガバッとひらくと舌を思い切り突き出した。


 そのまま舌を出し続けている。


「……?」



「はひくはへへふははひひ!」


 ……これだ。

 これが長年俺を苦しめる女だ。


 経験からして、俺はこの無防備さに心を躍らせてはいけない。

 必ず、手酷い反逆が待っている。

 しかし、今更冗談だと言ったら、今度こそ暴れるくらいのことはしそうだ。

 提案した手前、趣も無く、目を皿のようにした一国の姫に顔を近づけ、その舌を犬のように一舐めする。

 さっきまでずっと口を漱いでいたせいで、タリムの舌はひんやりとしていた。


 タリムの唇に触れたことはある。

 一度ではない。子どもの頃の回数は数えない事にする。


 ある時は、溺れかけて人工呼吸をする必要があった。

 別の時は、息が止まった俺を蘇生するのにタリムが俺に息を吹き込んだ。

 おかしな薬を盛られたタリムを押さえつけて、口移しで解毒剤を流し込んだこともあったな。

 任務の中で必要な医療行為だ。

 これも医療行為だ。

 そうだ、それだ。

 疚しい気持ちは無い。

 諦念感に満たされて密着していた体を離そうとすると、すごい力で胸ぐらを掴まれた。


「もっとちゃんとやってください! いいですかぁ! あの騎士様は人の口に舌突っ込んで上顎舐めたんですよっ!! 舌の裏側とか、歯茎とか……はっ、はぐきぃ?……ギャーーッ、イヤっ! イヤ! いやーっ!!!」


 途中から思い出したのか、発狂して奇声を発する。

 この集落に宿は一つしかない。

 モーウェルに聞こえてないといいが。流石に不憫すぎる。


 こいつをこんな面倒なおぼこにしたのはどいつだ?

 こいつの義父か? 義兄か? それとも俺のせいか?

 俺が露払いしすぎて恋愛無菌状態にしすぎたのが不味かったのか?


「わかった。わかったから落ち着け。そして目を閉じろ。気が散る」


 恐らく俺は、大怪我をする。

 こいつの義父に知れたら体も無事ではないだろうが……あ、同じ部屋に泊まっているのが知れてもヤられるな……ではなくて、この場合は精神的な大怪我の話だ。


 ちっとも旨味のない据え膳だ。

 タリムのギュッときつく閉じられた目蓋からもう一粒涙が溢れる。


「お前がしろって言ったんだからな。暴れるなよ」


 涙の粒を追いかけて頬に舌を這わす。

 タリムは弾かれたように目を見開くと、明らかに安心したような溜息をつき、ゆるやかに目を閉じた。


 やられた、完全に煽られた。

 猛烈な劣情が己を支配して理性を蹴散らしていく。

 禁じられた果実のように赤く色付いた――まぁ、実際にはタワシでこすったからだが――唇に齧り付く。


 唇をこじ開ける事もなく素直に迎え入れられた冷えた口腔に自分の熱を移すように舌を差し入れ蹂躙していく。

 

 ツッコミ不在だ、誰も止めない。


 理性はさっき死んだ。


 上顎も舌裏も歯列も舌の届く限りのすべてをなぞり、舌を絡める。

 自分の中にこんな熱が燻っていたことに驚くが、とにかく今は目の前の餌を食い尽くすことに集中したい。





 やりすぎた……


 どれほどの時間舌を絡め続けていたのだろう。

 上を向かせたまま流し込んだ唾液を嚥下する喉の動きを陶然と見下ろしながら、己が取り返しのつかない所まで追い詰められていた事に気がついた。


 何が、タリムが望むなら相応しい男に嫁がせても構わない、だ。

 ギルドの仲間に漏らした台詞を思い出して、げんなりする。


 モーウェルに触られた所を上書きするほどのエグい独占欲で、よくもそんな台詞が吐けたものだと自嘲する。

 見ろ、やっと唇から離れたというのに、また近づいて未練がましく口の端から溢れた唾液を舐め取る始末だ。


 ――離れ難い。


 正直、このままどうにかなってしまいたい。

 もう少し、と手を伸ばした所で目を開けたタリムと目が合った。


「うわぁ……これはぁ、ううん。確かに、花街の女達がロイ・アデルアを取り合いをするわけだ……す、すごい!」


 そう息の上がった声で言うと、赤くした顔を両手で覆い、ベッドに突っ伏した。


 ほらな、大怪我だ。


 何だこの色気の無い返しは。

 しかも、俺が体で女を口説いてるみたいな言い方だ。

 お前の中で俺はどんな男なんだ?

 俺は泣く泣く、自分で爆薬に火をつけることにした。



「こんなこと、お前以外とするわけないだろうが」


 一か八かの賭けだ。


「へ?」


 せめて、「え?」と言え。


「お前は聞き流したようだがな、さっき俺は、お前を愛している、と言ったんだ」


 一秒も聞いてなかったけどな。


「あー、言ってましたけど。だってそれはモーウェル騎士がおかしな事をいいだしたから……」

 

 モーウェルにも言ったが、自身にも同じ事を言おう。

 ……俺の熱意は永遠に届かないかも知れない。


「本気だ」


「う、そ……だぁ」


 タリムはひどく狼狽した。

 何に困るんだ、今の関係と恋人関係と違いがあるとすれば、性行為があるかないかぐらいだ。

 日常だけを見ればほぼ老夫婦か親子だ。


「本気だ。家族愛とか、隣人愛とか、人類愛とかではないからな。俺はお前を、ニコラ・モーウェルがお前を欲しているのと同じ意味で、愛していると言っている」


 奴の名前を出すのは癪だが、今は比較できるカードが無い。

 正確にはタリムではなく「姫」に固執するニコラ・モーウェルとは全然違うが、この際仕方がない。


「だって、娼館の子の前は、ロイ・アデルアの婚約者だっていう女性に会いましたよ。引っ叩かれましたけど」


 現実逃避なのか、素っ頓狂な話題に飛んだタリムを逃がす気はない。 


「アホか。婚約なんかしてねぇ。お前が邪魔で絡まれただけだろ。おまえ、その女どうしたんだ?」

「はぁ、すいません、ってあやまっときましたけど。なんだぁ、あれは恋人じゃなかったんですね」


 まだ思案するように斜め上に視線を動かす。


「あ、でも、生き別れのロイ・アデルアの妻って人が、忘れた記憶を戻せって来たりしたこともありますよ。どんな捨て方したんですか?」


 それをなぜ信じる?!


「狂言だ。狂言に決まってるだろ、そんなの。俺は訊いてないぞ。だいたい、なんでそういうことあったなら、その時にそう言わない」


「悪い薬だった場合は戻りません、って言ったら頭抱えて帰っていったから、てっきり……もう解決したのかと」


 しかし、それにしたってタリムの返しは酷い。

 女を煽る天才か?

 友人が出来ないはずだ。

 争う相手がポンコツだと諦めて帰ったんだな、きっと。


「これだけお前に張り付いてるんだぞ。じゃぁ、逆にお前は俺を何だと思ってるんだ?」


 俺は、結局お前の何なんだ?


「う、うーん」


 必死に頭を掻きむしっているが、答えが浮かばない時の仕草なのを俺は知っている。


「……考えたことも無いのか」


 視線が泳ぐ。


 ……図星か。


「面倒見がいいな……と」


 なんだこれ、地味に傷つく。


「つまり、俺は、お前を、情欲の対象として愛してると言っているんだ。これからは、俺を異性として意識しろ」


 これ以上の誤解はもううんざりだ。

 どんな解釈で変な答えを出して来るかわかったもんじゃねぇ。

 要点をまとめると、やっと合点がいったようだ。


「えーっ! えーーっ? ええ?!」


 しかし、パニックに陥ったようで、立ったり座ったりし始めた。

「えーえー煩え。それで、どうするつもりだ?」


 昼間の、〝今際の際にはあなたがいて欲しい〟宣言はどうなったんだ?! もはやプロポーズだぞ、アレ。免疫がなければ教会に駆け込まれるヤツだからなっ!


「あの、私。えーと、そうだっ!」


 固唾を飲んで次の句を待つ。


「今からもう一部屋とってきますから!」


 バタバタとタリムは部屋から出て行った。


 そして、俺だけが部屋に取り残された。


 ……大怪我どころではなかった。






 End





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