91+謝るよりも大切だから。
やばいやばいやばいやばいやばい!!
このままじゃアサキの三面に間に合わねぇ! こんにちはとこんばんはは何時交代するのか未だによく分からないが分かる通りマヒルだよ!!!!
先生の馬鹿野郎ォ! 講義遅くても四時に終わるって言った癖にもうとっくに四時過ぎてるんだけど!? 嗚呼もう遅くても四時半には出てぇのによ!! つか出なきゃ完璧遅れる! 車で行ったって此処から一時間はかかるんだからな馬鹿野郎!!!! もう抜けんぞ、抜けるったら抜ける、もう単位なんざ知るか!
『――えー、という訳で――』
うん? 終わりか!?
『――あ、そうそう、この結果を元にするとこっちの――』
――馬鹿野郎!!!! 続けんじゃねェよクソ野郎!!!!
畜生、真面目にどうしよう、でもやっぱ此処まで聞いて抜けるのはな……。ユウヤだったら良かったのに、アサキ、怒るだろうな……。
「……マヒル兄遅いねー」
「そう?」
「だって昨日、始まる三十分前に居た人だよ?」
「……」
五分前行動を遥かに凌駕した行動力だ、我が兄ながら。アサキです、後五分程度で僕の面談時間だけど、案の定押して前の人がさっき入って行ったばかりです。廊下に並べられた二つ椅子には、僕と何故かユウヤが座っている。
「お前帰らないの?」
「んー、流石にそろそろ帰るかなー」
「じゃ」
「うん。あ、ねぇアサ君、マヒル兄今日うち帰って来るかな?」
「言えば帰るでしょ」
夕飯のことを言っているであろうユウヤにそういえば、今日はハンバーグーにしよー、と言った手間がかかるメニューが聞こえて少しびっくり。
面倒なメニューを選んだな、僕は好きだけど。
「じゃ、存分に褒められなさーい」
「あいよ」
ユウヤは立ち上がって僕の鞄ごと持って後ろ手に手を振った。……此れで帰りは手ぶらだぜ。
ユウヤが居なくなると、其れはもう静寂で。他のクラスはこんな時間まで面談をしないらしい。うちの母さんが来れるはずだった時間も大分遅いもんな……。時刻はとっくに五時半を過ぎていた、未だ明るいけど――人が居ない所為で暗く見える。
――遅ぇな、兄貴。
「ちょ! ウミストーップ!!」
「うふふっ、車は急に止まれないのよ~セツったら」
結局講義が終わったのは四時半を大幅に過ぎた五時半少し前だった。
――やばい、間に合わない。そう思いながらも全力で大学内を走って車に向かったら、キーを講義室に忘れるという大失態を侵した。
『もう、マヒルったらアサキ君を悲しませたら許さないわよっ!』
という訳で今に至る。え? どう至るかって? ウミが運転する暴れ車が車道を暴れ回ってるんだよ――!!
ウミの車で送ってもらうことになったのは良いとして、真面目に怖いんですけど。
「う、ウミ! 次左左!!」
「左ね~」
「――ぐぁふっ!!!!」
ぐわァンんッ!! ――と音声が聞こえてもいいかもしれない急カーブ。右の壁にダイレクトアタックした俺の全身。
「マヒル!? 死ぬな!!」
ナビゲーターで同席したセツにそう言われるけど――駄目だ此れ、めげる。
間に合うか間に合わないかの瀬戸際だけど、んなことよりひとつやばいのが――服装。何時も着ている黒いTシャツにジー生地の黒い上着、アクセサリーはやりたい放題だし髪も弄り放題なんだけど――家に帰って着替える時間はなさそうだ。
俺、この服で行くの……?
「次ー」
前の面談が終わったけど、未だマヒルの野郎が来ていない。前の生徒の顔を見て見たことないな、とか考えていた僕に、サクライ先生の声が聞こえた。
ひとつため息をついて教室に入れば、滅茶苦茶かったるそうな担任が居る。
「――ん、あれ、アサキお前お兄さんは――」
「来てない、遅れてるか――忘れてんじゃないの」
勝手に椅子に座れば、僕は子供がふて腐れたみたいにそう言った。何だよ僕、これじゃあまるで――絶対見に行くからって言ったお母さんが来てない一人の発表会みたいじゃないか。
「来てない、か。まぁ最後だから俺は別に構わないけど、電話してみるか……?」
そしてサクライ先生も僕がそんな感じの心境だとでも勘違いしたのだろう、自分の鞄から携帯を取り出して僕に差し出してきた。――先生、携帯は携帯しようよ。
「いいよ、別に」
「いいよ、じゃねぇよ。――“事故”とかだったら大変だろ」
「――……。……そんなことある訳ないじゃん」
「お兄さん大学から来るんだろ? 飛ばし過ぎてとか――」
「――ないって言ってるじゃん」
何時もの会話なのに。
何かムキになって言ってしまった。声音も強く、表情も強張ってるはず。先生もびっくりした様な表情をしているし――やってしまった。
「……」
「……まぁ、ならいい。少し待つか」
「……」
呆れた様に振る舞う先生だけど、多分内心どうしようか迷ってるんじゃないかと、勝手に憶測した。先生だって三者面談なんて初めてなはずだし、僕等が最初の生徒なはず。
ごめん先生、でも“事故”って単語だけは――僕の前で二度と言わないで。
「――遅ぇな」
五分くらいして、時計を見た先生が呟いた。予定の時間から既に三十分が過ぎている。僕がこのクラスに入ってからは十分だけど、遅過ぎる。あの野郎……来たら殴ってやる。
「な、アサキ」
「何ですか」
「お兄さんって、どんな人なんだ?」
唐突な話題だ。きっと場を保たす為の付け焼き刃な話題なんだろう、と理解した僕はその話題に乗ってみる。
「見た目は真面目で誠実そうで礼儀正しくて自慢の兄です」
――但し、昨日ユウヤから聞いた偽りの方で。
「アヤメが言ってた通りだな」
サクライ先生はおかしそうに笑うけど、視線がどこか違う方を向いていた。しかも笑いはすぐに止んで、その後に――
「――で、本当は?」
そう、言った訳で。
この人やっぱり本当にヤクザ出身なんじゃないか、人の心情を読むスペシャリストなんじゃないか。僕はため息をついてからニヤリと笑い頬杖をつくサクライ先生を見て素直な気持ちをあげてみた。
「マヒルは馬鹿で、運動出来るからって直ぐ無茶するし、目つきキツいし普段着が今風で不良そのものだからそう勘違いされるけど本当は別にそんなんじゃなくて――」
言おうと思えば言えるだけ言えることを知った。ほぼ暴言だけど。色々言ったけど、最終的に言いたいのは――
「――だけど、僕やユウヤに迷惑をかけるくらいなら人生を捨てる、とも言い兼ねない弟想い、ってかブラコン野郎です」
「すんません! 遅れましたっ!!!!」
僕が言い切ったと同時に、静寂に包まれていた扉が思い切り開いた。
「はぁ、はぁ……」
「おいマヒル、廊下を走るな」
「そんなこと言ってられっか! 三十分もロスるなんてもう――」
「ヒコクアサキ君の、お兄さんですね?」
兄貴は普段着だった。昨日ユウヤに聞いた様な服装じゃなくて、何時も出掛ける時の、大学で着ている様な――世間体では認められない様な――そんな格好。
荒い息をつく兄貴に、サクライ先生が今まで一度も聞いたことのない口調で声をかけた。
「私はアサキ君の担任のサクライイツキと言います、初めまして」
「あ、えと、初めましてです」
サクライ先生は思わず吹き出しそうな口調。キモい、でも、今はそんな雰囲気じゃない。
「すみませんでした先生。三十分も遅れてしまって、しかも、着替える時間すらなくてこんな格好で――」
「座って頂いて結構ですよ、お兄さん」
「あ、はい」
兄貴は謝罪を述べるも、サクライ先生は気持ち悪い笑顔で促す。本当に気持ち悪い。
兄貴は少し気まずそうに僕を見れば、さらに気まずそうにゴメンな? と僕に謝罪を述べる。遅れてきたことに対してか、服装についてかは分からないが、――来てくれたんだから構わないのに。
「今日は親御さんの代行、という形でお兄さんが?」
サクライ先生は未だキモい先生でそう言う。兄貴もそれに気付いてるか否か、笑顔で肯定した。やはり遅刻と服装とが気まずくさせているらしい。
――けど先生は。
「親御さんの代わりであったり、弟さんの為に其処まで急げたり。そんなことが出来るお兄さんって数少ないと思います、だから、、私は素敵だと思いますよ、――姿がどうであろうと」
間違いは誰にでもありますしね、と、先生は続けた。
兄貴がその言葉でポカン、としている間、先生は僕は一瞥してニヤリ、と笑った。何時もの先生が其処には居て、不覚にも僕は――担任が此の人で良かったと思ったんだ。
「アサキー」
「んー?」
「良い先生だな、お前等の担任の先生」
ウミさんに送ってもらったというマヒルは、僕と一緒に自宅へと歩く。緊張していた様にも見えた気まずさはあれからなくなって、普通に面談が行われたのだが。
「サクライ先生、あんな口調じゃないぞ」
「んなの分かってるよ、あの人もっと俺様口調だろ?」
よく分かったな。そして、へらへら笑うマヒルはでも、と前置きをして、
「アサキとは珍しく、相性良い人だな」
と優しげに笑った。
――ったく、兄貴面しやがって。僕の考えが読める訳もないマヒルは自慢げに頷いて歩を進める。
確かに相性は良いと思う、僕も嫌いじゃない、だけど、
「ユウヤやあんたが兄貴なのも、充分相性良いと思ってるけどね」
「ん、何? 何つった?」
うん。二度は言わん。
「ちょ、アサキ?」
「マヒル、今日はハンバーグだぞ」
「え、やった、早く帰ろうぜ」
お前は餓鬼か、単純。
単純でも、頼れる兄貴なことに、変わりはないし――ね。