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86+不器用少年の呟き。


 あの馬鹿に逢ったのは中学に上がって直ぐのことだった。最初はただ、アイツに似てると思った。見た目が、とかじゃなくて、馬鹿そうなところとか、クラスでも常に中心に居るところとか、馬鹿なところとか――主には馬鹿なところだけれど――色んなところが。

 小学生も何も違う僕があんなのと関わるとは思ってなかったし、関わりたいとも思わなかった。だからそう思うだけで僕は一人、――窓際から空を見上げてのんびりと――孤独で居た。

 初めてのクラス、違う学校から来た人達、そんな中で僕みたいのに関わろうとする奴なんて居ない訳で。そんなのどうでも良い、寧ろ一人で居たい僕からしても、一際目立たない様にする為には好都合だったから。

 ――だけど。



『なぁなぁ――ヒコクアサキだっけ?』


 声をかけてきたのはあの馬鹿だった。

 確か、アイツの名前の様な――五月後半になってからだったかな。


『変わった名前だよな? あ、んなことどうでも良いんだけどよ! お前、この前のテスト数学すっげぇ点数良かったよな!』


 最初のテストだってのに、一年から担任だったサクライ先生に点数を暴露された日の次の日。サクライ先生はこの頃から自由な人だった。



『んで、勉強で聞きたいことがあるんだけど、教えてくんねぇ……?』




 ――確か、瞬時に断った覚えがある。しかしあの馬鹿は何を勘違いしたのか、


『今じゃなくていいって! 今日の放課後! いっつも直ぐ帰っちまうけど、其れこそ中学入って直ぐだから暇だろ? 頼む!!』


 そんなことを言い出した。

 ――直ぐ帰っちまうけど――少し唖然とした、僕みたいな空気的存在をモットーにしてる人でもちゃんと見てるんだな、と。面倒だ……そう考えていたのを承諾と取ったのか、あの馬鹿は、


『じゃあ放課後な!』


 と言って何処かに行ってしまった。




 結局その日、僕はあの馬鹿に数学のテスト直しに付き合うことになってしまったのだが。勝手に相手が決めたんだから、帰ってしまっても一向に構わなかったはずなのに。何故あの日の僕はあんな面倒なことに付き合ってしまったのだろうか。



 其れからというもの、あの馬鹿は何だかんだで僕に付き纏う様になった。その頃から知っていたことだけど、あの馬鹿はクラスの中心には居るし、色んな人と仲が良いけど――ずっと一緒に居る様な友達が居ないらしい。

 ――なのに僕に付き纏う。何がしたいのか、全然分からなかった。何時も笑ってて、何時も楽しそうで、何時も嬉しそうで――何時も何時も、いつもいつも……――。

 ――何がこいつをそんなに笑顔にするんだろう。凄く不思議だった。其れと同時に、物凄いムカついたっけ。







 ――そんな時期だったはず、あの馬鹿に“あんな”ことが遇ったのは。






 ちょっとした風邪をよく引いていた。だから其の日もそうなのだろうと、次の日にはまたあっけらかんとしてやって来るのだろうと――何時の間にかあの馬鹿のことをしかと友達と認めている自分が居ることに気付きもせず、僕は考えていた。


 けど、あの馬鹿は来なかった。次の日も、其の次の日も。

 柄にもなく、先生に原因を聞いたら、


『忌引だ、葬式葬式。明日までだけど土日挟むからなぁ、来週は来るだろ。にしてもお前が他人を気にするなんて珍し――』


 そう言われた。もう良かったから途中で切り上げたらあとで怒られた。



 僕は生徒手帳を見た。数日――今日の時点でもう四日。そういえばあの馬鹿が一方的に僕に話してた時、祖父母も遠縁は居ないんだ、と豪語していた。なのに葬式、五日も――?

 だからそれを見た時、少しだけ驚いたんだ。



 ――忌引可能日数、父母、五日。



 まさか。まさかだ。

 唐突に、そんな身近でこうも簡単に。


 気付いた時にはもう、僕はあの馬鹿の家に向かっていた。父親が単身赴任、母と二人暮らし――あの馬鹿は個人情報を僕に漏らし過ぎだ――で、姉が一人暮らしだと言っていた気がする。勝手に話してたから、よく聞いていないんだけど。



『――あら、カイちゃんのお友達かしら……? ――入って』


 家にはそのお姉さんらしき人が居た。笑顔が優しげで、其の笑顔のまま奥に通され、――あの馬鹿の部屋に通された。



『……あれ、』



 そんな反応をされたけど。そりゃそうだ、友達でもない人間がいきなり来てもな。


『来てくれるとは思わなかったけど……どしたん?』


 どしたん? はこっちの台詞だと言いたかった。何時も笑ってた、何時も楽しそうだったのに、此の日見たあの馬鹿の笑顔は――見ているだけで嫌になった。



『おい』


『んー? 何なに?』


『ムカつくから笑うな』


『ひでーな』


『何時もムカついてたけど。けど今日はもっと――無理矢理笑ってるのが、ムカつく』


『……ッ……』






 泣くかと思った。でも、ゆっくりとした、何時もとは違う雰囲気で、事実を話しただけだった。






 ――母親が亡くなったのだと。






 交通事故だと、あの馬鹿は言った。其れだけで話は終わったけど――つくづく“事故”に縁が出来てしまっていて、何かをぶち壊したくなる程の衝動に駆られた。








 其の日のことは其れ以上覚えていない。あの馬鹿に何を言う訳でもなく、そのまま自宅にとんぼ返りした気もするし、其処ら辺の公園に暫く居た気もがする。自宅に居たユウヤは何やら心配そうに声をかけてきたはずだけど、それすらも忘却の彼方に送り返した。

 事故、他人の死、己の罪――全てが――“再び”――僕の思考へ割り込んできて、体中を駆け巡る。関係ないのに、僕は関係ないのに、こんなにも、狂う程の衝撃が己を襲った。




 次の日、当然の如く学校を休んだ。

 正確には――行ける状態ではなかった。もう何もかもが嫌になった。嫌いだった、あの馬鹿にあんなことが遇ったことも、過去のあの出来事も――それがありながら少しだけあの馬鹿と居るのが楽しいと、普通の学生の様に思ってしまったことも。


 次の週の始め、嫌々言っていても仕方がなく。ユウヤに連れられる様にして学校に向かった。双子のこいつに心配をかけているとは分かっていたのに、どうすることも出来ないのが歯痒い。そんな力僕にはない――そんなの分かってる。



『――ヒコクアサキ!!』



 そんな自己嫌悪に浸っていたら。


『おっはよー!!!!』


 後ろから思っきし叩かれた。あの痛みは今だって忘れない。凄く痛かった。そのまま走る様に僕を抜かして学校に向かったあの馬鹿の後ろ姿を見て、隣のユウヤが笑ったんだ。


『元気な友達だね』


『……別に。ただの“赤の他人”だ』


『名前は?』



『……カイト、だったかな』



 あの馬鹿は――また笑ってた。身近な人が居なくなっても。境遇までがあいつと一緒になってしまったのに。学校内でだって相も変わらず僕に付き纏う。もう会いたくもない、なんて僕が考えたこと、あの馬鹿は知る訳がないのだろうけど。


 強いと思った、僕なんかに付き纏う意味が分からないくらい。

 強さの意味が知りたかった、付き纏う理由と共に。


 だからもう少しだけ、あの馬鹿――ロクジョーカイリに付き纏わせてやろう、そう思った。


















「もうちょっと――って軽く一年経ってるってどーよ、つかもう二年……」


 僕は此方にやってくる足音に気付き、自嘲気味に展開させていた思考を一時取りやめた。校門の塀に寄り掛かって足音の方に視線をやる。



「遅い」


「……え、うえっ!? 何してんのアサキ!!」


 案の定、やってきたのは待ち人カイトだった。腕を組みながらそこに立つ僕を見て、肩で担いでいた鞄を落としそうになっている。


「六時過ぎたんだけど」


「いや、だから先帰ってて良いって……」


「帰る」


 凄い勢いでカイトの意見を全てスルーすれば、僕は一人先に歩き出した。


「待て! 此処まで待っといて先帰るな!!」


「待ってないし、別に待ってないし」


「思っきり待ってるじゃない」


 さっきまで驚愕してたのに、もうニヤニヤした表情に戻ってる。畜生、やっぱり先帰れば良かった。



「で、何の話だった訳」


 ただ其れが気になっただけなんだけどさ。微妙な表情変化の先は何だったのか、予想はついているけれど、憶測の話をする気はない。


「あぁ、アレだ、三者面談」


「……へぇ」


「聞いといて無感動な奴。……ほら、うち姉ちゃんしか居ないじゃん? だから父さんがいちいち帰って来るかどうかで話し合いを」


「そうなんだ」


 それもそうか、息子の面談で帰って来れる程シングルファザーは甘くないか。


「そりゃ大変」



「――お前、昔からそんなだよな」


 僕の棒読みに意外にも反応を見せたカイトは――やっぱり笑ってた。


「人が話し掛けてるのに大きな反応は見せないし、だから友達とか思ってくれてねぇのかなーとか思ったら――家まで心配して来てくれちゃうし」


「心配なんかしてない」


「嘘付けぇ!! 俺以上に蒼白な顔しやがったく――」


「それ以上言ったら直ちにお前のテストの点を用紙ごとウミさんに叩き付ける」


「頼む数学だけは勘弁してくれ」


 一年以上交わしてる会話は、何時からカイトの一方的なものから対等なものになったのだろうか。僕は未だ色んなことがよく分からないけど、其れでもカイトと居るのが――全ての答だと思ってる。……けど、もうひとつだけ。



 ――罪滅ぼしなんじゃないか。



 と、自問するけど答は返って来ない、その答を見つけるまでは。


 ――またもう少しだけ――自分のもう少しが今度は何年になるのやら――この馬鹿と一緒に居てみよう、だなんて思ってしまうんだ。

 どんな答にたどり着くことになったって、――今は其れで良い。




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