84+先生達の休息?
「……はぁ」
「あらーんイツキ君、ため息なんてめっずらしー」
「ため息だって尽きたくなんだろうがよ、テストの丸付けなんて……」
ふふっ、こんばんはマシロです。ただいま僕とイツキ先生とコクシ先生は三人だけで職員室に居ます。まぁ、一種の残業というやつで。残業代も出ないのによくやるよね。
「イツキ先生が遅いんじゃない?」
「ばっ、アヤメテメェ数学をナメんじゃねぇぞ。英語と違って式の計算まで見なきゃなんだからな」
「そんなこと無いよ、僕の方だって文法を確かめなきゃなんだから」
「私だってそうだぞ! 文章問題なんて作らなきゃよかったと後悔している」
何故僕達は三教科の担当なのだろうか、イツキ先生じゃないけど採点面倒臭い。
「あーだりぃ」
「ふむ、でもあれみたいだな。やっぱり数学は少し採点が面倒みたいだな」
「だろー? 真面目にだりィ」
「明日に持ち越せばいいじゃないか、明日帰せという指令はない訳だしな」
「休み挟んでんのにまだ返さねぇんじゃそろそろ不満が飛んでくるだろ、アサキから」
「ヒコク弟限定かい?」
「あとユキに小言を言われる」
「イツキ君、君意外に弱いんじゃないか」
二人はくっちゃべっているのに手が止まらない。イツキ先生なんて未だ新人みたいなものなのに正直凄いなぁなんて関心してしまうよ。……性格が難だけど。
「アヤメー」
「ん?」
内心でも読まれたのかと思った。
「この前の不審者ってお前の知り合いだったんだって?」
「あ、うん、そうだよ」
「あらそうなの? シロちゃんに似ても似つかないお友達か何かかしら? 学生に見えたけど……」
「弟ですよ」
――二人の手が止まった。
あれだけ話してて止まらなかった手が今止まった。そんなにセツと僕は似てないでしょうか……?
「え……アレか? 血的繋がりは――」
「あるよ、歴とした実弟ですもん、アヤメセツ君は」
「あらー、銀髪しか似てないわねー」
DNAだけか、僕とセツを繋ぐのは。
「で、其の弟君がわざわざ学校に?」
「セツとは二人暮らしなんだけど、たまにお友達の家に居候行っちゃうんだよね。――で、今もそうなんだけど……生活費の足しにしてって」
バイト代らしい封筒をおいて帰ってしまったセツ。自分で稼いだお金なんだから自分の為に遣っていいのに……。
「見かけによらず良い弟君なんだなぁ……くろちゃんかんどー」
「勝手にしとれ」
とりあえず、居候先のお友達の家もちゃんと聞けたし良いとしよう。僕は一旦手を止めて、その封筒と一緒に自分で書き留めたメモを机から取り出す。
えーと、――市の――アパート204の……うん?
「イツキ先生ー」
「んだよ、忙しいのによー……」
さっきから話してた癖に僕の話はそんなですか。僕は黙ったまま笑顔で、向かいのイツキにそのメモを差し出してみた。
「何だよ……?」
「弟が居候の如く乗り込んでいるお友達の住所と名前です」
「……?」
自分に見せる意味が分からない様だ。だけど空いている左手で受け取ってくれたイツキ先生。……少し待ってみよう。
「――市? へぇ、車なら近いわなぁ……――は?」
「どうしたんだ、私にも教えてくれよ」
「――こいつ、アイツ等の血縁か?」
興味津々のコクシ先生にメモを渡せば、僕にそう言うイツキ先生。
「じゃないかな、お兄さんが居るとか聞いたことない?」
「ある」
「あるんだ」
じゃあお兄さんかな、そう言えばユウヤとセツが知り合いだったから……妙な関係だよね。
「でもアイツ等の兄貴か……どっち似だろうな……」
「あー……」
「ほー、――ヒコク兄弟のお兄ちゃんねー」
周りに回ったメモが僕に戻って来る。“緋刻真昼”君……どんな人かな。
「セツの友達……もしかしてあんな感じな不良だったりして……」
「ヒコクの血だからな、何があっても驚かないぜ俺は」
「うわー」
アサキ君が冷静で、ユウヤがわんぱく、お兄さんは……どうなんだろうな? セツは未成年だし、保護者として会いに行ってみようかな。
「面白いな、俺も会ってみてぇ」
「ははっ! イツキ君もシロちゃんもヒコク兄弟がお気に入りな様だねぇ」
「お気に入りっつか――」
呟いたイツキ先生がこちらを見る。僕とイツキ先生は同時に頷けば、
「「見てて面白い」」
そう言った。
やっぱり、面白いものね。
「えー、ヒコク兄は分かるけど、イツキ君は弟見てて楽しいのー?」
「ああ、あの歳に似合わないニヒルさとか」
「渋っ」
「二人のお兄さんってことは、もしかしたら二人を足してかけた感じかも」
「……」
我ながら想像したくないことを言った。上手くいけば頭が良くて人辺りのいい真面目だけどフレンドリーなお兄さんになるけど、下手したら――
「馬鹿で人の話聞かねぇで常にやる気がないていたらくな兄貴だな」
になってしまう。イツキ先生は自分で言ったのに凄く嫌そうにしているけど。
「今度あいつ等に聞いてみりゃいいんじゃねぇか?」
「……?」
「弟の友達、気になんだろ」
――妙なところが鋭い。同僚として未だ一年程の付き合いなのに此の人は全く……まあ、もっと昔に三程付き合いがあるんだけれど。
普段はクールだけどふざけ度MAXな癖に、人が本気で弟の心配してるのを見抜かれてしまう。しかも其れは此の人の無意識で、真面目腐った顔で答案用紙を見ながらの言葉。
「……」
「イツキ君ムカつくわね」
「は?」
「シロちゃんの顔にそう書いてあるんだぞ!」
そして此の人もまたしかり。ふざけてるのに凄くて、僕だけ取り残す気なんだろうか。
「――っし終わりー!!」
「お疲れイツキくーん」
うだうだと話を続けている内にやっと目的の物が終わりました。え、家に持って帰れ? イツキ先生が一人でやったら終わらないよやる気ないんだから。
「よーし帰る、俺は帰る」
「あら何言ってるのイツキ君、今から飲みに行くに決まってるでしょう?」
「ちょ、キクカワおま、今何時だと――」
「あんたこそ何言ってるのよ、まだ十二時前だぞ? 未成年でも帰らんぞ!!」
楽しそうなキクカワ先生に引きずられてるイツキ先生。大変だねぇ。
「――逃がすかっ!!!!」
笑っていたら、腕捕まれました。
「アヤメ、テメェ一人逃げられると思うなよ! こうなったら道連れだ阿呆!!」
「え!?」
「おお、シロちゃんも一緒かい! それじゃあ今日は先輩が奢っちゃるぞ~!!」
「あの、ちょっと僕もですか……?」
引きずられるイツキ先生に引きずられる僕。慌てて足で追いかけるけど――内心は少し楽しい訳で。
お金になんてならない残業でも、この人達となら、一生飽きそうにないと思う僕はただの効率の悪い大人ですかね。