79+見つけられたから良かったんだ。
――ザー……ゴロゴロゴロ……――
雨は一向に止む気配がない。雷も鳴り響き続けて未だ止まず。
「ちっくしょ……アサキの奴、マジで何処に居るんだよ……」
「ちょっとマヒル! アンタも冷えてるわよ!! だから傘差しなさいって――」
「うっせぇ! んなの邪魔なんだよ!!」
傘を差すのは父さんと母さん、ハザラさんに至っては合羽を着ている始末だ。俺は途中に面倒になって閉じてしまったから、右手に其れを持っている。
「あーもー見つかんねぇよちくしょッ――!!」
――ドォオオン!!!!
「何、でしょうか」
思わず身を竦めてしまった。
良かった、誰も見てない。
「多分雷が墜ちたんでしょうね、危ない危ない」
冗談じゃない。それじゃなくても雷なんてゴメンなのに、墜ちた? 怖ッ!!
「とりあえず視界が悪いですから、目を凝らして捜す必要がありますね」
「折角の休みだってのに何やらせんだかなぁあの弟は……」
父さんの笑顔に苦笑で応えた俺は、煩わしい雨粒を拭って――拭っても意味ないんですけどね――歩き出した。
――時にやっと。
「――皆! あそこ!!」
――ハザラさんが一方を指差して叫んだ。 木の根元でひっそりと座り込む――アサキを指差して。
「アサキ!!!!」
恐らく母さん達も叫んだんだろうな、でも俺には自分の声しか聞こえなくて。ぬかるんだ地面を蹴って走ったら、本人の目の前でこけそうになって木に手を付いた。
アサキは其処で俺達に気付いたのか、ぼうっとした様子で俺を見上げて――
「あ……兄、貴?」
と、のんびり呟いた。
――コノヤロウ、しみじみと呟きやがって……俺達がどんだけの時間探し歩いたと……――ん?
「兄貴だ」
「お、……え?」
心の中だけで悪態をついていたら、――アサキがこてん、と頭を俺の足にぶつけてきた。まさか、発熱とかしたんじゃないだろうな!?
「死ぬかと思ったんだけど。こんなところに置き去りにされて」
「まぁ、こんな奥じゃあ確かに置き去り喰らったら泣けてくるな」
「雨寒いし雷怖……いや、五月蝿いし雨寒いし」
とにかく雨が寒かったらしい。雷が怖いのは認めていない、という訳かこの野郎。俺だって苦手なんだぞ。
後からやって来た母さんと父さん、ハザラさんに滅茶苦茶な勢いで心配されたアサキは、欝陶しそうにしながらも、
「疲れた」
とだけ呟いた。熱とかはないみたいだな、流石元気っ子。だけど足を捻ったのかは知らないが痛いらしいので、
「おぶって帰らせてやろう」
「いや、普通俺の台詞だから」
「歩くのたるい」
「……はいはい」
と、普段通りのテンションを見せていた。まぁ、良かった良かった。ただ、――寂しかったんかな、と思ったのは秘密にしておく。
家に帰ると、俺とアサキがびしょ濡れだったから、ユウヤにいきなり叫ばれた。
「え!? 兄ちゃんとアサ君は何があったの!? びっしょびしょ!? ちょ、アサくーん!!!!」
電話越しじゃあなかなかのクールな面を見せてくれたのに、元通りの馬鹿が居た。元通り弟だけ心配して俺を放置してくれる馬鹿が。
「アサキ、風呂沸かしておいてやったから入んな!」
「ユウリにしては気が効く」
「んだとこるァ!!」
うん、元気だ。
人の家だからってびしょ濡れのまま廊下を歩き出したアサキ――恐らく自宅でもやるだろうが――の後ろをオトワが黙々と拭いている映像は実にユニークだが――これでこそ我が家だと思った。
「マヒル! アンタも入りなさいね!」
「分かってるっつーの、俺だって寒いったらありゃしねぇんだからよ」
そして俺は何故か怒られた。あしらったら「むきーっ!!」とか言い出したから此の親大丈夫かと本気で思って唖然とした。
したら父さんが、
「心配してるんですよ、マヒルのことを」
と耳打ちしてきたから、余計唖然とした。
「慣れないことすんな、馬鹿親」
笑って言ってやったら、余計怒った。何か、平和っていいな、と感じた。
「死ぬかと思った」
湯舟の中でそう呟いたら反響して自分に降り懸かった。あったけー。さっきまであんなところに居たんだから当たり前か――しみじみと僕は呟く。
「お疲れー」
独り言のつもりだったんだけど、返答が来た。外にユウヤが居るらしい。
「超たるい」
「ははっ、お風呂でぬくぬくするとヨロシ」
何処の人だお前は。
「……ねぇ、アサキ?」
「何」
「――ごめんな?」
扉越しに謝られた。何に謝ったのか分からなかったけど……何となくだけ分かった気もした。
「ツチノコなんて居る訳ないじゃん」
「うん」
「兎なんて店で見れるし」
「うん」
「……」
「……」
「僕とお前は、違うんだから、少しは気ィ遣ってクダサイ」
「……うん」
「遣うなら――また遊んでやるよ」
「……――うん!」
バタバタと走り去る音がした。ただ、其れを言いたいが為に居たという訳か。……僕が悪かったんだから、気にしなきゃ良いのにな、あいつも。
後でマヒルにも一言謝ろうかな、びしょ濡れだったし。……あ、僕が早く出ないとあの人風邪引くかも。
僕はそんなことを思いながらも、ゆっくり浸かってから湯舟から上がった。