67+好きの数だけ勘付けるってね。/後
「――アサキね、ずっと引き摺ってることがあるんだと思う」
ヒコクユウヤは改めてブランコに座り込み、キー、と音の鳴るブランコを揺らしながら話し始めた。
「引き摺ってること?」
「小学校の時、に遭ったことを、まーだ引きずってるみたい」
ヒコクユウヤはいつものニヘラ顔で言った。いっつもいっつもヘラヘラしてるのに、私がコイツから聞く話は何だかシリアスな話ばかりな気がする。
「其れって何なの……?」
「気になるー?」
ニコーッと、こいつはこっちを見て。ムカついたけど、やっぱり気になるから頷いた。
「……実は――」
「……」
「――俺もよく知らないのよー」
「……は? ……はぁ!?」
つい、声を荒げた。
「うん、知らねぇのよ、俺」
「あ、アンタ、あいつの兄貴でしょ!?」
「うん、お兄ちゃんだけど、リョウちゃん知っての通り、気難しい弟なので」
兄弟であっても何だか分からないことってあるのね。私はなるたけ興味なさそうに相槌を打った。
「何かあったことだけは分かったんだ、でも、俺もそんくらいの時――こんなにアサキと仲良くなかったからさ」
「――え?」
軽く耳を疑うものがあった。ヒコクアサキとコイツが――仲良くなかった? 今こんなにも仲の良い双子が、仲良くなかったですって……?
「ちょっと前に言われたんだよねー、真面目な弟とちゃらんぽらんな兄貴じゃあ……仲良いのって普通有り得ない、って」
……ちゃらんぽらんな自覚あったのね。今そんなこと言えないんだけど。
「同じ学校でも一緒に帰ってなかったし、同じ家で同じ部屋でも、一緒に遊ぶことなんて少なくてさー」
「……」
「其れでも、凄く楽しかったよ? アサキ、今よりももっと、笑う奴だったし」
「わ、笑う!? 滅多にない行動じゃない!」
「うん。でも笑ってた、沢山沢山、ただいま、でも、お帰り、でも。たった一言の挨拶でだって……あの頃のアサキは笑ってたよ」
そう言ってるヒコクユウヤの表情は、何かを思い出してる様ではある。……でも、それは悲しそうな顔に見えなくもなかった。
そんなにも――ヒコクアサキは変わったのかしら。
「リョウちゃんってさ、一年の時から俺達のこと知ってる?」
「知ってる……ちゃあ知ってるけど、アンタだけよ。目茶苦茶五月蝿い奴って」
「酷い!」
「そんなアンタに――あんな弟が居るなんて、どれだけの人が知ってたでしょうね」
あんな、大人しくて頭が良い、運動は出来る、でも協調性の皆無な弟。常にクラスの中心で馬鹿やってるお調子者の弟がアレだなんて、誰が思うのか、って話。
「……あんなじゃ、なかったんだよ? もっともっと、地味なりに元気な奴だった」
「地味、って……」
キーキーと揺らしていたブランコを揺らし止め、ヒコクユウヤは気持ち俯いた。
「あんまり話さないなりにさ、そん時から大切な弟だったんだよ。なのに、俺はなーんにも気付かなかったんだよねー。中学上がって何か少しずつだけど明るくなってきたアサキ見てて、俺って駄目だなー、とか思った」
中学から、一緒に居ることが増えたんだよね、と、ヒコクユウヤは続けた。同時に、俺が勝手に一緒に居たんだけど、とも言った。
「俺のおかげで少しは明るくなった」
「え?」
「――なんてこと、言う気はないよ」
ははっ、と笑うヒコクユウヤは、やっぱり何か悲しそう。私の見間違いということはない、はず。
「きっと其れは、俺の影響じゃあないんだ。俺じゃなくて――」
「――ロクジョーカイリ、ね」
「そのとーり」
あいつ――ロクジョーカイリが何時からヒコクアサキと一緒に居たかなんて知らない。でも、アイツがヒコクアサキと一緒に居て、――不満そうにしてるのなんて見たことが無いから。
「表情は、無表情だけどね」
「仕方ないよ、アサキは無表情が常なんだから」
無表情だから無愛想とか言われるのよ。無愛想なんかじゃなくて、ただ表情がないだけなのに。私は真っ暗になった空を見上げて、少しだけロクジョーカイリに嫉妬した。
何で私は、こんなにも遅く彼に出会ったのか、って。何でもっと早く――ヒコクアサキに出会えなかったのか、って。私が居たって何も出来ないって分かってるけど、其の時傍に居れなかったっていう淋しさやら何やらが、心に募った。
「其れとさ」
其れでもうひとつだけ、言いたかったことを言った。
「アンタが居たことだって、ヒコクアサキに影響を与えたんじゃないかしら」
暗い外で、ヒコクユウヤは首を傾げた。――様な気がした。
「自分でそう思ってるだけでしょ。アンタは、絶対にヒコクアサキに影響を与えてた、って思う。……良い意味のね」
「……」
「あくまで、私が思うだけなんだけどさっ!」
私は其れだけ言って立ち上がった。そろそろ帰らないと流石に怒られそうなので。
「リョウちゃん」
「何よ」
「アサ君を、好きになってくれてありがと」
そんな恥ずかしいことで感謝された。でも、声音がいつものヒコクユウヤに戻ってたから、私は真っ赤になりつつも――絶対赤い――笑うだけに留めた。
「ただいま」
「お帰りなさい、ユウヤ」
家に帰ったら、笑顔な父さんに迎えられた。
「随分とご機嫌だね、ご飯にしましょう」
「うん! 遅くなっちゃってごめんね?」
「それは僕じゃあなくて、リビングに居る暴君王子様に言ってくれると助かるかな」
うん? 嗚呼、アサ君か。父さんと話しながらリビングに行くと、ソファで寝転がる暴君王子様を見つけた。
「アサキー、遅くなってゴメー……ん?」
頭上から覗き込む。
「……」
あら、寝転がってる訳じゃあなかったらしい。――本格的に寝ているみたい。
父さんがアサ君の額に手を置いて、
「熱は下がり始めてるみたいだね、寝ちゃってるみたいだけど。……アサキー、ご飯は食べませんかー?」
と、控えめに声を掛ければあっさりと目を覚ましたアサ君。
「食う」
眠くても食うそうだ。父さんが満足気にキッチンに向かったので、俺は起き上がったアサ君の横に一先ず座った。
「ただいま、んでおはようアサ君。頼まれてたやつー」
「遅い」
文句を言いながらも其れを受け取ると、アサ君はひとつ欠伸を漏らした。
「じゃ、俺父さん手伝ってくるー」
特に批判もない様なので、父さんを手伝おう。横に居ても寝起きのアサ君は何もしてくれなさそうだし。
とにかく今日のことも黙ったおこうかな、何か言われそうだし。
そんなことと同時に、俺は本当にアサ君に良い影響を与えられたのかな、なんて考えつつアサ君を見たら、アサ君もこっちを見ていた。
「ん?」
「お帰り、ユウヤ」
「……」
少し唖然。だってちょっと、――薄く微笑まれた気がしたからさ。
「……」
「……ユウヤ?」
しかしこのまま唖然と黙り続けても変に思われるか、そう思った俺は、アサ君可愛いなぁとか思いつつも、
「ただいま、アサキー」
と、笑顔で返してからキッチンへ向かった。
シリアスに書こうとして、敢え無く撃沈。