65+優しさのコトダマ。
「ビバ☆街中探検隊!」
「そういう恥ずかしいこと叫ぶなら帰って良いでしょうか?」
こんにちは、カイリっす。ただ今放課後、珍しくも俺は帰り道をアスカと共にしている。
「いや、いやいやいや、其れは悲しいな」
「じゃあ、もう少し大人しめにお願いしますね」
こあいなぁ。
まぁ、先に行くとか言われちゃうと寂しいのでボルテージを少し落とすことにする。普通に帰るのも暇だ、アスカの体調も良好な様だし……という訳で街中探検を決行することにした俺達。
「あまりハードなのは着いて行けませんからね……? 普通に探検なら構いません」
「勿論よ! アスカに何かあったら、俺様がユウヤに殺される」
冗談じゃない。あいつは殺るっつったら殺る。だから慎重に、って訳だ。
話は変わるが、何故今日アサキ達が居ないのかというと――うん、アサキが休みだから。
滅多にない現象、耳を疑った俺、あの万年皆勤賞が休みだなんて……! ふて腐れてても毎日来ているアサキが! しかし驚きながらも、最近様子がおかしかったのは熱の所為だったのか、と俺は納得。
『俺、先帰るね』
しかしアスカが居るにも関わらず、騒ぐことなく珍しく真面目に言ったユウヤも居たことだし……まぁ、何かあったのではないだろかとやはり俺心配。
「しかし俺様は何時も通りにハイテンション!」
「無理に上げなくても……。欠席日数はカイリ君の方が遥か上なんですから」
アスカが何か言っているが何もキコエナイ!!
「――おや、常連客君」
――後ろから声が掛かる。俺もアスカも振り返ると、其処には何度お世話になったか分からない見知った男の人が居た。
「――先生!」
「こんなところで油を売っていると、また風邪引いて私のところに来る羽目になりますよ?」
彼は医者先生。俺がよく――よく、じゃ本当は駄目なんだけど――お世話になる内科医の先生だ。
「先生……ですか?」
「うん、医者ー。先生ー、友達ー」
「こんにちは、お友達」
「あ、はい、こんにちは」
「ふふっ、カイリ君のお友達にしては礼儀正しそうだね」
先生酷ぇ。
先生は腕が立つ先生らしくて、今年で四十になるなんて到底思えない童顔さを保つベリーベリーカッコイイ先生なのだ。……笑顔が眩しい、これで三十九……無いわ。うちの親父に見せてやりてぇ。いや、うちの父親も別の意味で若いが。
「先生何してんの?」
「何って……夕方になったから家に帰るところです」
あんたは学生か。医者が日暮れに帰るなよ。
「最近帰ってなかったので、奥さんと子供に怒られてしまいそうですね」
「どのくらい帰ってなかったのですか?」
苦笑いも似合う先生にアスカが聞く。お医者さんって、帰るの遅くなったら泊まっちゃったりすんのかな……。だから帰れてないんだろうな、先生お疲れ様だ。
「ざっと――去年の夏休みだったでしょうか」
「帰らな過ぎだろ」
ざっと一年経っちゃうよ先生。
「そんなことしてっと、奥さんに逃げられちゃうぜー」
「いえ、奥さんもよく家を空ける人ですからね、それは無いよ」
「そうですよカイリ君、“夫元気で留守がいい”という言葉が存在するんですから」
「おや。お友達は随分難しい言葉を知っているね」
「はい、ませてますから」
顔を見合わせて笑う二人。自分からませてますからって……アスカ自覚してんのかよ、と思った俺。
「ませてるなんて思いませんよ。博学だな、と思っただけで」
「そう、ですか? 大人の人って、俺みたいな子供をよく思わない……って思ってるのですが」
「確かに言ってたなー、俺の友達他二人も」
そういやアサキもユキも頭良いし、なんか俺の周りってませ餓鬼ばっかだ。……良い意味でだぜ? そしてユウヤは例外。
不思議そうな俺達を見るなり先生はふふっ、と微笑んだ。そしてポンッ、と、俺達の頭に手を置く。
「――そんなことありません。そういう大人の人達は、自分が生きた分だけ偉くなっていると勘違いをしているんです」
「勘違い?」
「うん。だから自分より歳下な君達を見下して、ませているだの、可愛くないだの、沢山言うんだよ」
よしよし、と先生は俺達を撫でつつしゃがみ込んで、俺達と同じ目線になっても笑顔で続けた。先生、俺達此れでも中学生なんだけどな。
「博学なことの何が悪い? 敬語を扱うことの何が悪い? 同じ目線に立って、人と対等に言葉を交わすことがおかしいのかい? 人は大人になってから生意気になる、余計ませてくるのさ。だから、君達は忘れちゃいけない――そんな大人になっちゃ駄目だ」
「……」
「……」
「今の博学がませていると見なされるなら、存分にませなさい。ませてませて、もっとませて、そのまま大人になった時に世界を見て、周りに感化されないで、素敵な大人になって下さい。ませ方を間違えてはいけない、素敵に――ませて下さいね」
傲慢なませ方は駄目です、と最後に微笑んだ先生は、俺達の頭から手を離して立ち上がった。
「――おや、陽が落ちてしまう。僕は早く帰らねば」
左腕につけた金色の時計を見て、先生は慌てた。……様には見えないけど、慌てたみたいだ。
「用事あるのか?」
「いえ、そうじゃないんだけどね。子供達に早く逢いたいのさ」
首を傾げた俺に、先生は今までで一番、らしい笑顔で笑った。
そうだ、そういえば。
「せんせ、そういえば聞きたいことがあったんだけど」
「聞きますよ」
「先生の名前って?」
「……何度会ってるかも分からないくらい会っているのに、忘れたんですか?」
唖然とされた、ゴメン先生。忘れた訳じゃないんだ、只――確かめたくて。
先生は考える様に眉を潜めると、すぐに笑顔で、
「次、会うまでに思い出して下さいね」
と、悪戯に笑った。
――嗚呼、やっぱり。俺は思った訳で。
「其れではまた」
先生は身を翻して、最後まで爽やかに、笑って手を振った。
「あの、カイリ君」
「おう?」
「さっきの人、もしかして――」
「似てただろ?」
「……はい。とても――」
「ただいま」
「お帰――え!? 父さん!? 本物ですか!?」
「おや、久方振りに帰って来たパパに向かって何を言うんですか――ユウヤ」
「アサくーん!! パパが帰って来たー!! 明日雷雨だよ絶対!! つか槍降るって!!」
「キショイよ父さん」
「酷いなぁアサキは」
「おおおおおおおお帰りとーさん!」
「ただいま。……アサキもただいま」
「……お帰り、父さん」
「――悪戯っぽく笑ったあの人、アサキ君にそっくりでしたね」
「普段の笑顔はユウヤにそっくりだ」
「あと、カッコイイ容姿は、マヒルさん似でしたね」
きっと今頃あの人は、暖かい家族に迎えられているんだろうな。――と、俺は思った。