499+何ら変わらぬ日常の断片。
「アーサーくーん!」
遠くの方でユウヤが手を振っているような気がするアサキです。ゲーム中で忙しいからイマイチ返事したくない。
「ねぇねぇちょっと降りてきてよアサ君ってば! アサキー!!」
「……」
「ちょっとー!」
「……」
「……聞こえてるよね!?」
「うっせぇ黙ってろカス!!!!」
「突然の暴言!?」
一階から聞こえてくる声の五月蠅さについ声を荒げてしまった、運の良いことに今家にはユウヤしか居ないから良いけど。部屋の扉を思い切り開けて、仕方なく一階に向かう。三秒で片付けてやる思いでリビングに来たけど、何故かユウヤの姿が見当たらなかった。
「……人を呼び付けておいてこれか、あやつも大層偉くなったものだな」
「アサ君、キャラが迷子だしこっちだよ!!」
あ、居た。中庭からひょっこり顔を出したユウヤは両手でチカを抱えている、っていうかお前居たのか、最近見掛けないと思ってたのに。ユウヤしか居ないと言ってしまったが、猫はノーカウントだったということにしよう。
「ほら見てっ! 庭のチューリップが咲いてんの!」
「にゃあ」
「そうですね」
「え、今のはアサ君の気持ち? それともチカちゃんの翻訳?」
「どっちも」
中庭になど滅多に来ないからそんなものがあったことすら知らなかった、というか花が咲いてるのがどうした。家の中からそちらを覗いて僕は言った。
「え、それだけだけど?」
「……は?」
「……え?」
「――エイリアンから地球を守っていた僕をわざわざ一階まで呼び寄せた理由がこれだけだと言うのか……?」
「それただのゲームだよね!?」
お前は何も分かっちゃいない、あの世界に大切なのは勢いだってことを……。
……という半分以上本気の冗談はさておいてやるとして。
「もう春なんだよねー、って思ってさ」
チューリップの近くにしゃがみ込んで、ユウヤは感慨深げに呟いた。抱えていたチカはするりとその腕の隙間をすり抜けて僕の方へやって来たけれど、そのまま丸くなって日向ぼっこを始める。
「ちょっと前まであんなに寒かったのにねー」
「それは確かに」
つられて僕も縁側に座って、ぼうっと空を見上げた。……駄目だ、このまま寝れる。そう思っていたら僕の横にユウヤが居て、何時の間にかこちらにやって来ていたことに気付いた。
「ねぇアサ君、今日の夕飯どうする?」
「何でも」
「言うと思ったよ! これだから作り甲斐のない!」
「歪み無いと言え」
何作ったって文句言わないんだから別に良いだろうが、そう言ったらきっと世の中のお母さんに怒られるんだろうな……。そしてこの目の前の兄は世の中のお母さんと同じ思考回路をしてるから、敢えて何かを言おうとは思わなかったけれど。
「そういうこと言うとシチューにしちゃうんだからね!」
「ご自由にどうぞ」
「本当に良いんだね!? シチューとカレーなんてほとんど材料一緒なのに敢えて俺の好きなシチューにしちゃうんだからね!?」
「だから、ご自由にどうぞ」
「やっぱりカレーにするんだから!!!!」
だってカレーのがアサ君好きだもん! と勝手に結論付けられ、ユウヤはばたばたと家の中に入っていった。……確かに好きだけどもカレーの方が、あいつに自分本位の時代は何時来るんだか。中学の頃と何も変わってない気がする。
薄い上着を着込んでいるユウヤはこれから買い物に行くんだろう、普段は大抵それを見送るだけだけど――地球を守らなきゃいけないし――、こう暖かいというのなら、だ。
「僕も行く」
「え?」
「買い物、僕も行く」
「あ、うん、じゃあ待ってるね!」
「ん」
嬉しそうに笑うユウヤを見遣ってから、縁側から立ち上がって二階に向かう。ポーズ画面になってるゲームのセーブをする為と、ユウヤに倣って上着を取りに行く為に。
たまの気まぐれではあるけれど、ほんの数十分の買い物くらい付き合ってやろう。
ただただそう思った僕だった。




