393+夏の合宿編。/二日目2
「――というのが、天下分け目と言われた此の大合戦だよ、分かったかな?」
ハヤです、……です? 畏まり過ぎた気がしなくもないが、普段の調子でやらせて貰おう。
現在の時刻は昼の三時、先刻フウカが持ってきてくれたフルーツジュースを目前に、俺達は勉強の合間の休息中。ちょくちょく入る休みは直ぐに飽きるサチトと、俺が倒れない為の配慮だというのはフウカの時折見せる生真面目さが物語っている。本当にすまないとは思うが、此処は黙って受け取るのが正しい判断であってるよな?
「……えっと?」
「……おかしいな……戦国時代って、歴史嫌いの子でも一番食いつくところなんだけど」
休息中――とは言ったけれど、他の教科は人並み以上に出来る癖に、歴史は滅法苦手なサチトは休息中にもアマギリ教諭の講義を受けているんだがな。関ヶ原の戦いなんて概要だけなら俺だって空でも言えるぞ、アマギリ教諭は事細かに説明し過ぎだとは思うが――小早川秀秋の裏切りの話をそんな細密に話してもテストには出ないと思う――、物語風に語ることでサチトの興味を引く作戦なのだろう、と俺は思う。――まぁ、其れがサチトに通じていれば、こいつは疾うにテストの成績一桁入りしているはず。
「サチト君って、小説とか読まないタイプ?」
「……目次で飽きるタイプ」
「げ、現国はなんで得意なのカナ?」
「問題文先に読んでから答えを本文から探すんで読んでません」
「駄目だなお前」
「本当に駄目」
「うるせぇなお前らはよおおおおおお!!!!」
ばったーん、と机を盛大に叩いて狂乱するサチト、此れに慣れっこな俺達っておかしいのか疑問だが、此れといった反応はせずに若干揺れ動いたガラスコップを手に取って飲み物を頂いた。
「サチトの弱点、長文が読めない」
「じゃあ何で英語は出来るの……?」
「英語も問題から読むし!」
「長文が読めないというか、物語を頭の中に展開出来ないんだろう」
「だからサチトはRPGが苦手」
「確かに、いっつも次行く場所分からなくなってるしな」
「お前ら俺を虐めて楽しいか……!」
一番不可思議そうに考えているだろうアマギリ教諭にまぁまぁと往なされ、サチトは渋々と俺同様に飲み物をかっくらっていた――俺はそんな荒々しい飲み方は断じてしていない――。
「苦手は誰にでもあるものだよっ、元気出して!」
「えー、じゃあアマギリさんにも苦手あったんすか」
「そりゃああっ………………たよ!」
不可解な間だな。
「じゃあ何だったんですか?」
「……実技科目」
先程まで満面の笑みだった表情を若干曇らせ、アマギリ教諭は頬を掻いた。勉強を見てもらった限り苦手など無い風だったが――時折イロイロやらかしていたが――、そうか、実技が苦手だったのか。……俺も其処まで得意では無いけどな。
「家庭科とか体育とか、もう何させても大変だよ僕は」
「何かどっかの誰かと被るな」
「サチト、何故俺を見ている?」
「…………」
「今お前も見てたなフウカ」
見てはいなかったが視線の逸らし方があからさま過ぎて気付いた、お前達俺を何だと思っている。
「料理するだけで体調崩す奴見て何が悪い」
言い返せなかった。
「頭良い人って皆そうなんすか?」
「えっ、皆……じゃ、無いなぁ。マヒルなんて超完璧だったし」
ほんの数秒考えてからそう言って笑ったアマギリ教諭。マヒル……というのは確かユウヤとアサキの兄君だったか?
「頭脳明晰容姿端麗、正に才色兼備だったね。才色兼備って普通は女性に使うけどまぁ細かいことはいっか! ともかく、完全無欠のパーフェクト人間って感じだったよあのGC部のOBは!」
「へぇー……――えええええええ!?」
「えっ……?」
ただただ感嘆したサチトが絶叫、実は俺も驚いたが声は出なかったな。
アマギリ教諭は何やらキョトン顔、一体何に驚いているんだと言っている風だ。
「双子の兄貴もこっ、此処だったのかよ!」
「知らなかった」
「知らなかったの?」
「知りませんでした」
ユウヤもアサキもそんなこと一言も……。
「元は僕とマヒルが二人で作ろうと決めた部活だからね」
「そうだったんですか、」
「凄い」
「凄ぇ」
二人の一言――又は二文字――感想にアマギリ教諭は照れたように笑った。
そしてそれからちらりと壁時計を見遣り、丁度良い時間だったのか手をひとつパンッと叩いた。
「さて! そろそろ続きと行きましょうか!」
此れが終わったら今日は終わり、頑張って! ――と。明るい笑顔でそう言われ、俺達は各々ひとつ、頷いた。
さて、もうひと頑張りといこうか。