386+追ってみることにした。/後
「……」
「……」
「……ユキ、何分経ったん」
「ざっと五十分だね」
あの後直ぐに本屋を出たアサキの後を追えば、彼にすれば当然だと言わんばかりにゲームショップに入っていった。ゲームセンターではなくてゲームショップ、テレビゲームでも買いに来たのだろうか?
最初はそう思いアサキがゲームを買う風景を遠めに拝んで――正確には選んでいる風景をだが――いたのだが、もう少しで一時間が経つというのにアサキは一向に何かを買う気配が無い。
「うろつきに来ただけなのだろうか……って、カイリ?」
息を吐いてから、てっきり私の背後に居るものと思っていたカイリに声を掛けた、のだが。
「やべぇ、コレ超懐かしい……! うっわー、え、マジで完璧なフォルム! 超欲しい……!」
――直ぐ近くのおもちゃ売場で、特撮ヒーローのフィギュアに釘付けだった。子供に交ざって何やってるんだい君は。
そしてそんな空気を的確に読み取ったかのように、ゲーム売場に居たアサキが動き出した。
「カイリ! アサキが行ってしまうよ!」
「え?」
「……本来の目的を忘却するスピードが半端無いね君は」
惚けている訳では無さそうなカイリから特撮ヒーローを引き剥がし――終始名残惜しそうだったことは割愛しておこう――、私達は再びアサキを後を追った。
「……スーパーだね」
「スーパーだな」
運良くも此処まで気付かれていないのか、はたまた全スルーされているのかは分からないが、アサキがやって来たのは彼の家に近いスーパーだった。
「何でスーパーなんだろうね?」
「考えるよか行動だーい」
慎重さのカケラも無いカイリが一緒で気付かれていない線は大分薄いのだが、何も言って来ないということは気付かれていないのだろう。このまま追跡を続けることとする私達。
ズカズカとスーパーに侵入するカイリの後に続き中に入れば、私はあまり来ない為に内装が全然分からなかった。カイリなら家も近いし分かるのでは? と、若干頼りないガイドに勝手に着いて行けば案の定、遠く離れた何処かの売場にアサキを発見出来た。うむ、頼りないなどと考えた私を許してくれたまえ。
「アサキが行くところなんざ菓子売場か飲み物売場くれェだろ」
「流石はカイリだね!」
「俺様がそうだからな」
自分の思考で歩いていただけなのかい君は。
私の感心を返して欲しいところだが、とりあえず今はアサキの様子を伺おう。ええと、スナック菓子でも買うのだろうか。――って、動き出した。……おや、此方に?
「ユキ! 離脱だ!」
「え、あ、バレたのかい?」
「違う! 飲み物売場がこっちにあんだよ!!」
店内を熟知し切っているカイリにそう言われ、あわあわと本売場の裏に隠れる私達。今のは流石にバレたのでは無いかなんて思ったが、やはりアサキは気付いていないようだ。
「ふむ、アサキも案外鈍感なのだね」
「周りに興味無ぇだけじゃね?」
そうとも言うね。
飲み物だけを購入したアサキは、そろそろ帰宅をするのか自宅方面の信号待ちをしていた。
しかしその折にぽたり、と頭上から雫が滴り落ちて来て。
「やばっ、雨か?」
「そのようだね」
信号が変わる頃、ほんの数秒の間に、気付けば大きな雨粒が何重にも重なる音となってアスファルトを叩いていた。
「ちょ、俺傘無ぇんだけど!」
「あ、私傘と合羽があるから傘を使うと良いよ」
我ながら準備は良いのさ、最近雨が頻繁だったからね。
慌てて雨具を出す私達とは裏腹に、信号が変わってしまったのと同時に、アサキは何の変わりもなくたらったらと自転車を進めていた。此処からは細い路地に入る為、見失ったらもうアサキが家に帰ったと信じて向かってみるしか無い、のだが。
「あれ? ユキちゃん、カイト君!」
――本当に見失った。
雨は強いまま、門前には何故かユウヤが立っていて、私達を見るなり大丈夫? と駆け寄ってきた。まぁ、適度にずぶ濡れだからね。
合羽を着るのに手間取っていれば、本当に見失ってしまったのでヒコク宅にやって来た私達。本当に半日程何をしていたのだろうと思わない訳でも無いが、今はとりあえず、
「アサキは帰って来たかい?」
其の確認だけ先にさせてもらうことにしよう。
「え? ううん、アサ君未だだよ?」
未だだった、何と言うことだ。
「アサ君が未だなのは未だ良いんだけど、チカちゃんが未だなんだよね」
傘を差しながら、ユウヤが心配そうに表情を歪める。チカちゃん、というのは確か、ユウヤ達が飼っている猫殿のことだっただろうか。
「にゃん公が?」
「うん、遊びに出掛けたみたいなんだけど、雨で野垂れてないか心配で……」
未だ子猫だし、と言いながら、ユウヤはキョロキョロと辺りを見回した。
「雨宿りでもしてんじゃねぇの?」
「猫って雨宿りするの?」
「すんのか?」
「えっ、私に振るのかい其れ」
猫は雨宿りをするのか真剣に三人で講義をし始めよう――本来雨下でやるものでは無い――とした其の時。
私達の背後からキキッ! と、何かが擦れる音がした。
「何してんの」
其れともうひとつ、今日初めて聞くことになった彼の声が、同時に響く。
「アサキ?」
「ちょっ、アサ君ずぶ濡れって!」
其方を見る私達、其処には勿論アサキが居て、綺麗に、清々しい程にずぶ濡れだった。結構強い雨が降っているのだから当たり前なのだが。
ユウヤが慌てて動き、自らの傘にアサキを入れる。
「風邪引いちゃうよ!?」
「だったらお前は何故外に。後お前等も」
やはり気付いていなかったのだねアサキ。君の後に付いていたが見失ったので此処に来た、とは言えず、私は苦笑い、カイリはすっとぼけておいた。
「だって、チカちゃんが帰って来ないんだもん」
「チカ?」
「そうだよ! 今頃雨に打たれてないか心配で心配で」
「ユウヤ、籠の持ってけ」
「え、俺の話無視で荷物持ちですか……?」
話を聞いてくれないアサキにうなだれながらも、ユウヤは渋々とタオルの掛かった籠の荷物を持ってあげることにしたらしい。……はて、今日付き纏ったアサキは何か買い物をしていただろうか? 飲み物は買っていたが確か鞄に入れていたし――細かいところ見過ぎだとかいうツッコミは無しだよ――鞄は自ら肩から掛けているし――
「あぇ?」
「にゃあ」
ユウヤの間の抜けた声に思考を止めれば、ユウヤの伸ばした手の先、要するにアサキの自転車の籠の中にはなんと、一匹の猫が居た。タオルからもぞりと身じろぎをして顔を出したのだろう猫殿、もしか彼の猫殿がヒコク宅で飼われているチカ殿かい?
「チカちゃん!」
「居たから持ってきた」
「チカちゃーん!」
「嗚呼、聞いてないの」
濡れ猫殿を抱き締めたユウヤにもう言葉は通じないらしく、アサキはそそくさと自転車を自宅に入れ始めた。
「にゃん公探してたのか?」
「ううん、たまたま見つけただけ。家寄ってくならチャリ入れれば」
猫殿との接触があったから遅くなった訳か、納得さ。にしてもアサキ、飼い猫をしかと助けるなんて流石だね! たまたまであってもやはり其れでこそアサキさ!
私達は自転車をヒコク宅の屋根下に置かせてもらい、そのまま自宅にもお邪魔することにした。
特に何をした訳でもないが、何となく楽しい追跡ごっこだと思えば良いかな! ははっ!
――漠然とし過ぎだとか言ったら、世の中負けなのだよ。