373+妖しい独断論議。
「溶ける」
弟が溶けるらしい、ユウヤでっす。
「アサキ君大丈夫っすか?」
「こう暑いと溶けたくもなるよなー」
昼に歩きで帰るのは自殺行為だ、とかなんとか諸々の事情で部室のクーラーで涼んでいる放課後。勿論設定は二十八度だよ!
俺は別に帰ったっていいんだけど、歩き組はそうも行かないらしい。駅までで汗だくだもんねぇ――ちなみに歩き組にアサキが居る理由は、言わずもがなカイト君が休んだからなんだけどね。夏風邪ってやつか。
「こんな暑い中歩きで帰ったゼンって一体何なのさー」
外に居た所為でなかなか引かない汗、はたはたとワイシャツをはためかせながらハク君は笑う。ちなみにシギ君も居るけど部活も無いんだし、うちの部室に居ることについては触れちゃいけないよ!
バイトがあるからと爽やかな笑顔で先に帰宅と決め込んだゼン君。夏は稼ぎ時だから、と最近直ぐに放課後消えるみたいだけど、そういえば何のバイトしてるのかな? 今度聞いてみようかなー。
「ゼン君は身体丈夫っすからね、暑さも其処其処へっちゃらみたい」
「でも、そういう人に限って日射病とか熱射病になるんじゃないの? 大丈夫かなぁ……」
「ゼンなら大丈夫じゃないかなー。……でも心配だから、アサキ今度クラスででも言っておいてよー」
「……」
ハク君の気遣いに、我が弟は手を挙げるのみで返答した。俺的には一番心配だよお前が。
暫く経っても部室には誰もいらっしゃらない様子で、今日は俺達以外誰も来ないみたいだ。珍しいなぁと思いつつも、俺や他三人は何をするでもなく――正確には暑くて何のやる気も起こらず――だらっとソファに凭れていた。
「すーずーしーくーなーってーきーたー」
「授業中も若干暑いんすよねぇ、ボク達のクラス」
「え、そうなの?」
「効き悪いんだよねー、三組皆死んでるよ」
「お二人のクラスは休み時間とか涼しいっすよね」
「うん! 二組涼しい!」
「じゃなきゃ来てねぇ」
暑いと来ないのか。……アサ君、三組じゃなくて良かったね。
「まぁでも、夏休み中に業者の人呼んでくれるってハヤサカ先生言ってたしー、休み明けには涼しいんじゃないかなー」
「ハヤサカ先生? 担任は?」
「担任寒がりだからあんましクーラー付けたがらないんだよー」
「其の点ハヤサカ先生は来たら即付けますからねっ! 『節電は出来る範囲でやるものであり、度の過ぎた節電に有り難みなど無いんです』って仰ってました!」
自分が暑いからだろうなぁ……。
「……あ、ていうかさ、俺ずーっと気になってたことがあるんだけど」
「?」
「――ハヤサカ先生って、名前何?」
かれこれ一年経ったけど、俺未だにハヤサカ先生の名前知らないんだよね。
浮かんだ疑問を視線の先の三人にぶつければ、皆それぞれに知らない、という反応をした。
「アサキ君なんて担任二年目でしょ? 名前名乗ったりは――」
「うるせぇカス」
「してないんだね分かった」
シギ君とハク君の苦笑を耳にしつつ、俺は黙って考える。ううむ、漢字一文字だった気がするんだけどなぁ、何処で見たんだっけ? ……あ、ほのちゃんに聞けば――駄目だな、ほのちゃん多分口止めされてる。
「――……よし」
「? どうしたー?」
「んーん! 何でも無いよ!」
一回ハヤサカ先生ほのちゃんが呼ぼうとしたの止めたことあったし、きっと隠したい名前なんだろうな。しかァし! そんな面白そうなネタを発見してしまったからには! ――俺達が食いつかないはずが無い!!!!
ハク君の疑問にやんわり笑顔で答え、やはり職員室に忍び込むしかないな、と考えた俺。ふっふっふ、決行は勿論、カイト君が戻ってきてからだな。
自他共に認められるだろう妖しい笑みを浮かべていたから気付かなかったけど、此の時俺の様子を見ていたアサキは、盛大に溜息を吐いたのだという。