341+平日の出来事。/前
「そういえば二人って、GW出掛けるの?」
「GW? んな飛び飛び連休で何処出掛けろってんだよ」
「連休って言っても三日でしょ? 妹なんて土曜日も学校行ったみたいだし、うちは何処も行かないかしらね」
ユウヤでっす、カイト君とリョウちゃんの話を聞いてみれば、何処の家も俺とあまり変わらないんだなぁ、と思った。いや、うちの場合皆居ないから出掛けるも何も無いんだけどさ。
今日は連休の間の平日だから、なんだかカイト君はだれてるし、リョウちゃんもちょっとお疲れ気味。だったらこうやって部活に来ないで帰って寝れば良いと思うのは俺だけなのだろうか。
「ユウヤー、そっちなんかあるー?」
只今俺は一人給湯室に居る。
さっきカイト君にそう声を掛けられ、紅茶くらいならあることを言えばそれで良いらしく、俺は黙々と三人分の紅茶を淹れていた。ううむ、今日は暑いからホットよりアイスだろうか、冷凍庫に氷があるかどうか確認してから淹れれば良かったなんて考えていれば、リョウちゃんには「アンタ高校で何してるのよ」と普通にツッコまれる始末。……確かにねっ!
「ユウヤー」
「あー、はいはい、もうちょっと待ってカイト君。もう少しでこの固まってしまった氷を砕く――」
「まぁ別に砕いてからでも良いんだけど、お前の携帯から聞いたことあるクラシック鳴ってんだけど」
「……え?」
――何で俺の携帯からクラシック?
リョウちゃんが代わってくれたので戻ってみれば、確かに俺の携帯から聞いたことあるくっらーいクラシックが流れていた。ええと、前は黒電話になってたんだよなぁ……一体誰が何時変えるというんだい? なんてこと考えなくても犯人は分かってるし、別に俺も怒るつもりはさらさら無いから気にしない。
躊躇うことなく其の犯人からの電話――何やら怪しい言い回し――に出る。
「もっしもーし、ていうか此の音楽何?」
『ピアノ・ソナタ第14番、嬰ハ短ちょ――』
「良い、聞いた俺が馬鹿だった」
電話越しのアサ君は別にクラシックに詳しい訳じゃなかったはずだから、恐らくまたwiki先生にでも頼ったんだろうな。っていうかもう何でも良い。
「其れで、どうかしたの? そういえば授業終わってからもう暫く経つのにゼン君もアサ君も来な――」
『部室の前にさ、誰かが立ってんだよ』
……ナヌ?
立ちっぱで会話を始めた俺を訝しんだカイト君が会話を聞こうと立ち上がり、無事冷たい紅茶を淹れてきたリョウちゃんも不思議そうに俺達を見ていた。
「……誰か、って?」
少々遠い位置から、『多分ムラサメちゃんの弟君だと思うんだけどさー』なんて暢気な声が聞こえてきた。何だ、ゼン君も一緒か。
「え? 何の話? ……あ、前言ってた人?」
休みの間にアサ君から聞いた話を思い出す。一組の子の弟がうちの部活にうんたらかんたら(※略)。
無言の肯定を受けてからカイト君に視線を送れば、カイト君は不思議そうに入口の扉を見た、……其処に居るのかな?
「で? 其の子招いちゃった方が良いの? っていうか何、それと二人がなかなか来ないことに何か関係あるの? 『入部希望の人ですかー?』とか言って中連れてきちゃえば良いのに」
『其れが出来てりゃ僕とゼン君が此処で三十分も張り込んじゃいねぇんだよカス』
「三十分? ――三十分!?」
「はぁ? 何んだよ其れ、三十分も燻ってんのかよ新入生」
カイト君は呆れて物も言えないと言った風に溜息を吐いた、リョウちゃんは苦笑しただけだったけど。
『ムラサメが言うにはその、“弟の性格を荒療治で治したい”ってことが目的な訳』
遠くから『性格というか最早性質だよね』なんて台詞も聞こえた。
『だから此処は僕等が声を掛けるより、自分で一歩を踏ませた方が良いんじゃないか――って、ゼン君と僕が話したのが、……三十分前』
どうやら其の弟君は、未だ其の始めの一歩が踏み出せない模様。
『其れに僕とかゼン君が声掛けたら逃げちゃいそうで、特にゼン君なんてただの不良じゃん』
『其れをいうならあっ君だってただのねく――』
……ゼン君の声が途中で途絶えたのと鈍い音が響いたのは偶然じゃないはずだけど、俺は気にしないことにした。
「それで? どうするのさ、このままじゃアサ君達今日一日ずっと其処だよ? っていうか此の会話其の子に聞かれてたりしないの?」
『其れは大丈夫なんじゃないかな。僕は若干目悪くて見えないけど、延々とあたふたしてる雰囲気だけは悟れる』
三十分懲りずにあたふたしてるのっていうのも凄いと思うよ俺。
「そんなに時間食ってるなら、そろそろ声掛けて上げても良いんじゃない……? 話を聞いた限りじゃそれだけでもとっても頑張ったみたいだし、招き入れる時くらい優しく声を掛けてあげても……」
紅茶を片手に首を傾げるリョウちゃんの提案は、きっと皆にとって魅力的なんだろう。俺もそう思うんだけど……。
恐らく電話越しにも届いたであろう其の提案に対しての返答を聞こうと待ってみると、『……』と、声はしないけど何となく、言い淀んでいるアサ君の気配があった。
「……アサ君?」
『さっき言った通り、容姿の問題でゼン君は使えない』
「うん、驚かしたら逃げちゃうからってことだよね」
『……』
「?」
『……どういった風に?』
「ふ?」
『――彼にどういった風に声を掛けるのが最適、というか、』
アサキはひとつ言葉を於いてから、アサキを知っている人なら誰しもがそうとしか答えられないような問いを、俺にぶつけた。
『彼に声を掛けるのは一向に構わないんだけど、表面上のみにしたって、優しさの篭った言葉を吐くこと――僕に出来ると思う?』
「……」
「無理だな、」
あくまでも“表面上”という言葉の意味のみで、カイト君は即答した。