336+学校へ行こう!/後
「――誰かと思えば、」
ユウヤ達が先に行ったことに確信すら持っていた僕とアスカ君は、久方振りだし少しくらいぶらつこう、なんてどちらが進言したか覚えていない適当な会話の中で出て来た案を採用し校庭にやって来ていた。アサキだけど。
校庭に現れた不審な二人組、なんてことで教員が出て来たらどうしようか。否、ユウヤは気付いていたか知らないが、此の忙しい時期に手の空いている教員など居る訳が無い。そんな忙しさを逆手に取った僕等は行きたい放題校内をうろつき――素晴らしい、本当に誰にも会わなかった――、屋上から垂れ幕を垂らしている=もしかして屋上行けんじゃね? の考えの元屋上に向かってみたら案の定行けたので行って。
「――アヤメ先生じゃないですか」
「嘘、マジ?」
「此の至近距離で疑わないで欲しいですねアサキ君」
校庭に来てみて初めて気付いたことだが、僕とアスカ君は此れでもかと言うくらい校庭に思い入れが無かったので早々に近くの花壇に座った。
ええと……何しに来たんだったっけ? そう思い口にしようとした刹那、優しげな声音を掛けられ、今に至る。
アヤメ先生は両の手に大きなビニル袋、というか赤文字で大々的に“燃える”って手書きしてあるから恐らく燃えるゴミの袋を引っ提げていた。今から焼却炉にでも向かうのだろうか(ちなみに此れは後から聞くことになる話だが、同刻、サクライ先生がキレてたらしい)。
「二人で顔を見せに来てくれたのかな?」
久方振りに見るアヤメ先生の微笑は正に完璧だった、先生こんなに優しそうだったんだっけ。
「二人じゃありませんよ、勿論ユウヤも。其れにカイリ君やユキ君も一緒です」
「嗚呼、皆さんで来てくれたんだね」
先生は心底嬉しそうな表情で、アスカ君に「高校のブレザーですか、其れにしてもアスカは背が伸びたね」なんて遠縁のおっさんのようにちやほやしていた。中学時代はもっとはっちゃけていた気がするアヤメ先生だが、やはり教え子というだけでこうなるものなのだろうか。……嗚呼違ぇ、サクライ先生が居ないから普通なんだ。
そんなことをしみじみ考えている間にアスカ君は三人が先に来ているかもしれない事情を先生に話したようで、
「――嗚呼、だからコクシ先生遅かったのか」
と一人勝手に理解していた。え、何、どうした。
「もしかしたらだけど、キクカワ先生と遭遇してるんじゃないかな? 後、イツキ先生にも」
「そうなんですか? だったら話が早いです」
「ふふっ、でも多分、――未だ行かない方が良いんじゃないかなー」
「……?」
アヤメ先生の視線延長線上には校舎があり、僕の記憶が正しければ其処は職員棟じゃああるまいか。僕が後に聞くことを此の時長年の直感ひとつで感じ取ったアヤメ先生は「僕、今からごみ捨てに行ってくるので此処で待ってて欲しいな、久しぶりに少し話も聞きたいし」なんて笑顔を残し去って行き、残された僕とアスカ君に残ったのは無論、
「何があるんでしょうね」
「さぁ」
インタロゲーションマーク――疑問符だけだった。
「あ、アサ君アスカ遅かったね!!」
「おう二人共」
アヤメ先生と職員室の奥の小さな一室でのんびりと談笑――主に僕を抜いた二人が――を繰り広げてから約三十分。アヤメ先生曰く“今は不穏な空気が流れてるから後で行こうか”なんぞと三十分前に言ってのけた会議室にやってくれば、僕とアスカ君を置き去った三名にプラス、紅茶を飲む其の姿だけなら様になってんじゃねぇの? と言ってやっても構わない感じの、懐かしくもサクライ先生がいらっしゃった。
「お久し振りです、サクライ先生」
「ども」
「お前等も変わんねぇな」
元教え子に対する第一声が其れってどうなの。
けらけら楽しそうに笑う先生、嗚呼、折角の紅茶効果が台なしである。
「アヤメ、お前もやること終わったのか?」
「其れはこっちの台詞だよイツキ先生、貴方担当じゃありませんでした?」
「キクカワが途中サボりやがったもんでな、罰として後の仕事は任せた」
相変わらずの先輩を敬わない態度に最早感動さえ覚えるよ。
ユウヤに詳細を尋ねたら「キクカワ先生『イツキ君の鬼っ!』って言ってたけど、いっちー先生は鬼より酷いよね」なんて漏らしてすかさず叩かれていた。阿呆なのかな。
「――にしてもお前等、何今更、しかも此のくそ忙しい時にやって来たんだよ」
『ユウヤの気まぐれ』
「ですね」
「えぇ!? 俺オンリー!?」
アスカ君の爽やかな笑み、其処からのユウヤの叫びが木霊しそうなくらい響いた。
サクライ先生はサクライ先生で予期でもしていたのか苦笑しただけで、恐らくキクカワ先生をパシって持って来させたのだろうティーセットを何の気無さそうに見つめていた。
「気まぐれでも遊びに来てくれるのは嬉しいことだよ。ね、イツキ先生?」
「まぁ、俺等が別に飛ばされる前で良かったなぁ?」
「またそうやって……、貴方は素直に喜べないんですかね」
「別に嬉しくも無いだろ、こちとら忙しいんだっつーの」
イロイロ正反対なこと言ってる先生達だけど、面白いから放っとこ。
けれどサクライ先生の言う“くそ忙しい時期”というのもまた事実らしく、二人は其れから一時間もしない内に何処かへ向かうらしかった。
「また何時でも来てね。もし学校飛ばされても自宅は変わらないし、僕の家ならイツキ先生も良く居座りにくるから遊びに来てくれて良いよ」
にっこにこの表情のアヤメ先生にそう言われたのに対し、サクライ先生にはたった一言、「じゃあな、餓鬼共」の言葉だけだった。まぁ、先生らしいというか。
「先生達変わってなかったねー」
校門を出て直ぐ。
ユウヤが楽しそうにそう言い、其れに反応したのはユキで。
「世界には変わってしまうものが幾つもある、何時の間にか変わらないものの方が少なくなってしまっているのもまた事実さ」
「そう聞くと、先生達には今も昔も、あのままで居て貰いたいものですね」
ユキの言葉を拾い上げたアスカ君がそう言って、カイトが何故か吹き出した。
「あの人達があのままだと、ちょい大変な気もすっけどな」
特にサクライ先生ですね分かります。
まぁでも、
「良いんじゃないの、このままで」
時代も季節も移り変わりゆく世の中だけど、あの人達にはそんなモノに翻弄されて変わってなど欲しくないし。
僕の意味深な一言に各々若干の反応を見せながら、僕等はまた新たな道へと歩き出す訳でした。
嗚呼、新学期面倒臭い。