331+憂う出来た人。/後
※ とても、長いです← ※
『二人なら今日卒業式だけど、興味無ぇからって自宅待機してる』
『おいマヒルお兄さん、其れで良いのかあの二人』
三年生と関わり無いらしいし良いんじゃねぇの? とフランクな態度で返してしまった俺だが、今思えば確かに良いのか今更の疑問視。続くマヒルだ。
ただいま、と帰宅の挨拶をすれば奥からお帰り! と元気な声が聞こえてきた。
「おっ邪魔ー」
「あり? せっちー?」
「え、暇人……?」
「おいこらアサキ、誰が暇人だ誰が」
お前だよ。
リビングに入るや否や相変わらずの双子が居た、食卓机で雑誌(※本タイトル:今日の献立!110選!)見てるユウヤに、ソファに沈むアサキ。セツの声に一度だけ顔を上げたアサキは直ぐにまた沈む、何してんのお前。
「あ、せっちー何か飲む? 今ならなんと、五つの中から選べちゃいます!」
「何其の今なら五つフレーバーついて来るみたいなシステム」
「オレンジジュースとー、紅茶とー、珈琲とサイダーと水ね!」
其の選択肢に水を入れるな我が弟。
「じゃあサイダー」
「僕珈琲が良い」
「俺紅茶」
「あれ? 此れお客様限定サービスとかじゃない普通?」
そう言いながらもユウヤはいそいそと、実質四択だった飲み物を準備し始めた、出来た主夫だと兄ちゃん感心。
「……で、ユウヤはあんだけ働いてんのにアサキ君は何でろんとしとんの」
「機能節電中」
「おいマヒル、お前の弟何時から充電式になった」
「耳覚えに無いな」
アサキが充電式になったとしてもあんまり充電必要無いんだろうな、とかくだらないことを考えていたらキッチンから飲みも――違うユウヤが出てきて、「ほらアサ君! 何時までもでろでろしてないで座んなさいな! マヒル兄達座れないでしょ!」とお盆を机に置きながら注意した。
「――……」
ばたんっ!!
「「……」」
あ、アサキが落ちた。
「あ、せっちー、空いたから座って」
「え、今の良いの? 転がって落ちたけど? 机とソファの間に落ちたのに?」
此れが日常なのが凄いところだ。
アサキは暫くして起き上がると近くのクッションに丸まっていたチカのところに行って、ちょっかいを出し始めたから何処も痛くは無いんだろう。結構痛い音したはずなんだけどな。
「にしてもせっちーも本当に暇だよね、今日は何してんの?」
「え、今日は未だ始まったばかりなはずなんだけど」
容赦ないユウヤの言葉にセツは一度コップを取り倦ねていた。
「つーか俺よりお前達だろ? 卒業式サボるってお前、俺よかやりたい放題じゃねぇか」
「いーのっ! ……部活にも三年生居ないし、行ったら生徒会の仕事やんなきゃだし面倒だもん」
「おい最後本音」
まぁ確かに仕方ないだろう、お世話にもなってない先輩の卒業なんて悲しくも何とも無いだろうし。ユウヤがこうなんだからアサキなんて――嗚呼、チカと日向ぼっこ始めちまった、もう聞いてねぇなアレ。
「で、結局何かあるの?」
「特にありません、暇人ですが何か」
でしょうね、……スーパーの試食コーナーに屯ってたのに何かあったなら、俺は逆にお前を崇高なものとして崇めるだろうね。
「にしても卒業式、ちょいと時期が遅くねぇ?」
二度目はちゃんと掴めたコップを傾け炭酸を煽るセツはそう言って首を傾げる、言われたユウヤは苦笑して、何の気も無いのだろうが視線はアサキに向いていた。
「本当は一週間前だったんだけどね、」
「……嗚呼、延期してたのか」
「うん、予定変わって嫌んなっちゃうよね!」
学校はもう終わってしまったというのに、とでも言うように小さく溜息を吐いたユウヤは自分用に持って来たオレンジジュースに手を掛けた。
「でもまぁ今回ばかりは仕方ないだろ、事が事だし。俺達んとこの大学も大変なんだっていうしな?」
「そうらしいな」
卒業を控えていた人等は勿論、進級云々で忙しい人だって居たはずだ。卒業式中止になったし、入学式も危ういって聞いたな。来月にはどうにかなって欲しいものだが……どうなんだか。
「だから、予定変更程度でめげてたらやってけねぇぜ?」
「むん、分かってる分かってる。俺達よか大変な人はごまんと居るんだもんねッ!」
冗談がましいセツの言い草にそう返すユウヤの表情は、何処かやる気に満ち溢れていて。このテの話題を出すと直ぐに不安がった数日前までのユウヤは一体何処に言ったのか、兄ちゃんちょっとびっくり。
「何だよユウヤ、お前のことだからもっとビビッてっかと思ったんに」
そしてセツと考えてること被った。別にそうする必要は無かったのだが、俺ははは、と誤魔化す様な笑みを浮かべてしまう。本当に意味などこれっぽっちも無いんだが。
ユウヤは当たり前だよっ、とひとつ前置きを入れればにこりと微笑んで、
「――だって何時も通りにしてろ、って、マヒル兄が言ったし! ……まぁ、不安が零かと言われたら嘘かもしれないけど」
なんて、満足そうに、言った。
俺が言った、――か。
頼りにされてる、というか、まぁ頼られてはいるんだろうけど。俺の周りの人間は何処か俺のことを神聖化している節があるからな……最早諦めちゃいるんだが。
けど今回ばかりは、何となく溜息を吐きたくなった。別に、俺が言ったからって其れが正しいとは限らないのに。
「おうアサキ、お前はどーよ」
「何が」
「だから、今の状況、不安とか無ぇの?」
「無いよ」
日向ぼっこに耽るアサキは、少しも視線を此方に向けず、淡々と応え続ける。
「不安がってたって始まんない、不安を煽って生きてちゃ身が保たない。よってユウヤは愚かである」
「……ちょっ、どさくさに紛れてお兄ちゃん愚か扱いしたでしょ、聞き逃さないよ……!」
「……ちっ」
「嗚呼! 舌打ち厳禁!!」
「ユウヤ、猫あっち」
「え? ……うぇ! チカちゃん何してんの!!!!」
何時の間にか双子で言い争いになっていたが俺は気にせず、苦笑しながら二人が中庭に消えるのを見ていた。チカめ、何をしでかしたんだ。
「だってよ、マヒル」
「ん」
急に閑散とした部屋で二人、セツが視線を投げてきた。
「双子にゃちゃんと、お前の言いたいこと伝わってんじゃん」
「……まぁな。でも、鵜呑みにするだけじゃ人間――」
「なら良いんじゃねぇの?」
人の言葉を遮って、セツは馬鹿みたいに――要するに何時もみたいに――ではなくて、何処か諭すような、普段では絶対にしない、というか出来ないだろう笑みで俺を見る。
「――お前が言うように、人はどうしよもなく自分主義だろうし? 人が居なきゃ自然は豊かになるって、たまたま出てた授業で世間話で聞いたし」
たまたまじゃなくて普段からちゃんと出ろよ。
「其れでも俺達、生きちゃってるじゃん」
「……」
其処でセツは片手で弄んでいた炭酸を一気に飲み干して、かたん、と無遠慮にコップを叩き置いた。割れなかったから良いが、危ないから後で注意しよう。
「自分主義だろうが何だろうが、他人を思いやれなくなったとしても俺達は生きてる。だから、――正すことって、出来んじゃん?」
「――……正す、」
「そ、正す。間違ったことしてる人が居たら、お前が正しゃ良いんじゃねぇの? 間違ったら終わりとか、そうなっちまったら戻れないなんてこと無いんだろ?」
正す――誤りや不適切なところを直すこと。
「第一、大多数が間違ってたとしてもさぁ、俺はお前が間違ったことするとは思わねぇから。一対十だったとしても百だったとしても、俺はお前が正しいと思う。――だから、難しいこと考えるこたぁ無ぇと思うぜ」
「……?」
「考え過ぎなんだよお前。少しは俺みたく気ィ緩く持てって」
……お前は緩過ぎるんだよ。
そうは言わなかったけど、……そうか、俺は考え過ぎてたのか。無意識に考え過ぎて、泥沼にはまっていた――そういうことか。
「でも、俺だって間違えんぞ」
「例えば?」
「――オーブンレンジってオーブンが焼くのかレンジが温めるのか時たま分からなくなる」
「……」
「……悪い、続けてくれ」
しかし実際ある話なんだ、五分は考える。
「……そりゃあお前は頭良いし格好良いし真面目非の打ち所が無いっつーかお前何なんだよって位アレだけど、」
途中適当だぞ。
「だからこそ、お前に異変があったら直ぐ分かんだよ」
セツは続ける。
「直ぐ分かるから、言いたいことはちゃんと言えよ。だーい丈夫だって、色々考え過ぎた、お前の不機嫌を煽った理由は其れだろ?」
「……」
俺は無言の肯定を示した。
「どうせなら自分のこと考えてキレろよな! 自分等のことよか他人のことその他云々考えてそうなるなんざお前、人が好いにも程があんだろ、」
其れは責める為の言葉では無くて、からからと楽しそうな声音で発せられて。
そして最後の言葉を、セツは俺を指差しこう言った。
「――なぁマヒル、俺達はただの人間なんだぜ?」
「マヒル兄! チカちゃんが――ってあり、せっちーは?」
「帰った、臨時でバイトだと。で、チカがどうした?」
言いたいことだけ言えば携帯を握り締めて帰って行ったセツ。暫く中庭に居た二人が戻って来る頃には既に綺麗さっぱり消えていまして。
そっか、と言葉を返してからユウヤは、思い出したように隣のアサキを呼んで、――そして俺を唖然とさせた。
「チカちゃんが泥塗れになりました」
泥塗れの猫と、何故かびしょ濡れなアサキ。……え? 何があったの其れ?
「最初チカちゃんが泥で遊んでたから、水で洗ってあげようとして、」
「慌ててホースに手ぇ掛けて、外れたホースの襲撃に遭った僕。ユウヤお前帰れ」
「ごめんって!! ていうかうち此処なんですけどただいま!!!!」
人が思考の泥沼にはまってる最中に本物の泥沼にはまる飼い猫。――誰が上手いこと言えと。
「お前等なぁ……」
ぎゃあぎゃあ――片方はロウテンションだが――言い合ってる中、俺は思わず溜息を吐いた。
でも此れは、さっき吐きたくなったものとは確実に違うもの。
「うちに帰ってくんな、月に帰れ」
「俺月生まれじゃないよ! かぐや姫とか違うよ!? ――あ、でも着物とか着てみた――」
「ファック!!」
「ぐふっ!! ちょっ、チカちゃん投げんといて!!!!」
「――どうでも良いからお前等、」
どんなことがあろうが何時も通りな二人を見たら、何かもう何もかもが大丈夫な気ィしてきた。
『大丈夫』――セツが言いたかったのはきっと、此の気持ちのことだろうから。
「早く風呂場に行け馬鹿共、プラス猫」
「はーい」
「うん」
だからもう、――『大丈夫』。
俺は二人の後ろ姿を見遣りつつ、一人無意識に笑みを零した。昨日から感じてたあの苛立ちはもう、――何処にも無いと、自覚して。