327+ヒコクさん家のどうでもいい話。
「――もういやだ」
なんてことを呟いたのは珍しくアサキだったのだが、マヒルだ。たまたまバイトから帰ってきたところで第一声目が其れって……いやどうしたよ。
ソファに座るでも床に座るでもなく、――床に寝そべるようにしているけれど上半身はソファを二人分程度占めるようにしてぐでる弟、よく滑り落ちないな……。
「……ユウヤは?」
「……ランの家、猫飼うことを報告に。んなのメールでしろよ……」
大分ぐだぐだだなお前、機嫌が悪いというかネガティヴというか。こんなアサキは珍しい、いや実に面白――つい口が滑った。
「――で、どうかしたのか?」
ソファの空いているスペースに荷物を降ろし、いざ夕飯を作らんとキッチンから声を掛ける。……ぶっちゃけ、理由は薄々気付いたんだが。
何せ――
「――ゲームのデータ飛んだ」
――机上に広がるハードが其の惨状を物語っている。しかしアサキにしては珍しいミスだ、こいつがゲームに関してミスするなんて。
つい苦笑すれば、急に顔を上げたアサキが俺を指差して「お前の所為だばかやろう」とか言ってきやがった。……あれ? 俺?
自分を指差せば違う違うと首を振られ、下だと差す指に促された。
――嗚呼、お前って“チカ”のことか。
うちで飼うことになった猫の名前は、イロイロあって“チカ”になった。本人――猫だが――も気に入ったのか、名前を呼べば足元までやってくる利口な其の猫がたった今、呼んでもいないのに俺の足元で座っている。
「そいつがシステムデータセーブし切る前に僕の方に来て其れがうあああああっ!!!!」
「落ち着けアサキ、お茶でも飲むか?」
「サイダー飲む」
落ち着くの早ぇな、しかも茶じゃねぇよ其れ。
とは思うものの、傷心(そりゃ理由はくだらないが)のアサキに何か言うのも何だと、俺は黙って冷蔵庫の中身を漁った。足元の猫がついて来る足音が聞こえるが、此の利口な猫がリビングに行かない理由など一瞬で思い付く。
「リビングに居たって、取って食われやしねぇぞ……?」
円らな視線を向けてくるチカを見て言ってやれば、踵を返してリビングに戻っていった。……いやはや、本当に食われるとでも思ってたのかあの猫。
「誰が取って食うって?」
そして一つ思い出した弊害は、うちのキッチンはリビングから普通に見えるところにあると言うことだ。ダイニングとリビングが一繋がりだから。
「いや、チカが其方に行かないもんで」
「幾らゲームの記録を消されたからって、猫を食ったりせんぞ」
「其れを理解したらしいぞ、そっち行った」
「……何時の間に」
俺の位置からじゃあソファでアサキの姿も猫の姿も見えないが、どうやら近くに発見出来た様子。ご所望のサイダーと共に戻ってくれば、じたばたする猫を両手で捕らえたままソファに伏せっているアサキが居た。
「これ、ペットを虐めるでない」
「虐めちゃいやせんぜ旦那、此れは歴としたお仕置きでさ」
「して、何の仕置きぞ」
「――人の頭の上に乗ってきやがってこのおおおおお!!!!!!」
「落ち着け、絞め殺すぞ」
結局落胆が取れていなかったアサキはじたばたする猫を更にじたばたさせてから解放した、ううん、懐かれてるは懐かれてるんだろうな。
「良いじゃねぇか、ゲームはまたやり直しゃ」
「分かってるさ、分かっちゃいるが一度やったところを時も浅いのにやり直すなんて行為が僕には此の上ない苦痛……!」
「頑張れ」
ゲームになると人格変わる勢いで声を張る弟、今回も其の例外に漏れることなく騒いでいる。
――が、二分もせず疲労が全身に周ったらしく、そのままソファによじ登ってくたり、と寝転んだ。
「寝る」
「はいはい、……飯は?」
「食う」
「はいはい」
――そして其処からまた二分後、本当に寝息が聞こえてきたから流石だと思った。
「たっだいまーっ、ってあり、何故寝ておる」
「お帰り、恐らくふて寝だ」
「未だ六時も回ってないってのに、――風邪引いちゃうでしょ!」
帰って来たユウヤはそう言って、父さんの部屋辺りから毛布を取り出してきていた。……此れがこいつ等の日常なんだろうな、と思うとユウヤが主夫になる理由も分かる気がした。
「今日のご飯何ー?」
「グラタン」
「また面倒なもん作るのね貴方……!」
否、人のこと言えないんだが。