313+暖かな昼下がりにて。
「一ヶ月振りくらいの雨だったんだってよー」
「あらまぁ、通りで最近洗濯物に困らなかった訳ね」
マヒルだ、何か久しい。
先の会話は無論セツとウミのもので、大学の外ベンチに通路を挟む形で座っている。何故か三人共違うベンチなんだが理由は特に無いんだろうな。
「……ウミに洗濯物ってなんか似合わねぇな」
「あら、失礼なこと言うのねセツったら。こう見えても毎日炊事洗濯してるんだからね?」
「まぁ弟と二人暮らしだったらそうなるか、俺はシロ任せだからお前等が凄ぇと思う」
凄ぇ、というのは家事の一切を担っているということに関してだろうか、個人的に余り苦じゃないから分からないけど、とりあえず俺は何時も通りに苦笑しておいた。
「カイちゃんに不便はさせないわよ、両親が居なくたって私がカイちゃんを立派に育ててみせるわ!」
「お前……弟が彼女連れてきたらどうすんの」
「――考えないようにしてるわ」
「「おい」」
カイト君だってもう高校生だろうが、そんなきりっとした目付きで何を言うんだ。――とか思うものの俺達誰も付き合ったりしてないんだけどな。あれ、此れってどうなんだ?
「だってだってカイちゃんの彼女でしょ!? そりゃカイちゃんが選んだ人なら私も好きになるよう努力するけど、でも全然相容れない人だったら多分手が出ちゃうなぁ……あ、でもこう、しおらしい感じで『お、お姉さん』とか……あ、此れ良いわね」
「ウミ! 戻って来い! 一人で何処の妄想ワールドに旅立ってんだ!!」
「妄想ワールドとは失礼ね、妄想ワールドは妄想ワールドでも中身はカイちゃん一色よ!!!!」
「どうでも良いよばーか!」
ベンチのお陰で距離がある、よってセツの派手なツッコミも冴える訳だ。普段はツッコんでる最中にウミの手が出るからな……にしてもあのブラコンどうにかならんのか、俺も其の嫌いがあるのは気付いてるがあの類とは違うと思う。
二人のやり取りに相変わらず苦笑をするけど、「だったら、」と少し口を挟んでみた。
「ウミが先に彼氏作れば?」
「私が?」
「お前が恋人と仲良くしてたら、カイト君も『嗚呼、恋愛って良いな』って思うかもしんないし」
親を見て育てば其の自我は直ぐに目覚めるだろうけど――うちの両親とかうちの両親とかうちの両親とか――、ウミん家は……まぁ、二人暮らしだしな。
俺の言葉に黙り込んだウミ、俺やセツの視線をものともせずキョロキョロと辺りを見渡せば、元の位置で首だけの運動を止めて深く深く溜息を付いた。
「――相手が居ないもの、無理」
判断早いな。
「お前、此処大学だぜ? 男なんて大量に居んだろ」
「そういうことじゃないわよお馬鹿、此れだからセツはセツなのよ」
「どういう意味だゴルァ」
セツの物言いもそうだが、何も言わず不思議そうに見遣る俺にも気付いたウミは、もう一度だけ溜息を付いてから言った。
「毎日のようにあなた達と一緒に居て、目も心も肥えちゃってるのよ私は」
「……肥える?」
「そうよ。――何処を取っても完璧なマヒルと、ちょっと馬鹿だけど外見は上の上のセツより素敵な御仁が居れば話は別だけれど?」
「「……」」
やれやれ、といった態度で首を振ったウミから外せば、見事にセツとかち合った俺の視線。どんな反応をするのかと苦笑混じりに見ていれば、何やらくそ真面目な顔をして「俺より上……紫とか……!?」とか呟きやがった。……多分髪の色のこと言ってるなセツ、嗚呼そうだあいつ馬鹿だった。
「という訳で、私の未来の旦那様探しは当分先になると思うわ。就職したら上司でもたぶらかすから大丈夫よ」
にっこりと笑みを浮かべたウミが全然大丈夫じゃない台詞をあっさり吐き出す。上司をたぶらかすのかよ、お前のたぶらかすは怖くて聞けないが。
「ま、今年はとにかく卒業出来るかが心配だ俺」
「未だ一年あるじゃない」
「うあー、頑張れ俺ー」
気付けば俺達も大学四年になるのか、単位に苦労はしてないから大丈夫だとは思うけどこいつ等は大丈夫なのだろうか。少し心配だから今度聞いてみよう。
けどまぁ、今は良いだろう。
広々とした芝生の見える此の場所で、そんな野暮な話しても意味が無いから、今はただのんびりと、二人の話に耳を傾けるだけで良いかと思う俺だった。