213+何処も彼処も経緯は同じ。
用事で教室を離れていたら、僕の席に誰かが居た、アサキです。
「おっかえりぃあっ君」
「お帰りっす!」
ゼン君だった。どうやら後ろのフドウと話していたようで、ひらひらと僕に向かって手を振っている。ていうか其処退け。
「はいはいそんな睨まなくとも退きますよー、ゼン君ヤサシー」
「元から僕の席だ」
取り返した席に着けば、丁度ハヤサカ先生が教室に入ってきた。あの人がチャイム前に入ってくんのも珍しいけど。
「あ、ハヤサカ」
ゼン君は先生にも態度が変わらないらしく、やっほう、とひとつ声を掛ける。が、当然無視なハヤサカ先生、無視というか返事しないだけかな、視線はこっち来てるし。
「相変わらず愛想無いな、ハヤサカって。あ、其れとも何? 此の俺の若さなる美しさに見惚れた? まぁ同性も見惚れる美しさって――」
「ヒコク君、この歩く猥褻物を除去して下さい」
「へーい」
「ぐふっ! ちょいあっ君っ!! 顔面マジ殴りはなくない!?」
別にマジ殴りじゃないけど、個人的に腕の威力はそんな無いし。マジなら蹴るし。
「大丈夫っすかゼン君!」
「シギー、此の人野蛮ー、顔殴ったぜ? 男の命なのに……しかも裏拳」
僕からすればうざったい限りだけど流石は幼馴染、心配した様子でゼン君に抱き着かれているフドウ。フドウが座っている所為もあってか潰れそうだ。
「自己矜持は程々に、ワタヌキ君」
「矜持なんかしてねぇしー? 事実ですし?」
「――ヒコク君、矜持って何すか……?」
「馬鹿は黙ってろ」
ハヤサカ先生は其れはもう寒々しく呟いた。此の人の餓鬼嫌いも筋金入りだな、ちなみに矜持の意味はお父さんかお母さんに聞いてみましょう、分からないようなら馬鹿にしましょう。
「でもハヤサカ先生」
「何ですか、フドウ君」
「ハヤサカ先生は子供が嫌いなのになんで教師になったんすか?」
――シン……。
教室が一瞬にして静まった。皆が此方を見ているとなれば……うん、馬鹿な質問だなフドウ。
「……え、え、何か変なこと聞いたっすか?」
「シーギ、カッコイー幼なじみからの親切な一言、――こんのKY!!」
そしてフドウはそのままずるずるとゼン君に引き摺られて教室を後にした。
確かに今のはKYだった、皆が居る中でそんなこと聞いて、ハヤサカ先生特有の冷徹ブリザードに睨まれたら――って待て、あれ、今の此の状況、その視線の矛先が――
「――……ヒコク君」
はい此方ですね分かります。
「何ですか」
「今何故教室が静かになったんでしょうね」
「さぁ、はっはっは」
僕は何も知りません、ワタシニホンゴワカリマセーン。
一人教卓前の自席に取り残された僕の空笑いが聞こえたのか、クラスメイトは再び談笑を開始する。そうだ、話しておけ、何事も無かったかの如くな……!
「――別にありませんけどね」
後でフドウを如何にしてやろうか、とか机に向かい悶々と考えていたら、溜息混じりにハヤサカ先生の声がして、つい顔を上げた。
「……僕に言ってます?」
「貴方以外居ないじゃないですか、独り言だったらイタいでしょう」
あ、笑った。
「私が子供嫌いな理由なんて、ただ餓鬼が餓鬼だからってだけですよ。自分一人じゃ何も出来ない癖に意気がって、一人だけで生きているみたいな顔しやがる癖に勉強なんて少しもしやがらない、だから嫌いなんです」
苦笑ながら笑った――ように見えたんだが、即座に戻った。鬼畜教師め……! そしてなんか耳が痛い気もする。
「教師になった理由なんて、たまたま数学が得意だっただけですから」
持参してきたプリントの束を整えながら、ハヤサカ先生は「フドウ君何処行ったんだか」と扉に目を向けた。たまたま得意だったから……昔に聞いた覚えがあるな、嗚呼、サクライ先生が言ってたんだっけ。数学教師は皆そんななのか?
「先生って」
「はい」
「子供というより、生意気な人間が嫌いなんですね。初日であんなこと言っちゃうし」
「まぁ、そうとも言います。でも初日でああ言ったのは単純に――」
授業開始のチャイムが鳴った。
「――教師が敵で居れば、生徒は負けじ真面目になるでしょう?」
チャイムに被って聞こえた台詞が何とも意外な一言で、若干目を見開いた僕。此の人、実は豪い策士なんじゃ――。
「はい、授業始めますよ。週番は休み時間中に黒板消しなさいと毎回言ってるでしょう」
……でもまあ、今は黙ってようか。僕だけが知っている内は、クソ真面目な先生を貫き通せば良いよ。
でもまぁ――ユウヤ達に知られたら、絶対その上っ面もぶち壊れるんだろうから。