211+料理と数学は所詮同じ。
「あーあーちゃん!」
「ッ……やめてくれます母さん」
部屋でパソコンにかじりついていたら、背後から抱き着いて来た母親に気付けなかったアサキですが。
「いや! ママに敬語は厳禁よアサちゃん!」
「だったら高校生の息子の背後から抱き着かないでよ、そしてああちゃんって何、あーちゃんの伸ばしパターン?」
「あらやだアサちゃん、あなたもマヒルみたいなこと言うの? マヒルだって昔はまー君って呼ばせてくれたのに……」
何時振りに見たであろう母さんは頬に手をあて、はあ、とひとつ溜息をついた。……話があらぬ方向に行ったな、戻そう。
「で、何か用?」
「そうそう。――はい問題ですっ、今日は何の日でしょうか!」
此の人本当にユウヤの母親だな……とかなんとか考えてしまう程のハイテンションに嫌気すら差す訳だが、まぁ聞かれたなら答えてやろうじゃないか。
「五月の第二日曜日だけど」
「そうなのよっ、母の日なの!」
「言ってないけど?」
勝手に話が進むところ悪いけれど、少しも口にしてないから。
「折角の母の日だしね? アサちゃんと一緒に何かしたいなぁ、なんて」
「ユウヤかマヒルに頼めばいいじゃん」
二人ならリビングに滞在中でしょ、わざわざ僕に何を言う。
「二人は何時でもやってくれるから良いのよ、アサちゃん普段何もしてくれないしー?」
「息子なんてそんなモンだ、ユウヤは例外、マヒルは嫌々」
「んもうっ、良いじゃない良いじゃない! ママの日なんだから少しくらい構ってー!!」
――本音漏れてますが。
母さんは二段ベッドの下、即ち僕のベッドでばたばたと駄々をこねだした。何なんだ此の人は本当にもうどうにかして、何歳? もういい歳だったよね? 齢幾つ?
「あーさーちゃーんー!」
「……」
「ママを構いなさーい!」
「……分かった、分かったから。人の布団を其れ以上ぐっしゃぐしゃにしないで」
「ほんと!? じゃあママの一緒に――」
「切替早ぇよ」
ガバッと勢い良く起き上がりやがって。良い笑顔で此方を見れば人差し指を立てて、
「――お料理しましょ?」
そう言った。
「断る!」
だから直ぐさま断った。
「何でよ!! たまには良いじゃない!!」
「たまにだから駄目なんだよ、僕の料理スキルががったがたなの知ってんでしょ」
「知ってるからに決まってるじゃない。ユウ君やマヒルとお料理したって教えること皆無よ? 寧ろ……私より……料理上手いんだから……」
迂闊ながら落ち込ませてしまった、どうしよう。ベッドからやっと出て来たっていうのにうなだれてしまった母さんを見て、僕は何を言おうか迷ってたんだけど、次の瞬間には輝かんばかりの笑顔で僕を見て、
「――という訳で、Let's cooking!!」
と告げた訳だ。何がという訳なんだよ本当に、去年の父の日も料理させられた気がするけど何なの此の人達馬鹿なの?
此処はひとつ、言っておかねばいけないな。
「母さん」
「ん?」
「知ってる? 数学に限らず算数においても、正数にマイナスをかけてしまえば零以下なんだぜ?」
「……それで?」
「料理においても同じく、僕はマイナスでしかないのさ」
「アサちゃんそんなに落ち込まないで!? ほ、ほらっ、中学の時に朝ご飯作ってくれたりしたじゃない! 美味しかったわよ!?」
「あの時までさ、二度と包丁なんて持ちたくない。調理実習ですらカイトが包丁持たせてくれなかったっけ……」
「アサちゃんかむばっく!」
ふふふ、――おっといけない過去の悲しかった出来事にトリップしていたようだ。慌てた母さんの声で我に返った僕は、何か言おうとする母さんを見てひとつ溜息をついた。
「じゃ、下行こ」
「ふぇい?」
「夕飯作るんじゃなかったの」
「え、え、だってアサちゃん今――」
「まずくなったって知らないよ、ほら早く」
「……はうううう!! ママはアサちゃんのこと愛してるわー!!!!!!」
「気持ち悪いわ馬鹿親」
やりたくないけどこのままじゃベッド大惨事だし。
仕方ない、たまには良いかな、――だって、母の日なんでしょ?