192+態度と感情は反比例。
マヒルだよ、っと。
「マヒル兄ー!」
「おー、手ぇ振ってねぇで前見ろ前、こけんぞ」
何時ぞやか連れてけと言われたスケート場にやってきた。弟の友達達とセツとウミ、十人の大所帯だが車が二台ありゃどうってこともない。
すいすいと滑りなからこちらに手を振るユウヤを見て、俺は手を振り返しつつもそう指摘した。つーか手ぇ振んなよ、もう高校生になるんだろうが。
ちなみに俺は滑っていない、さっきまで滑ってたんだが此処に居た方が良いだろうと思ったからだ。理由? そりゃあ――
「――たぁ……」
「……何でお前がコケるかな」
中学生共より先に、脳天から見事にズッコけたセツが居るからだよ。
「五月蝿ぇ、久しぶり過ぎて感覚が掴めなかったんだ!」
「嗚呼そーかそーか」
「凡人ナメんじゃねぇ! 人類全てがお前みてぇに何でも出来る訳じゃねぇんだよばーか! マヒルの神!」
ばーかと言われたのに全くけなされた気がしねぇよ。最後の神って何だ神って。
セツは打ったであろう後頭部付近を押さえながらぶつぶつと呟く。中学生共プラスウミはそりゃもう自由に滑ってるの――いや、嘘、一部端っこに居た。
「うう、待ってよリョウちゃーん……」
「大丈夫よモモ! こういうのは慣れが大事なのよ!」
「……ひあぁ!」
「わ! ちょ、引っ張らな――きゃあ!!」
「うふふっ、頑張ってね二人共」
すってーん、とね。
滑れないモモちゃんに足を引っ張られているらしいリョウコちゃん。見てるこっちは面白いから良いんだけど、本人達はそうでもないんだろうな……。ウミは横で応援してるだけみたいだし。其の横を何食わぬ顔して滑ってるアサキとアスカ君も見えたが其処は気にしない、本当、氷の上を滑ってるというより氷があったから滑ってるって感じだあいつ等は。
「ふふふふふっ、私に着いて来れるかなっ!」
「はん! 俺様がユキに劣る訳もねぇ!」
「あははっ、俺も俺もー!!」
――そして残り三人は無駄な運動神経を発揮している。のんびりアサキの横の空気を切り裂くように滑る阿呆共。あの元気を他に活かせないもんかねユウヤとカイリ君は。そして横をあのスピードで滑ってったのに微動だにしねぇアサキには驚くっていうステイタスが備わっているのかが不安だ。
「ユキちゃん女の子なのに早ぇ」
なんかセツも勘違いしてるし。……訂正はしないけれど。
数分してセツは再びリンクに戻ったが、俺は何か一回やめたらやる気が起きなくてそのままそこに残った。こういう所は父さん似だなー、あの人は面倒臭いから家に帰って来ない訳だし。世間のお父様方を見習えってんだ。
しかしそれから数分すれば、そんな俺より父さん似な我が弟が期待を裏切らずこちらにやって来て、
「疲れた」
と一言言うが早いか座り込んでスケート靴を脱ぎ出した。え、もう滑んねぇの? 一回疲れたら終了なのかお前は。しかしそんなことを言ったって無反応なのは分かり切っているから俺は何も言わなかった。
「でもあれだな、お前達ももう高校生か」
「ジジ臭いからそういうこと言うな」
「はいはいどうせ兄ちゃんはもう二十ですよ」
しみじみ呟いたら即座に返された。俺は可愛いげのない弟――否、俺からしてみりゃ充分に可愛い弟だが――の発言に溜息をつくも、そういえば聞いておきたかったことがあったのだと思い出す。
「なぁアサキ」
「何」
「俺ってさ――父さんのこと嫌いだったと思うか?」
「……」
“はあ? 何それ知るかよ”と目が語っていたが、其れを口に出される前に対処することにする。
「この前父さんが言ってたんだよ。なんか、昔っから俺に嫌われてるとか言い腐りやがってよ」
「へえ、何、兄貴父さん嫌いなの」
「嫌いじゃねぇよ、今は多少面倒臭ぇとは思うけど……」
其れ嫌いと違うんだ、とアサキの尤もな指摘も聞こえたが俺は気にしない。
「父さんに素っ気なかったからじゃないの、昔から」
「素っ気なかったかァ俺?」
「素っ気なかったよ。今思い出したけど、兄貴が小学生の時に父さんが『何か欲しいものとかないんですか?』って聞いたの覚えてる? 兄貴が何て答えたかも」
何だそりゃ。つか待てよ、お前其れ何年前の話だよ、小学生って最低でも八年前の話じゃねぇか。流石の俺も忘れるし、お前も良く覚えてんな。
「『別に何も要らない、父さんは仕事だけしてれば良いんだよ』って言ったんだよ兄貴」
「昔の俺大丈夫か」
小学生の俺、何親に仕事強制させてんだ。
「其の時の父さん、少し寂しそうだった気もする」
すまん父さん、其れは流石に謝る。未だ十歳其処らの息子に「仕事しろよ」とか言われたら嫌だよな、マジ其れは帰ったら謝る。
「後は中学時代に母さんと父さんにマジ説教とか」
「……」
「後――」
「もう良い、そんな耳覚えのない武勇伝なんざ要らない」
中学って……何に対してそんな説教を……。
「でも説教した時は何か父さん達嬉しそうだったけど」
「Mかよ」
「何か、『マヒルが初めて自分の意志を見せてくれた』って」
「……」
何だよそれ。……あれ? 待てよ? 何か俺それ覚えるかもしんねぇ。あー、……うん、覚えてる。
「なっつかしいな其れ」
「そりゃあね、僕だってうろ覚えだよ」
「俺が小学生だった頃の話覚えてる癖にそりゃねぇだろ」
俺は笑ってそう言うけど、アサキは此れっぽっちも笑わずに素っ気なくリンクを眺めていた。……嗚呼、確かに素っ気ないと寂しい。
でもまあ、中学入ってからだったな、親が俺に対して遠慮無くなった、っていうか、俺が遠慮無くしたっていうか。別に遠慮してた訳じゃねぇんだが、自然とそう見えちまうことってあるよな。両親は双子が生まれてから其れを実感したみたいで、二人には結構な愛情――度が過ぎてるとは思うが――を注いでるみたいだし。……あれ、これじゃあ俺が愛情注がれてねぇみたいな言い草。そうでも無かった、とは思うんだが。
「マヒルー!」
アサキと家族会話を嗜んでいたら、遠くから俺を呼ぶセツの声がした。良い歳した奴が叫ぶなっつーの。
「ユウヤがこけたー! 泣いたー!」
「「……」」
――今度はお前か。
アサキと顔を見合わせたが、何だかんだで同じことを考えているらしい。
「行くか」
「また靴履き直すのか……」
アサキは怠そうながらちゃんとスケート靴を履き直していた。お前も何だかんだで兄貴に弱いな。
素っ気ないって言われたって、ただ顔に出ないってだけなんだよな。俺は元々履いていたスケート靴で立ち上がり、アサキが後から来るのを待ちながらも、どうしようもねぇもう一人の弟を遠めに見遣った。
……弟共に付き合うと、本当に飽きないな。