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188+その花の名は。


『卒業証書、授与』



 ガタン、と音を立てて、一斉に前列の生徒達が立ち上がった。流石恐怖政治の一組、揃い方が半端ねぇ。

 列になって卒業証書を受け取り出す一組を黙ったまま見遣る俺。今日は静かにしてるつもり、ユウヤです。


 今日で学校は終わりなんだよね、高校生ってちょっと楽しみだけど、仲良かった皆と別れるのはやっぱり辛いかな。合格発表未だな俺としては、下手したら皆と別れちゃうっていう事実に凄く落胆している。受かってればアサ君とかと一緒だけど、アスカとは別れちゃうし……嗚呼無情。

 あ、なんか俺泣きそう。



『二組、起立』


 あーや先生の声で二組が立ち上がる。先生の声聞くのも最後になるのかな、あの爽やかさの中に般若を隠し持った笑顔を見るのも、今日が最後になるのかな。卒業式なんて泣けるかよ、って弟がぼやいていた気もするけど、駄目だこれ、俺はアサ君みたくクールにゃ生きれないよ。


 卒業証書を色々我慢しながら受け取って、パイプ椅子に座る先生方に一礼。顔を上げた時見えた俺達三年の担当教師様方、我がクラスメイトの名前を点呼するあーや先生と目が合って――嗚呼、もう無理だよこれ、泣く。

 俺はもう一度、深く深く一礼して、自分の席に戻った。優しげに微笑んでたあーや先生も、こんな時だってニヒルな笑みを崩さないいっちー先生も、皆々大好きだ。もう会えない訳じゃないってのに、何でこんなにも悲しいんだろう――?


 席に着く前に見たけど、結構な数の――主に女子――生徒の目が潤んでいて、もらい泣きと言いますか何というか。まあもらい泣きも何も俺は既にボロ泣きに近いんだけどさ。今日は卒業式、だから男が泣いていようが違和感は無いんだけど、俺、今一番泣いてる自信ある。



「ユウヤ」


 寂しくて寂しくて、別れってこんなに寂しくて悲しいことなんて知らなかった。ふと前からひそやかにした声に俯きかけていた顔を上げれば、式の最中だというのに此方に振り返るアサ君と目が合った。


「泣き過ぎ、阿呆」


 学ランの袖なんてろくに涙を拭き取ってくれないけど、流れる涙は止められなくて。アサ君に差し出されたハンカチを受け取れば、此の状況を予想してたんだろうなぁ、と少しだけ笑えた。


 卒業証書授与も終わって、長々しい来賓の挨拶やら電報やらも聞き流して――自分達の卒業式だと、時間の過ぎる速度って早い――、俺はちょっと落ち着いた状態で卒業式を終えた。色々と自分で考えてしまった所為で目が真っ赤な訳だけど、学年の半数以上が涙目なんだもん、別に構わないよね。

 退場の時、視界の片隅に優しげに微笑む父さんと母さんが居たのを見て、少しだけ元気になった。










「マジで卒業すんだなァ」


 アサキです。学年の半数以上が泣いてるってのに、僕の周りで泣いてる奴は誰一人居ない。――まあ誰一人と言っても、此の場には僕とカイトとユキしか居ないんだけど。

 一組の教室。既にサクライ先生の最後のSHRは終わっている。



『お前等、俺様のクラスだったことを誇りやがれ』



 先生は本当に最後まで先生らしくて、昨日あれだけはっちゃけた所為か何かが吹っ切れていた。ひっくり返って何時も通り、うん、楽しい三年間だったな、って、今思える。


「ふふっ、私にとっては勿論、短い中学校生活だったんじゃないかい?」


 中学入る前に色々遇って、人生の意味すら分からなくなってて。

 でも今こうやって僕は生きてて、隣じゃあ気の合う奴等が笑ってる。


「確かーに。此れで終わりとは思えねぇよ」


「終わりではないさ、きっと始まりなのだよ」


 良いことじゃないか、他には何も必要ない。


「まあぶっちゃけ何時でも会えるし? 毎日会わなくなっても、何時の間にか顔合わせてるって」


「ははっ! 其のような腐れ縁、大歓迎だよ!」



 二人が愉快に会話をする中、僕は黙って外の風景を見遣る。空は快晴、実に良い卒業日和だ。





「――やっぱり此方に居ましたか」


「お、ようアスカ」


 僕が見ていた方向とは真逆からの声。くすり、と微笑を携えた声音に誰何を尋ねなくたって良かったけど、カイトの声が正解を言ってくれていた結果、やはり間違えてはいなかった。


「アサキ君、とりあえずユウヤどうにかして下さい」


「第一声目が其れですか」


 思わず苦笑したけど、まあ仕方ないかと妥協する。あんの様子じゃ今頃また泣いてるんじゃないか、とか現在進行形で思ってたしね。


「今生の別れではないというのに、先程からユウヤが喚いてまして」


「ははっ、アスカも非常に良い性格をしていると思うよ!」


「ふふ、光栄です」


 はぁ、とひとつ溜息を着いた僕。仕方ない、帰ろ、ユウヤを連れて帰る算段を脳裏に描き鞄を手に取れば、先に帰ることを告げて僕は教室を後にしようとする。


「はい」


 が、アスカ君に何か渡された。……何此れ。


「少し前、アサキ君から預かってた物ですよ」


「……あ」


 忘れてた、すっかり忘れてた。数秒フリーズして考えれば、とある雨の日のことを思い出す。


「ちゃんと渡してあげないと」


「そうだった」



「え、何何? 誰かに何か渡すん?」


「ちょっとユウヤに、それじゃ」


 カイト達の野次が入り切る前に離脱、今日で終わりだというのに我ながらあっさりしてるな、とは思ったけど。


 これでとりあえず、この学び舎とはおさらばですか。……うん、全く未練がない。










「ユウヤ、そろそろ泣き止んでくれ」


「あうぅ……」


 昇降口付近に居たユウヤを引っ張って帰路を歩くも、相変わらずぼろっぼろ泣き倒すユウヤ。一回泣き止んでたじゃん、ねえ、泣き止んでたじゃん、つか其のハンカチびしょ濡れじゃね? 大丈夫?

 しかし何を言っても無駄だし、僕はさっきアスカ君から受け取った物をビニル袋のままユウヤに差し出した。


「う?」


「あげる」


 中身は自分で確かめなさい。たまたま見つけたから買っただけだし。一度立ち止まったユウヤにはお構いなく、僕はのこのこと歩き続けた。


「……おー」


 感嘆の声。否、何の声だ今、感嘆で良いのか?


「此れ、何時買ったの?」


「一ヶ月は経ってない」


「へぇ、……綺麗な花だね」


「……あ、咲いてんの?」


 僕が渡したのは小さな鉢植え。とある花の鉢植えなんだけど、其処は自分等で想像して欲しい。

 けど僕が買った時は咲いてなかった。……まさかの開花時期がジャストミートしたか。


「うん、可愛い花だよ」


「なら良かった。本当はもっと前に渡す予定だったんだけど」


 色々重なって遅れたんだ――まさか忘れてたとは言えまい。


「……どんな意味合いで? 受験頑張れ的な……?」


「さあ、ただ売ってたから買った」


「ノリかよ」


 ユウヤは笑ってそう言って、笑って鉢植えを眺めていた。やっと泣き止みやがった、面倒臭い。


「うん、ありがとー。花弁で本の栞作ろーっと」


「少女趣味やめ」


「え、いいじゃんか!」


 ぎゃあぎゃあと喚き出したし、もう大丈夫そうだ。別に慰める義理もないけど、隣でめそめそされんのも好きじゃない。出来れば何時も通りでお願いしたいから、とりあえず今日は暴言吐くのは止しておこう。けちょんけちょんな心にどかんと穴空けるのも気が引けるし。

 僕に取っては泣けもしない三年間だったけど、つまらなかったと言えば嘘になる。だから今ばかりは思い出に浸っておこう。



「アサキにも作ったげるから!」


「はいはい」



 うん、それが良い。





スノーフレーク

別名:鈴蘭水仙




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