185+一方その頃。
修学旅行中の自宅にて。
「マヒルー未だー?」
「もうちょい待て、つーか人ん家にいきなり来といてそりゃ無ぇだろ」
呼ばれた通りマヒルだ。ただ今キッチンにて昼飯作りに勤しんでいる。アサキもユウヤも居ねぇから楽で良かったはずなんだが、何か知らねぇがリビングのソファにはセツが居る。お兄さんが暫く居なかった所為か、ろくな飯を食っていないらしい。
「ちっくしょー……こんな時に財布パクられるとは……」
しかもそういうことで、弁当を買う金も無かったらしい。最近は不良に絡まれる回数も減ってたはずなんだけどな? つくづく運の無ぇ奴だ。
んで、うちにやって来たらしい。
「もう食えるもんなら何でも良いから食わしてー」
「飢え過ぎだ、あと少し待てよ」
急過ぎて焼きそばしかなかったけど、カップ麺食うよかマシだろうが。ジュー、と野菜が焼ける音を聞きながら、リビングでぐったりするセツに少しだけ焦って俺は作り進めた。
「馳走になったー」
「お粗末さん」
時折焼きそばに入っていたピーマンに喧嘩を売りつつも、セツは綺麗に焼きそばを食べ終えた。相変わらず会話は零だったが、その間洗濯物取り込めたし良いか。
「――にしてもアレ、今此処ん家マヒル一人暮らし同然なんだろ? ひっろいなー」
「まぁな。けど夜は母さん帰って来るし、弟共も直ぐ帰って来るよ」
「そういやぱぱんは? 医者だったっけ?」
「ぱぱん言うな気色悪ィ。ああと、あれは滅多に帰って来ねぇんだよ、一年に何度会えるかどう――」
「ただいまー」
「……か?」
……は? 今の時間にただいま? 一体誰が帰って来たっつーんだよ。今の声は母さんじゃねぇし……まさか、噂をすればって?
「ただいまー、って……あれ?」
「え、と、マヒル、この人誰?」
「…………嘘、マジに父さんだと?」
まさかだった。漆黒の鞄に色素の抜けた髪、背の高さも其の顔立ちも我が父に他ならなかった。
「嗚呼、マヒルはそっちに居たんだ、てっきり銀髪にでもしたのかと」
「見間違えんなばあか、友達だよ、又はユウヤの担任の弟。名前はセツ」
「は、初めまして」
「はい初めまして、セツ君ですか、宜しくお願いしますね」
「はい!」
「――で、マヒル、お腹空いたんだけれど」
自由過ぎんだけど! 此の父親も自由過ぎんだけど! 今作ったのに此の時間差は無いわ! 自分で作れし!
「朝から何も食べてないんだよね、昨日の」
「――昨日のかよ! ……そのまま飢え死んどけ」
「酷いですねマヒルは、お父さんに向かってそんな」
「んで? 今回帰宅の理由は?」
此の人と話してても埒が明かねぇ、「息子が冷たい」とか呟いてるのは放っておいて、洗濯の為に居た庭から中に戻ればキッチンに戻る。戻りっぱなしじゃねぇかよ。
「セツ君はマヒルと同じ大学なんです?」
「あ、はい、同じ学科なんス」
「そっかー」
「聞けよクソ野郎」
「ほら、卒業式とか近いでしょう? だから早めに休み取って来ました」
人の友達と会話初めてんじゃねぇっつーの、つかそれであっさり戻って来んな。
父さんはソファに鞄を置けば堅苦しい灰のスーツを脱ぎつつ、そう言った。
「あー、卒業式か。何だ、出るんだ」
「えぇ。奥さんもちゃんと休んで来るって言ってましたよ」
「そ。――俺ん時は来なかったのにな」
「……」
……やべ、何か言っちゃいけねぇこと言ったかも。別に俺は責めた訳じゃないんだけど、ええと……。
「マヒル! き、きっとお父様にも事情が――!」
「良いんですよ、マヒルにとって私は、最低な父親なんですからね」
セツを止めて苦笑しつつそう言う父親。あの、とりあえずおま、ちょ、ちょっと待て!
「最低とか言ってんじゃねぇよ、仕事で仕方無かったんだからあんましそういうこと言うなって」
「だけどそうじゃないですか、私も奥さんも、貴方の行事ごとに何一つ参加した覚えがありませんけど?」
「保育園の時は来たんじゃねぇの? とにかく、いっつも言ってるが俺のことは放っておいてくれて良かったんだっつーの」
本当に此の親は。責任でも感じてんのか? よく分からんが俺は別に冗談のつもりだったんだからよ!
「でもー」
「未だ言うかこんの馬鹿親、飯作んねぇぞゴルァ」
少しキレて言ったらやっと黙った。
「昔から、嫌われてるんだと思ってたんですよね」
「マヒルが誰かを嫌うなんて有り得ませんよっ!」
「そうですかね、昔から他人の手なんて一切必要無いくらい良い子だったのは分かるんですが」
そして何やら初対面同士の相談室が開かれてるが、俺は一切気にしねぇ。気にしねぇったら気にしねぇ。
さって、父さんも焼きそばで良いかな。
――……父さんを嫌い、ねぇ。
そんなこと、無かったはずだけど。