161+傘を忘れた理由。
「むー」
「何、どうした」
「聞いてくれやマッヒル兄!」
「だから何よ。とりあえずどいてくれるか?」
「私立受かったんだ!」
「おめでとう、どいてくれ」
「はい」
自宅からこんにちは、ユウヤでっす! 二月ということで大学が休みになったマヒル兄が帰って来た!! しかしそんな兄は人の合格通知をおざなりにして、掃除機片手にどかされました。ごめんね、邪魔だったね。
「んなこと言っても次が本命だろ? 気ィ抜くなよ?」
ガー――、という掃除機の音でぶっちゃけ何言ってるのか聞こえなかったけど、多分何か重要なこと言ってるんだろうから頷いておいた。
二十歳の兄ちゃんが掃除機かけてんのって凄い面白い映像だよね、とか思っていたら。
「ただいま」
アサ君帰還。
――しかもびしょ濡れで。
「え、――え?」
「どうしたアサキ、傘持ってかなかったのか……?」
そう、今日は気温も低ければ天気も最悪、という何ともバッドな日なんだけれど。……アサキ、傘持ってったよね?
「ワスレマシタ」
「あからさまに嘘つくの止そうか、バレバレだから」
今日は別々に帰って来たんだけれど、頭から足先までびしょ濡れなアサ君には一体何があったのだろうか。
「傘があったんだよ」
「そりゃあ、朝持ってったもんな」
「外は雨、到底傘だけでは補えない。だから僕は思ったんだ。――最初から負けるくらいなら、傘なんて差さなくていいんじゃないか、って」
「阿呆」
「風邪引くよアサキ!!」
凄く神妙に語ってくれたところ悪いけど、俺でも分かるくらい意味不明だよアサ君。マヒル兄は飽きれながらもお風呂を沸かしに行って、俺はタオルを取りに行った。
「って嗚呼もうアサ君、そのまま部屋入ったら濡れちゃうよう」
「知らん、家の事情なんざ知らん」
「ていうか制服大丈夫? 明日乾く?」
「知らん、服の事情なんざ知らん」
困るのは自分なのにお構いなしなアサ君は、今日も今日とて自由です。タオルを持ってっても頭に乗せてるだけだし……風邪引いちゃうよー。受験前なんだよー?
帰って来たマヒル兄は掃除を再開、相変わらずけたたましい音を発して埃を吸い取る掃除機。
「で? 本当の理由は?」
――そしてどうやら、本当の理由を聞き出したい様子。
「さあて、何ででしょう」
「何で勿体振るのさー」
こてん、とソファに寝転がったアサキ。帰宅後は何時もバーサス睡魔な弟だけど、雨に降られて一段と勝負が難航してるみたい。
「アサキー、話は良いからよ、頼むから風呂入ってからにしろよ?」
「んー」
苦笑いのマヒル兄に対する返事も実に曖昧だね! そして数分後に沸いた風呂に入った後も睡魔さんは止まないらしく――ソファについてものの数分で寝息が聞こえてきた。
「髪乾いて無ぇのに……」
マヒル兄は呆れた様子だったけど、直ぐさま毛布を持ってきてアサキにかけた訳で。流石、お掃除もバッチリ終わったみたいだしね!
「雨嫌いのアサ君が傘差さないなんて、どしたんだろねー」
「さあな、誰かに貸したんじゃねぇの?」
曖昧な予想も程々にして、マヒル兄と俺は夕ご飯にすることにした。
今日の夕飯は何かなー? マヒル兄が居る時だけそう思えるから、結構楽しみだったりする俺だった。