159+たまには忘れます。
「はぁ……」
「何だよまっひー、ため息なんざつきやがって」
「まっひー言うな」
マヒルだ。
大学の食堂で昼飯と決め込もうとしているセツの隣で、俺は盛大にため息をついた。
「いやぁな、そろそろ受験だろ?」
「マヒルが!?」
「俺じゃねぇよ、弟だよ」
大袈裟に睨みを効かせてセツを見た。面倒な冗談は一喝。
「知ってるよう、怒らないでよう」
「大の大人が猫撫で声出すな、うぜぇ」
銀髪不良が何たるだ、……まあ、セツなら別に違和感ないんだけどな。だってコイツガキだもん。
「アサキとユウヤ、そういや中学三年だったっけか」
「……急に真面目に……」
「いっやー、受験なんて懐かしい! 俺私立校行ったから楽だったけど」
セツは何故かにやにやしながらそう言った。
「マヒルって確か――」
「地元校。出来る限り早く家に帰れるようにな」
「うっわー、其の頭で地元選ぶとか教師泣かせー」
「うっせぇ阿呆」
実際そうだったんだけどな。
学校には色んな進学校を薦められたし、少しは興味あったけど――
「――俺にとっちゃ、あの二人のことの方が大事だったんだよ」
母さんも父さんも日中家に居ないのに、小学生のあいつ等を、二人だけにはしたくなかったから。
だって俺は生まれて此の方、二人を煩わしいと思ったことなんて無いんだぜ?
「――ブラコン?」
「……セツ、多分今良い話」
「畜生! 空気ミスった!!」
何の話だ。
恐らく笑っていただろう自分の表情を戻せば、俺は呆れてセツを見た。何時見ても感情豊かな奴だ。
「でも、確かにそうだろうな」
「……何が」
だから急に話を振られてもよく分からないんだが。
「兄貴が居ないのって、なんか嫌だって思うぜ、俺」
……弟の勘、なんだろうか。セツもお兄さんが居る訳だし。
「自分で言うのも何なんだけどさ、俺ん家って親があんま子供に感心無いんだよな」
「嗚呼、何か聞いたな其れ」
「超放任主義だから、俺は親よりシロの方が好きだったもん」
超放任主義の中で育ったらしいセツは、そんなのを思わせない笑顔で笑った。きっと其れは、兄であるマシロさんのお陰なんだろうなと俺は思う。
「でも俺が中学ん時にシロが一人暮らし始めちゃったもんで」
「え、マシロさんって一人暮らしだったのか?」
「おう、俺が押しかけた」
何という横暴。
「だって自宅つまんねぇし」
良い迷惑だ。
「とにかく、そういう訳だ」
「……どういう?」
――全くどういう訳だったのか分からないが。
セツの中では何かがまとまったらしい。
「アサキもユウヤも、きっとマヒルが居て良かったって、思ってるんじゃねぇの?」
「――……」
そういう、ことか。
相変わらずの楽しそうな満面の笑みで、セツは颯爽と食事を始めた。喋って食事を出来ないからだろうが、いっただっきまーす、という掛け声と共にセツの喋る機能は停止した。
まあ、また二月になったら帰るし、其処に居れれば、俺はそれで良いんだけど。
「……ん、今一月……? ――嗚呼! 誕生日!!」
「?」
「やべぇ忘れてた……!!!!」
不思議そうなセツは放っておく。
うわあ、どうしよう。