139+正直、ただのホラーです。
※本気でただのホラーを目指してみた。だなんて言ってみるけど後半は普段と同じなので問題は無いです。
――…普段の朝夜にはない雰囲気をお楽しみ下さい。
ホラーが苦手な方は止した方がー……です、いやあ、そんな怖くないですよ※
「――おーい」
遠くから、誰かの呼ぶ声が聞こえた。
勝手にお借りした神社を汚す訳には行かなくて、道中に仕掛けた肝試しセットをいそいそと外しに外していた時のことだった。
「あらマヒル、迎えに来てくれたの?」
「まぁな。お前達が遅いから、子供達を先に帰しちゃったぜ?」
暗がりでの作業に少しだけ目が慣れた私、隣で珍しく真面目に働くセツを横目で見遣りつつ、私は手伝ってくれるらしいマヒルに黙って感謝をした。
早く終わらせて、早く帰ろう――珍しくもマヒルは楽しそうだったから、少しだけ私も嬉しくなった。別に特別な感情は無いんだけど、友達が楽しそうなら、其れは其れで嬉しいじゃない?
「なぁマヒル、餓鬼共帰したって、どうやっ――」
「早くやれよ?」
だから気付かなかった、ただ無駄口を叩いているだけだと思ったセツの言葉に――違和感があったこと。
―――
それから数十分が経って。
至る所に仕掛けた道具をやっと全て外し終えた時、ふとマヒルが呟いた。
「――こんな話を、知ってるか?」
作業に疲れてへたれこむセツと、その道具を入れた箱の上に座る私。二人の丁度真ん中で、マヒルはひっそりと言葉を紡ぐ。
「――肝試しをしていると、時たまあることらしいんだけどな。――混ざり込むんだとよ」
「何がだ?」
つまらなそうに、膝で頬杖をつくセツが尋ねる。俯くように大地に向けていた視線を前方に持ち上げ、そしてゆっくりセツへと向かうマヒルの視線。何処か機械的な動きをする彼の姿に、今やっと小さな違和感を感じた。
「この地に眠る、幽霊が――さ」
「「……」」
凜と響くその声に、思わず悪寒が走る。セツが幽霊が嫌いなのは知っているし、隠してはいるものの私だって得意ではない。しかし周りには隠しきれていないそんな事実を、マヒルだって知っているのだから――きっと稀なる彼の意地悪なのでしょうね。
「い、嫌ぁねマヒル。そういう冗談はセツが怖がるでしょう?」
「別に怖くねぇよ!!」
私はそう思ったのだけど。
勢い良くマヒルが此方を向く。そのままその首が飛んでいってしまうのでは無いか、というその速さに――私は再び悪寒を巡らせる。
「冗談なら――良かったのにな?」
マヒルは笑顔だった。普段稀に見せる柔らかな笑顔ではなく、何故か私を慈しむような瞳に、緩む口許。髪型や衣服だって、夜だからとあまりキメていないからなのか――儚く、実体を感じさせない笑み。
悪寒? そんな生易しいものではない。違った。
――此れは、恐怖だ。
―――
「ごめん、境内に忘れ物した」
其の後も自分の体内を巡り続ける恐怖を、セツを罵倒することで何とか乗り越えていた私。セツもセツで、私に反抗することで何かに堪えているらしかった。
普段から無口なマヒルだけど、何時もの何倍も無口だったマヒル。早く帰ろうと促した私達にそう言ったのも、勿論マヒルだった。
「先帰っても良いぞ?」
だから其の発言に、何時もの優しいマヒルが居ることに安堵した。何時だって他人を思いやるマヒル、私ったら何を考えていたのかしら。彼が怖い? ――其れ以上の戯言が、一体何処に存在するっていうの?
「何言ってんだよ、行くよ、な、ウミ?」
「ええ、勿論よ」
セツが馬鹿にして、そうやって私に振る。何時もと変わらないやり取り。そうか――そう言ってマヒルはまた笑った。ほうら、何時も通り。
――本当に……?
―――
先程の肝試しでは、皆が転ばないようにと一定区間で微弱な明かりを設置していた。だから作業時間が喰ってしまったのだと自負しているけど、其れでも私は後悔していない。愛しいカイちゃんやアサキ君、それに他の皆が足を取られて転んでしまう方が私にとって大惨事だから。
「――……」
――でもやはり、一度芽生えた違和感は拭い去れなかった。
私やセツが怖がりなこと――セツなんかと比べられるのも嫌だけど――は、何時も一緒に居るマヒルが一番良く知っているはず。何時だったか三人で遊園地に行った時も、お化け屋敷に入った私達の先頭は、何時だってマヒルだった。
なのに。今彼は、私よりもセツよりも、――数歩離れた背後をひっそりと歩く。ひっそりと歩きながら、時折クスリ、と笑みを零して。
何故後ろに居るの? 何がおかしいの? ――自分が怖がりなのを知らしめたくなくて、私は其れが言えなかった。きっとセツも同じことを考えてる、けれど微弱な明かりすら外してしまった此の――こんなにも暗い――場所で、セツが普段の元気さを保てる訳も無かった。彼は本当に怖がりだから。下手をしたら私より先に逃げ出してしまうんじゃないかしら、そう思わせるくらい。
――やはり今のマヒルは変よ、やっとそう思えた。怖がりなセツを一人放置しているだなんて、絶対におかしい。
逃げていても仕方ないのだから、聞くしかない。
「マヒ――」
「ウミ」
意を決して名前を呼ぼうとしたら、彼ではないもう一人から声が掛かった。先程までならば再び罵倒を浴びせてしまったところだけど、既に精神の末期を漂わせているセツに、最後の一撃を喰らわせる訳にもいかなくて。
「何?」
「デッキ、二つ共、回収したんだよな」
何を馬鹿なことを言ってるのよ、其のデッキを持っているのは貴方じゃない。暗がりでよく見えないセツに向かって、私は忽然とそう思った。
「そうよ。それがどうかしたの?」
――聞かなきゃ良かった。本当に、切実に思った。
「――女の人の声が、聞こえ、る」
馬鹿にするべきだった。そんなもの聞こえる訳無いでしょ? 早くマヒルの忘れ物取って帰るわよ――って。なのに出来なかった。
――だって、私にも聞こえちゃったんだもの。
しゃらん。
『―― ダ れ ?』
「――……!?」
「あともう二つ、言わなきゃいけねぇことがあるんだけど」
誰何を尋ねる何かの方へ私が視線を走らせれば、其処は沢山の木が茂った緑の世界。横から感じる唯一の気配がまくし立てるようにして走り言えば、私は返事をせずに無言で彼を促した。
「子供達を帰した、ってマヒル言ってたけど、あの神社から帰る為には――此の一本道を通らなきゃ帰れないんじゃねぇのか?」
しゃらん、しゃらん。
『――ソ こ ニ い ル ノ ハ ―― ダ レ ?』
「其れが、どうしたのよ!」
正直苛立っていた。仕方ないじゃない、怖いんだもの。迷子なのだと思いたかった、けどこの声は普通の――“人間”の声なんかじゃない。言葉と言葉の間に断続的に響く鈴の音。何かを通している訳でもないのに、声音は電子音に似た反響を醸し出していて。
「俺達、ずっと道で作業してたんだぜ」
「だから何よ!!」
「だから――何で俺達は、アサキ達の姿を見てないんだよ」
セツにそう言われて、やっと私は気付いた。一本道で閉鎖された場所なのに、マヒルが先に帰したという皆の姿を――私とセツは見ていない。
「其れと最後にさ――」
とっとと言いなさいよ!! 半ば怒って言ってやろうと、私は此の時始めてセツを見た。
其処にはセツが居た。今にも泣きそうな顔で、セツは居た。でも、マヒルは居なかった。其処にマヒルは居なかった。
白い長髪、美しい装飾物で艶やかに頭部を飾る、其処から覗く漆黒の右眸。
――其の後ろに居る、あなたは誰?
しゃらん。
『わ タ シ ノ ネ ド こ ヲ ―― あ ラ ス の は あ ナ タ ?』
「俺の後ろに居るの、本当にマヒル?」
「き、きゃああああああああああああああ!!!!!!」
其処で私の記憶は途絶えた。
―――
「講評」
「何ユウヤ」
「普通のホラーより怖ぇよ」
ユウヤです、とりあえずユウヤです、何だ今の怖い話。
此処だけ聞くと、ただのホラーだと思われるからちゃんと言うけど、今のはアサキとアスカが考えた完璧なる茶番です。
もう一度言おう、あの作品はフィクションです。
「ウミさん気絶させちゃったじゃないか……!!」
「平気じゃないですか? 起きたらきっと忘れてますよ」
「爽やかに言うなよ、確実なるトラウマだろうが」
今ばかりはアスカすらボケ倒すのか……!! アスカとアサキはのんびりと神社の境内に座りながらイヤホン片耳で待機していた。
そりゃシナリオ担当はやることないしね、ちなみに俺は自分が怖いから美術担当。そして座ってないけど其処に居るカイト君は、
「姉ちゃん大丈夫かなー……」
とぼやいている。ごめんカイト君、大丈夫じゃねぇや。
「アサキくーん、ニカイドーくーん」
「だ、大丈夫だった……?」
其処にやって来たのは配役:幽霊の声担当のモモちゃんとリョウちゃん。ウミさん達が使わなかったデッキとマイクを遠隔で繋いで、少しだけ入り込んだ場所に置いて使ったらしい。変声器をマイクに用いて電子音を響かせ、二人の声を混ぜることでより不可思議さを増させるこの方法。――気持ち悪いくらい完璧だった。
「途中笑いそうになって大変だったよ~」
最近モモちゃんのキャラが分からない。
「こ、怖かったー……」
リョウちゃんが普通のコメントを漏らしていれば、少しして残りの人達が戻って来た。ウミさんをおぶるマヒル兄、その横で死にそうなせっちー、そしてあとひとり――配役:幽霊の、ユキちゃんが。
先ずはせっちーがひと言。
「バカヤロウ!!!!」
怒られた。
「お前等な! クオリティが高過ぎんだよ!! 俺を殺す気か!? 寿命何年縮んだと思ってんだ!?」
「一年や二年寿命が縮んだところで、人間そうは変わらないでしょう」
しかしアサ君は冷静だった。
「まあ落ち着けよセツ、俺も悪かったって」
「お前が一番馬鹿だ! ばーか! 気持ち悪いくらい気持ち悪かったっつーの!」
意味分からない。
「い、何時もとマヒルが違うからっ! マヒルどっか行っちゃったのかなとか! へ、変になった、のかな、って、マジでどうにかなったんかと思っ、たんだからな……!?」
「悪かったーって、え、ちょ、な……泣くな泣くな!」
「え、泣くのせっちー」
「泣かねぇよ馬鹿!!」
きっと俺達が居なかったら泣いてたんだろうなー、てか涙目だよせっちー。と、さっきマジ泣きしてた俺が思うのも何だけど。
しかし確かにマヒル兄の演技は完璧だったと思う。アスカの携帯から簡潔に予定を伝えただけなのにあの対応――此方に音が届くように携帯を持ち替え、何があっても反応を見せずに異常を演じたマヒル兄。消える時だって音すらさせなかった。
確かにマヒル兄があんなだったら、俺泣く。
「あっはっは! どうだったかな、私の役目は?」
そして白髪の貴公子がやってきた。
「僕等は見えなかったからよく分からなかったよ、セツさんどうだった?」
「気配が怖くて振り向けなかった」
「合格」
気配が怖かった、って、ユキちゃんは一体どんな気配を醸し出してたんだろう。ユキちゃんは着ている服、雪女の格好+適当に置いてあった箱から見繕ったもので俺が作った装飾物を付けて楽しそうに森に入って行った。
言葉の途中で聞こえた鈴の音は、そんなユキちゃんの装飾物の一部。広い森では至極響いたことだろうに。ユキちゃんだって分かっていれば怖くないけど、暗闇でアレが真後ろに居たら――
「絶対マヒルじゃねぇッて気付いたけど振り向けなかったんだよっ! 結局ウミが叫ぶまで見れなかったし……!!」
「其れは嬉しいことだねセツさん、ははっ!」
幽霊ユキちゃんはとても楽しそうだった。
さて、今度こそ帰ろー。怖いのはもう沢山だ。家でちゃんとパーティーしよ――俺はそんなことを考えながら珍しくも道具持ちを手伝い、尚且つ先頭を歩くアサ君に再び引っ付きながら帰路を歩く。
そんな時、背後からこんな会話が聞こえて来た。
「じゃあ、あの笑い声もユキちゃんだったんだなー」
せっちーの声。
「笑い声? 失礼ながらセツさん、私はあの時――一度たりとも口を開いてないのだが」
そしてユキちゃんの声。
「え?」
「おいセツ、混乱させるようだが、俺は笑ってないぞ」
トドめの、マヒル兄の声。
――再び、場が凍り付いた気がした。
《――ま タ キ て ネ》
「え……?」
そうして振り向いたのは俺だけだったけど、皆の表情を見れば、それが空耳では無かったんだと分かった。
え、これで終わらせるの?
え、マジ? だっ、だって、え!? 嘘でしょ!?
何やら余韻残しですが、真相は次の閑話で明らかにー。
凄くくだらないです。