1-9 試作型射手ゴーレム:後編
「……てくだ……起きてくださーい!」
リティッタにぐらぐらと身体を揺さぶられ目を覚ます。案の定途中で寝落ちしていたようだ。床で横になっていたので体が痛い。むくりと上半身を起こした俺の前に水の入ったコップが差し出される。
「さんきゅー……今何時だ?」
「ジェフさんが来るまでには、まだ時間はあると思います。ゴーレムはどうですか?」
水を飲みながらぼんやりした頭で作業場を見る。良かった、寝落ちする前に形にはなっている。とてとてと近寄ってゴーレムを見回すリティッタが首を傾げた。
「ご主人さま、左手がただの荷物掛けみたいになってますよ?それにこの左肩のいっぱいある箱は何ですか?」
「じゃあ朝飯前に試運転するか」
俺は魔操銃を持って弓ゴーレムとリティッタを裏庭に連れ出した。暖炉用に積んである薪の山にゴーレムを向ける。
「いいか、見てろよー」
寝起きでおぼつかない手つきのままマナ・カードを入れて弓ゴーレムにコマンドを送る。ゴーレムは射撃体勢を取り弓を薪に向けた。
バシュッ!矢が薪に突き刺さる。威力は昨日と変わらない、変わっているのはここからだ。
「あ、箱が動きました!」
左肩につけた矢筒ボックスが体の前の方へ移動する。合わせて右腕の弓部分が変形して上を向いた。ボックスは顔を隠すように移動して弓の上まで行くと、そのうちの一つの底がパカッと開いて矢を弓に落す。その後素早くボックスは元の位置に戻り、弓も射撃モードに戻る。再度矢が発射され薪にもう一本が突き刺さった。
「おおおー」
改造弓ゴーレムに拍手するリティッタ。
「弓の装填にな、重力を使ったんだ」
「じゅうりょく?」
重力を知らんか。まぁ仕方ない。こっちの世界で地球と同じ引力が働いているのかは知らないが概念だけ説明することにしよう。
「物を持ち上げて、こうやって手を離せば地面に落ちるだろ」
俺は足元の石ころを持ち、落として見せた。
「そうですね。お皿もフォークも手を離したら落ちちゃいます」
「俺がいた地球では、この力を重力って言うんだ。子供だって物が落ちる事は知ってるから仰々しく呼ぶ必要も無いんだが、どこでも同じように働いているエネルギーで、意外とバカにできない」
「この落ちるのもエネルギーなんですか」
「そうだ、昨日はこの矢をつがえるのに何枚もの歯車を使って魔導力機からパワーを伝達させてたが、こうやって重力で矢を弓に落とせば魔鉱石のエネルギーを使わなくて済む」
「なんとなくですが分かりました。つまりタダで素晴らしいエネルギーって事なんですね」
「うむ。こういう機械屋をやっていくなら覚えておいた方がいいかもしれん」
結局ゴーレムはボックスに入っていた6本の矢を30秒足らずで撃ちきった。実戦に使っても差し支えないレベルにはなっただろう。
「名前はどうしますか?」
「一応弓持ちのゴーレムは『ディゴ』って呼んでる。師匠がそう名付けたんだ」
「そうですか。『ディゴ』、頑張って稼いできてね」
ポンポンとゴーレムの肩を叩くリティ。
「よし、これで貸し出しても問題無いな。飯にしよう」
「はーい、すぐ準備します」
食事の準備を待つ間に魔操杖の用意をはじめた。この棒が無ければジェフ達はゴーレムを連れて歩く事すらできない。杖の記録水晶に、オートでの攻撃やリロードのコマンドを入力する。これで初心者でもゴーレムを戦闘に使うことが出来るはずだ。
ちょうど入力が終わった所にできましたよー、と言うリティッタの声。食卓にはタマゴとハムのサンドイッチに野菜のスープが用意されていた。
「すごいな、わざわざ作ってきてくれたのか?」
「ご主人さまがお疲れだと思って」
つくづくいい子だ。俺は思わずリティッタの小さい頭を撫でてからスープに口をつける。疲れた体とコーヒーで荒れた胃に野菜スープがありがたい。ほのかに甘みのある冷えたポトフみたいな味で結構作るのに時間がかかるのではないだろうか。
「ありがとうな、リティ」
「いいえ、ちゃんとお給金をくれるご主人さまのためですから」
ニッコリと笑うリティッタ。しっかりしているというかしたたかというか。
「鍛冶ギルドじゃ全然金稼げないのか?」
「そうなんですよ!まぁ力仕事出来ないんんで洗濯とか炊事掃除しか出来ないんですけど、月に銀貨二、三枚とかですよ!子供扱いしてまったくもう!」
怒りでバン!と食卓を叩くリティ。予想外に恨みつらみが溜まってるのか。
「それに比べればご主人さまは神様です」
「そ、そうか。まぁ稼げている間はちゃんと払うからさ。これからもよろしく頼むよ」
「こちらこそです」
お互いに深々と頭を下げてからサンドイッチを齧る。日本では家では一人でコンビニ飯ばかりだったし、師匠との生活でも男二人で黙々と飯を食っていたから、幼いとはいえ女の子と飯を食うのは楽しい。できれば長々といてほしい物である。
(そうは言っても、人手的にはもう二、三人欲しいんだがなぁ)
また鍛冶ギルドで誰か紹介してもらうか、でも稼ぎが安定しないうちは無理だな……と考えていると工房のドアの方から眠そうなジェフの声が聞こえてきた。
「おはようございます。いらっしゃいますかー?」
「ああ、入ってきていいぞー」
呼ぶと、しっかり討伐用の装備を整えたジェフがまぶたをこすりながらやってきた。
「ちょうど準備が終わった所だ」
「よかった、これで安心して出かけられます」
ジェフに魔操杖を手渡し使い方をレクチャーして、それから契約書にサインを書かせる。レンタル料は一日銀貨4枚で1日分は前払いで貰っておくことにした。
「矢は最大で15本入るんですね。わかりました、うまくやれそうです」
「頑張ってくれ。あ、もし余裕があればログロバッファローの角を切ってきてくれないか。買い取るからさ」
「角を、ですか?」
ジェフには俺の意図は伝わらなかったらしい。ログロバッファローは特に高値のつく部位は無いからだろう。
「ちょっと武器の素材に使えるかなと思ってさ」
「あ、ついでにお肉も持ってきてくれると助かります!」
横からリティッタも手を上げて話に乗ってきた。
「固いお肉らしいんですが、長く煮込めば美味しくなるらしいんです。お店じゃ買えなくて」
「……合わせて、銅貨30枚でどうだろう?」
「いいですよ。俺たちも現金収入があるのは助かります」
急な俺たちの依頼にジェフは笑って引き受けてくれた。いい奴だ。
行ってきます、と言ってジェフはゴーレムと一緒に歩いて行った。見送ってから二人で大きな欠伸をする。
「よし、今日はもう昼まで寝よう」
「わかりました……私もベッドお借りします」
「ああ、ゆっくり寝てていいぞ」
二日後の夕方、ジェフ達は『ディゴ』を返しに来てくれた。ボロボロの格好だったが全員無事のようで安心した。
「コイツ、すごく頼もしかったです。うちの弓使いより全然強くてパーティに欲しいくらいです」
「そしたら、その弓使いが仕事無くなっちゃうだろ」
お互いに笑いながらバッファローの素材とお金のやり取りをする。結構な量の肉を持ってきてくれた。気前のいい奴らだ。
「じゃあ、また困りごとがあったら来てくれよ」
「はい、その時はよろしくです」
よたよたとお互いに肩を支えながらジェフ達は街の方へ消えていった、きっと今夜は朝まで飲むのだろう。
ちなみにウチはその晩から三日ほど、ひたすらバッファロー料理が続いた。