1-86 暗闇と光明:後編
「ソフィーヤさん!?」
工房に運び込んだずぶ濡れのソフィーヤを見てリティッタが悲鳴を上げた。ひとまず玄関の近くで寝かせ、リティとウーシアにタオルと水を持ってこさせる。
「ソフィーヤ、ソフィーヤ!わかるか?ジュンヤだ!」
汚れた頬を叩きながら呼びかけるが、弱弱しく呻くばかりで目も開けない。顔色は真っ白でよほど衰弱しているようだ。鎧をまとっているのに体もとても軽い……。
(いや、いくらなんでもこんなに軽いものか……?)
一瞬疑問が浮かんだが今はそれより優先することがある。ぶしつけと思いながら腰のポーチに手をやり、見覚えのある小さなポーションを取り出してその蓋を折った。ツンと鼻を刺激するするミントのような香りの液体をゆっくりとソフィーヤの口の中に注ぐ。
「う、うう……」
少しだけ大きな声を出すソフィーヤ。僅かに顔色も良くなったような気がする。
「大丈夫そうですか?」
「わからん、鎧を脱がせるのを手伝ってくれ。ベッドに寝かせよう」
「わかった」
装飾のついた金属鎧を脱がせベッドに運んだ後はリティッタとウーシアに任せる。彼女の持ち物や鎧、工房の中に入った泥を掃除しながら俺は状況を整理し始めた。
(酷い外傷は見当たらなかった。倒れていたのは疲労のせいか?一人で迷宮を探索するのだけでも相当に精神が疲れるだろうが……)
彼女に作った護衛用ゴーレム、『レガリテ』と『ボルディア』をマナ・カードから召喚する。二機とも一応健在だが思った以上のダメージを受けている。早いうちに修理してしまった方がいい。
(“三体目”ももうすぐできるしな……マッチング用プログラムも用意しないと)
修理箇所をノートにまとめていく。明日は市長の所に行くのでウーシアにできるところはやっておいてもらわないといけなくなる。
「やはり前衛の『レガリテ』のダメージが大きいな。もう少しシールドを大型化するか。『ボルディア』は……収束回路の損傷があるな。ここも耐久性を上げないと連射がキツくなるって事か」
作った時は自信作と思っていても、実際戦闘をして帰ってくると想定外の被害を負って帰ってくる事も珍しくはない。現場で使っているのは自分では無いし、特にソフィーヤの場合はどんな魔物と戦うかわからないからだ。
だからこそ、こうして帰ってきた時には弱点を改修してアップデートをする必要がある。それは俺にとっても良い経験になるのだ。
(ゴーレム職人は一生勉強、って師匠も言っていたからな)
慢心しないように自分に言い聞かせながらゴーレムのチェックをしていると二階から二人が降りてきた。
「ソフィーヤの様子はどうだ?」
「……眠っています。うなされたりはしていませんが、随分疲れているみたいです」
「汚れているところを拭いてやったが怪我は見当たらない。休めば大丈夫だろう」
わかった、と頷いて俺もノートを閉じる。
「二人ともありがとう。今日は俺達も休むことにしよう……ウーシア、悪いけど明日俺がいない間この二機の修理をやっておいてくれないか?手順はこのノートにまとめてある」
「了解だ」
ウーシアにノートを渡して俺はもう一度窓の外を見た。雨は更に強く音を立てて振り続けている。
翌朝、霧雨程度に弱くなった雨の中を冒険者ギルドに向かう。ソフィーヤの事は心配だったが相変わらず眠り続けているのでそのまま置いて来るしかできなかった。一応ポーションをリティッタに渡し、苦しんでいたら飲ませるように頼んであるのだが、そのポーションもその一本しか残っていないようだ。
ギルドの会議室には、ジグァーンの時と同じように木の板に迷宮対策本部と筆で書かれている。部屋の中からはざわざわと声が聞こえており、そっとドアを開けて入ると結構な人数が揃っていた。入り口の近くでオレンジジュースをストローで飲んでいたチェルファーナが目に入ったのでとりあえずそっちに近寄る。
「遅いわよ」
「悪い、時間は聞いて無かったんだ」
奥の壇上では市長とラドクリフ、あといくつかのパーティのリーダーが相談……というか揉めているようだった。
「これ以上は潜れない。異界の悪魔やヒドラ、巨大キマイラが山ほどうろついているんだ。その“封印の間”とかいう所にたどり着くまでどれだけ被害が出るか」
「しかし!“強大な者”を復活させてしまえばこの街は滅びる!」
「俺たちだって別に無責任に逃げたいわけじゃ無い。でもこれ以上は命に関わる」
「何とかみんなで協力すれば……」
「アンタはノースクローネって街が大事だからそういう事を言うんだろう!」
たまりかねた誰かが市長に大声で怒鳴った。市長もその言葉には何も言い返せず黙って立ち尽くす。嫌な沈黙が会議室の中に、長く流れた。やがてその沈黙を掻き分けるようにゆっくりとラドクリフが市長に近づく。その頭にはまだ痛々しく包帯が巻かれていた。
「市長。俺達もみんなノースクローネの事を大事に思っている。だから封印の調査にも協力したし、報酬抜きに溢れてくる魔物から街を守った……しかし、これ以上は厳しい。さらに奥に進めと言うならこの街に残っている冒険者1000人は間違いなく全滅するだろう」
「……」
その言葉に、市長もついに折れたように首をうな垂れた。みな、市長のやり方には思うところはあってもそれぞれ信頼はしていたのだ。その市長にこうして街を諦めろという
のは冒険者達にとっても辛い事ではあるだろう。
「せっかく商売が軌道に乗ってたけど、しょうがないわよね……」
チェルファーナが寂しそうに呟く。冒険者だけでなく、街の商人や住人もみなここから離れていくのだろうか。残されたノースクローネは朽ちていき、廃墟となって忘れられるのだろうか。
冒険者達もそれぞれ身の振り方を相談し始める中、バン!と会議室のドアが開かれ凛とした少女の声が響いた。
「待ってください!」
現れたのはリティッタとウーシアに支えられたソフィーヤだった。雨の中傘も差さずに走って来たのだろう、三人とも濡れて髪から水滴が滴っている。マーテが急いでタオルを持ってくるのも構わずにソフィーヤは壇上の方にふらつきながら上がってきた。
「ソフィーヤ!どうしたんだ」
俺の呼び掛けに首を振り、それから市長、そして冒険者達を見回すソフィーヤ。
「封印はできます。皆様、どうか、どうか力を貸してください!」
「しかし、むやみに進んでも被害が増えるだけだぞ」
「このまま封印が解ければこの街だけでは無く王国全てが滅ぶかもしれません。それほど凶悪な力を持っているんです。ここから逃げても……生き延びられるかどうか」
ソフィーヤの言葉に圧倒され押し黙る冒険者達。
「今のうちなんです!まだ今のうちなら、力の弱いうちに封印を施す事ができます!」
「“強大な者”を再封印する手段があるのか?」
驚いた市長の問いかけにソフィーヤは頷いて、机の上に輝く宝玉を二つ並べた。紅と橙の炎を中に湛える水晶球。
「封印の五つの宝玉をやっと集めることができました。そして封印の間の場所もわかっています」
そこまで言って苦しそうに体を傾けるソフィーヤをウーシアが支える。
「本当なら、私が封印をしに行かなければならなかったのですが……皆様のおっしゃる通り最奥の魔物たちは強大です。ジュンヤ様のゴーレムの力を借りてさえ一人では封印の間に辿り着く事ができませんでした……お願いですノースクローネの皆様、お力をお貸しください」
「……封印は間違いなくできるんだな?」
「おい、ラドクリフ」
冒険者の一人が止めようとするが、構わずにラドクリフはソフィーヤに詰め寄った。
「封印の間までアンタを連れていけば、間違いなく“強大な者”は封印できるんだな?」
「……できます」
真剣なラドクリフの顔を、ソフィーヤも強い意思を秘めた瞳で見つめ返す。
「場所はどこなんだ?」
「地図はありますか?」
マーテが資料室から2メートルくらいの大きさの地図を持ってきた。地下50階から90階辺りまでが記された巨大地図を四人がかりで広げて壁に貼る。ソフィーヤが慎重にその更に下に階段と地図を描き加えていった。ちょうど5つの迷宮の真ん中……ノースクローネの真下のあたりに最後の大きな部屋が描かれる。
「ここが、封印の間になります」
「……ちょうど地下100階か」
気に食わないな、と言わんばかりに冒険者の一人が鼻を鳴らした。出来過ぎという気もするが、この迷宮が封印のために作られたのなら最初からそういう設計だったのだろう
。じっとその位置を見つめていたラドクリフが口を開いた。
「ルートさえ選定すれば、被害を極力抑えてここまでいけるかもしれないな」
「本気か?」
ベテランのノィハンがラドクリフに声をかける。
「場所がわかっていれば確かに探索の時間や被害は防げる、しかし魔物がわんさかいる事には代わりないんだぞ?」
「じゃあ王国まるごとみんなで心中するか?」
意地悪くラドクリフが口角を上げるのにノィハンも一瞬言葉を失う。
「俺自身、この娘が言う事がどれだけ本当なのか信じきれん。しかし全部デマだとも思えん。もし本当なら、今死ぬ気で頑張るしかないんじゃないか?」
「そうかもしれんが……ああっ、クソッ!」
頭を掻きむしったノィハンが仕方ねぇな!と両手を上げた。
「おい、このクソ真面目野郎を置いてトンズラしようって奴はいるか!?」
ノィハンのその言葉に、40人近い冒険者達は皆苦笑いを見せた。
「やるしかないんじゃないのか?大将」
「王国が滅びるんじゃ、逃げるところも無いからな」
「ここで逃げたら、クニのおっかぁに怒られちまうしな」
「お前のおっかさん、魔王より怖いのか?」
ガハハハ!と爆笑が広がる。この街の冒険者はどうやらお人好しばかりのようだ。
「皆様……ありがとうございます」
「礼を言うのはまだ早い」
安堵したソフィーヤに釘を刺すラドクリフ。
「作戦を練る必要がある。バクチを打つ訳にはいかないからな。もし戦力が足りなければ再封印の案は捨てなくてはいけないかもしれない」
「戦力ならある」
再び会議室のドアが開いた。現れたのは見覚えのある太った中年女……学者のアナスタシアと青い鎧を着た騎士だ。
「アニー!?」
「王家に直談判してやっと騎士団を出動させることができた。全く、連中腰が重いったらありゃしない」
「騎士団を!?」
驚く市長に髭を生やした騎士が近寄り握手した。
「群青騎士団、第二機甲部隊隊長のイーサンだ。アナスタシア女史の要請で派遣されてきた」
「これは……驚きました。救援ありがとうございます」
びっくりしてぎこちなくなっている市長をしっかりしな!とアニーがはたいた。
「騎士団は40人だけどいずれも歴戦の猛者ぞろいだ。魔物にもそうそうやられはしないよ」
「当然です。我が群青騎士団の実力をノースクローネの市民にご覧に入れて見せましょう」
胸を張るイーサン隊長。口だけでは無い風格がその佇まいから伝わってくる。
冒険者達のテンションも上がり始めた。その中をウーシアに支えられながらやってきたソフィーヤから二つの宝玉を渡される。
「ジュンヤ様。すみませんがこの二つの宝玉でゴーレムを作っていただけませんか?」
「わかりました。こんなこともあろうかと既にゴーレムを二台、製作しておりました。前にお預かりした宝玉を使ったゴーレムも完成しています」
「!……流石ジュンヤ様です」
驚きと喜びを織り交ぜた笑顔を見せたと思うと、グラッと膝をつくソフィーヤ。慌てて俺は市長とマーテを呼び寄せた。
「二人とも彼女を頼む。みんなと協力して作戦を組み立ててくれ。俺はゴーレムを完成させなければならない」
「わかりました」
肩を貸しソフィーヤを仮眠室に運ぶマーテ。それを見送ってから市長は深々とため息をついた。
「全く、こんなことになってしまうとはな」
「ため息をついている場合じゃ無いぜ。急ぎの仕事が山積みだろう。市民も大事を取って避難させる準備をしておいた方がいい」
「そうだな……すまんがジュンヤも力を貸してくれ」
俺は、申し訳なさそうにしている市長の顔を見て吹きだしてしまった。
「なんだ、失礼な」
「いや、そんな気弱な顔の市長を見るのは初めてだったからさ」
悪い悪い、と二十歳以上年上であろう市長の肩をバンバンと叩く。
「全力を尽くすよ。俺がここで仕事して飯が食えたのも、市長のお陰だからな」
「よろしく頼む」
俺の手を握る市長。俺は頷くとリティッタとウーシアを連れて工房に引き返した。




