1-82 巨大スライム掃討作戦:後編
翌日、鍛冶ギルドのバーラムが直々に俺の工房に来てくれた。
「ようジュンヤ。相変わらず景気が良さそうだな」
「相変わらず火の車さ。バーラムも元気そうで良かった」
リティッタが持ってきてくれたアイスティーで乾杯をして、バーラムの手土産のドライフルーツを楽しむ。この辺では買えない果物のようでこれがまた美味い。
「最近は新人冒険者が減っちまってな、去年みたいにそれなりの剣や鎧をたくさん作って売れば儲かるって訳には行かなくなってきちまった」
「どこも同じようなもんらしいな」
「ああ、そんなとこにリティッタが暇か?って聞きに来たからよ、わざわざ親方の俺が仕事を貰いに来たってわけだ」
バーラムのガハハといつもの高笑いに苦笑いで応える。
「結構若手は暇してるのか?」
「ああ、修理に持ち込まれる高価な銀製の武器や複合素材の盾はベテランしか直せないからな。ぼっきり折れた鉄の剣の打ち直しが時々くる以外は掃除とかさせてる」
そりゃよかったと俺は今回の依頼について話をした。一通り聞いてからふむ、と腕を組むバーラム。
「そんなクソデカイスライムなら一度お目にかかってみたいもんだな」
「本当にここの迷宮は恐ろしい所さ」
「そもそも、ジグァーンだっけ?あんな巨人がいるような所に潜り込んで行くんだからつくづく冒険者ってのは命知らずな連中よ」
「そうだが、俺達はその連中に飯を食わせて貰ってるんだぜ」
ちげぇねえ、とクックッ笑うバーラム。
「じゃあとりあえずこのファンを大量に作ってくれないか?単純な形だけど角度や厚さは正確に頼む」
俺は『キーライア』に使う二種類のファンを手渡した。受け取ったバーラムが職人の目であちこちから見定める。
「ゴーレムの部品か?結構薄いな……歪みなく仕上げるのはちょっと腕が必要だな、若手の修行にちょうどいい」
「よろしく頼むよ。それから他の部品も近いうちに頼むかもしれない」
「わかった、遠慮なく言ってくれ」
これで大量のファンはなんとかなりそうだ。ウーシアには『キーライア』本体の組み立てに回ってもらおう。バーラムを見送ってからまた図面台に戻る。
「良かったですね、ご主人さま」
「ああ、でも肝心の親スライムの倒し方がまだな。メルテのとこにはそんな強力な魔導具は無いだろうし」
「そういえばなんか広場に馬車で魔導具を売りに来ている旅商人が来てましたよ。明日で他の街に行っちゃうみたいですけど」
「何!?」
引きこもってるとロクな事がない。俺は急いで身支度をするとリティッタを連れて街の中央へ走り出した。
「で、でも結構冒険者さんが見に来てたから、あんまりいいものは残ってないかもですよ」
「それでも念のため見ておかないとな。どこだ?」
「あそこです!」
広場には大きめの馬車の前で商売している老人がいた。馬は近くの空き地にでも放しているのだろうか見当たらない。ちょうど他の客もおらず暇そうにしているジイサンにちかよって声をかける。
「やあ、こんにちは」
「どうも。見たところ冒険者ではなさそうだが、魔導具を探しているのかい?」
「ああ、ちょっと冒険者相手の仕事をしていてね」
そう言いながら馬車の棚に並ぶ商品を見せてもらう。リティッタの言うとおり冒険者にいろいろ買われたのかちらほら空きが目立つが、大きいポーションや指輪、巻物など興味深い物も残っている。
「なんかスライムに効くようなのはないかい?」
「スライムかぁ……この巻物はどうじゃろう」
ジイサンの出した古臭い巻物を二人で覗き込む。
「随分古いもののようですけど……なんの巻物ですか?」
「スライムイーターを呼び出す巻物じゃ」
「スライムイーター?」
聞いたことがない名前だ。二人で?という顔をしているとジイサンがしたり顔で説明を始める。
「でかいナメクジみたいな魔法生物でな、あらゆるスライムの酸に耐性があって溶かされない。逆にスライムを食ってしまうんじゃ」
「凄いじゃないですか!」
「そうじゃろう?今なら銀貨48枚の大サービスじゃ」
うってつけの商品に目を輝かせるリティッタを見て、俺は逆に冷静さを保つことができた。
(決して安いという金額じゃないけど……こんな便利そうな巻物が売れ残っているものか?)
何か怪しいものを感じて俺はジイサンに質問を投げた。
「そのスライムイーターってのは、どのくらいのスピードでスライムを食べるんだ?」
「あー、その、なんじゃ……どんなスライムでも食べられるんじゃが消化が遅くてのう、だいたいこの手に乗るくらいの大きさを一日かけてかのう」
「一日ですか……」
ジイサンの少し申し訳なさげな答えに盛り上がったリティッタもガックリ肩を落とす。手のひらサイズで一日かかるなら大部屋サイズのスライム消化に何週間かかるか。ダリオもそんなにのんびり待っていてはくれないだろう。
「まぁ……コイツは最後の案だな。他には?」
「スライムを掴んでも溶けない手袋とかかのう……あまりスライム対策の魔導具ってのはそんなになくてのう」
ぽりぽりと頭をかくジイサンの横で俺は“危険”と書かれた小さな小瓶が下の方に置いてあるのを見つけた。
「これは?」
「劇薬じゃ」
「キャッ!」
驚いて飛びのくリティッタにジイサンは笑って安心しろと言った。
「なぁに、確かにすごく強烈でどんな生き物にも効く毒じゃがもう残り少ない。瓶の中には何滴しかないからな、人間を殺すほどの量は無い」
「虫とかネズミなら効くのか?」
「そのくらいの大きさならギリギリかのう。スライムは周りの“皮”が邪魔するから効かんと思うぞ」
ジイサンはそう言ったが、俺の中には一つアイデアが浮かんでいた。
「いや、これでいい。いくらだ?」
「うーん、銀貨で20……」
「高くないですか?」
ジイサンの言いかけた値段に速攻で噛みつくリティッタ。こういう時本当にこの子は頼もしい。
「ネズミがギリギリ殺せる量なんですよね?せいぜい銅貨で40枚くらいが妥当なんじゃないですか?」
「いや、しかしこれは異国の特殊な技術で精製された……」
「出どころなんかどうでも良いんですよ。値段に見合ってるかどうかが大事です」
「しかし、ワシも商売で持って来たもんでな……!」
必死にリティッタの値切りと戦い始めるジイサン。油断から交渉の先手を取られたものの生活がかかっている以上、みすみすリティッタの言いなりにはならないだろう。
「じゃあリティッタ、後は頼むな」
「りょーかいです!お任せ下さい!」
「ああっ、ちょっと旦那!」
多少は話が通じそうな俺が踵を返すのを見てジイサンが絶望的な声をあげた。悪いけど俺には何より時間が無いのだ。こんなところで油を売っている訳にはいかない。工房に帰った俺は一気に図面を進める。
(基礎フレームは『ディゴ』を使う事になるな……こういう力に頼ったような方法は好まないんだが手段を選べるほど余裕もないしな)
仕方ない、と『ディゴ』フレームの横に大きな筒状の箱と強力な弓を設計する。ゴーレムの腕を使うことを考えると銃の発射方式と比較してこちらの方が大きい弾体を扱いやすい。
「設計も楽だしな……そして肝心の弾は、四発にするか。そのうち三発をこのタイプにして……」
一度方針が決まれば後はガンガン進むだけだ。程よく全体像が固まってきた辺りでリティッタが意気揚々と帰って来た。
「上手く行ったみたいだな」
「はい、銀貨二枚で手を打ちました」
ジイサンが最初に口にした値段の十分の一か。赤字は免れないだろう、可哀そうに。
「でもこれでスライムを倒せるんですか?あのお爺さんの言い方だと……」
「まぁ力づくって方法かもしれんがやりようはある。何とかやってみるよ。ウーシア、この弓の部分を作ってくれないか?その上の箱の部分はバーラムのところでやってもらう」
「わかった」
翌日、俺は設計図を持って鍛冶ギルドに仕事を頼みに行くと、タンクトップの上半身を汗まみれにしたバーラムが頼んでいたファンを持って出迎えてくれた。
「ほれ、何個かできてるぞ」
「ありがたい、で、も一つ頼みたいんだが」
「どれどれ……形は単純だな、六角の筒と……中にスライドする板か」
さすが鍛冶ギルドの親分。図面をさっと見ただけで仕様を把握してくれた。
「ああ、ここにバネが入るけどそれはこっちで用意する。引っかける所だけ忘れないようにしてくれ」
「わかった、残りの板と合わせて……そうだな、三日で届けさせる」
「助かるよ。よろしく頼む」
ファンの板と追加の部品分の代金を先払いして帰り、俺はウーシアやリティッタと『キーライア』や新型ゴーレムの本体部分の組み立てを急ぐ。バーラムの所から部品が届く前にやれるところは終わらせておかないと。
なんだかんだで依頼を受けてから一週間後。やってきたダリオにまず二台の『キーライア』を引き渡す。
「流石、しっかり間に合わせてくれたな」
「ああ、そしてこれが本命の新型射撃ゴーレム……『ヴィルディゴ』だ」
そう言って俺はゴーレムにかけてあった布を引きはがした。
現れたのは、胸あたりから前に大砲と弓を組み合わせたような巨大な武器を生やしている独特なシルエットのゴーレムだ。
「こりゃまた……わかりやすいというか何というか」
「ちょっと見てくれのバランスが悪いのは勘弁してくれ。その何とかスライムを倒すことしか考えていないからな」
「この大砲でスライムを撃ち抜くのか?しかしなんの魔法もかかっていない弾は効かないぞ」
訝しむダリオに俺は紙に絵を描いて説明をした。
「すまない、弾頭が余分に用意できなかったから試し撃ちして威力を見せることができない。この『ヴィルディゴ』には二種類の弾頭が入っている。まず爆風魔法の仕込まれた魔石を使った弾頭が三つ、これでスライムの核を包む“皮”をある程度吹き飛ばす」
「ほほう」
「核が見えたらすかさず最後の劇薬入り弾頭をぶち込む。毒の量は少ないが細胞の少ないスライムになら効くはずだ」
俺が描いた活躍想像図を見てダリオは一応納得したようだった。
「実際やってみないとって感じだな。で、いくらだ」
「しめて銀貨で550」
さすがに金額を聞いて歴戦の冒険者も目を飛び出させた。
「550!?」
「すまん、これでもできるだけコスト削減に努力したんだ」
「疑いはせんけどなぁ……上に相談しないと一括では払えんかもしれん。コイツはもう持って行っていいのか?」
そこは仕方ない。俺は頷いて『ヴィルディゴ』と『キーライア』達をマナ・カードに収納しダリオに手渡した。
「カード代はサービスしておくよ。頑張ってきてくれ」
「これで失敗したら俺は間違いなくメンバーをクビになっちまうよ。世話になったな、行ってくる」
リティッタから手渡された書類に受け取りのサインをしたダリオは苦笑いのまま冒険者ギルドの方へ帰っていった。
後日。
「ジュンヤ、金もって来たぞ!」
元気のいいおっさんの声に玄関を開けると、包帯まみれのミイラ男みたいなダリオが顔を出した。
「うわ!大丈夫か?」
「まぁな。おかげさんでスライムやっつけられたぜ」
辛うじて包帯の隙間から見える目と口元で笑顔を見せたダリオは、ほれ、と銀貨のたっぷり入った大袋を俺に手渡した。
「『ヴィルディゴ』だっけか、狙い通りあの憎らたしいスライムの“皮”を吹き飛ばして核に毒をぶち込んでくれたよ。そしたらあの野郎こともあろうに大爆発しやがってな。パーティ全員スライムの“皮”まみれになっちまった。危うく相打ちになるところだったぜ」
「危なかったな。無事に帰って来てくれて嬉しいよ」
ポケットから葉巻を出して咥えるダリオ。右手が不自由そうなので代わりに俺は火をつけてやった。
「サンキュー。これで地下90階も近づいてきた、けど俺のチームもしばらく動けそうにない」
「90階か……」
冒険者達からしたら迷宮踏破は第一の目的なのだろう。しかしソフィーヤの話からこの迷宮がとんでもない奴を封印しているのは間違いがない。単純に魔物を倒してどんどんと奥に行くとうっかり封印が解けましたなんてことにもなりかねない。
「お前さんの心配はわかるぜ。でも俺達もバカじゃない、みんな慎重に潜っているよ……あちこちでそういう封印っぽい石碑とか見かけるようになってきたからな。そういうのは写しを取って学者のばあさんに見て貰っている」
「アニーか」
「強烈な魔法を使う上級デーモンとかもたくさん出てくるからな、ああいう連中の親分かもしれん。できれば俺達も出会いたくはない……しかしお宝がありそうなところは見逃せないのが冒険者の性分でな」
二人で仕方ないな、と苦笑する。俺だって危険だからマシンゴーレムの製造を止めろと言われても素直には飲み込めないだろう。性分とはそういうものだ。
「とりあえず俺は暫く静養するよ。また厄介な奴が出てきたら頼むな」
「ああ、お大事にな。元気になったら呑みに行こう」
おうよ、と左手を振りながらダリオは帰って行った。




