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1-74 師と弟子と:中編


何とかゲィルズ団から逃げおおせた俺達は帰還の巻物でノースクローネに戻った。ルゥシャナは『瀑龍』の奪還を約束してくれたもののケインは本格的な治療のため入院し、全治一週間の診断を受けているために『月光一角獣』のメンバーは動く事ができない。


知らせを受けた市長が大手パーティにも『瀑龍』奪還の依頼を出してくれたが、連中は冒険者以上に迷宮を熟知しており狭い通路の奥に身を潜めているという。その一方でゲィルズが『瀑龍』を見よう見まねで操って冒険者を襲わせているという話さえ聞こえてきた。


「クソッ!」


テーブルを叩きつけて俺は口汚く言葉を吐いた。自分のミスで師匠の形見とも言える『瀑龍』を奪われた上に強盗団に悪用されているなど、怒りと罪悪感で仕事どころか満足に眠れもしない。


「落ち着くんだ、ダンナさま」


「落ち着いていられるか。俺のゴーレムが冒険者を襲っているんだぞ。これ以上被害が出たら俺はどんな顔で仕事を続けりゃいいんだ」


「しかし、ここで腐っていても何も変わらない。修理を待っているゴーレムもたくさんある」


ウーシアの言うことが正しいとわかってはいても、気持ちはそれを受け入れられない。フン!と鼻息荒く俺はワインの瓶を取り喉に流し込んだ。


「ダンナさま」


「呑まなきゃやってらんねえよ。それよりリティッタはどうし……」


寝不足のせいで早くも酒が回り始めたのか目の前が少しクラクラしてきた。そこに、前触れもなく工房のドアを開けて入ってくる人影があった。


「御免」


それは江戸時代からやってきた剣士、トウジロウ氏だった。その後ろに息を切らしているリティッタもいる。


「トウジロウ殿。悪いけど今は仕事を断っているんだ。また今度……」


「嶋乃殿。事情はリティッタ殿から伺った。心情は察しますが女子に心配を掛け過ぎては武士の名に傷がつきますぞ」


「なにが……俺は武士なんかじゃ」


「失礼仕る」


俺の言葉を遮りそう言うと、トウジロウ氏は一瞬で俺の目の前まで踏み込み左の掌で強力な平手打ちを放った。成すすべもなく右頬をぶたれて俺は床に転がる。脳が激しく揺さぶられ眼の中に何十も星が散った。


「ぐぁっ!?」


「ご主人さま!」


痛みですぐ立ち上がれない俺の前にトウジロウ氏が歩み寄ってきた。いきなり何をするんだという俺の苦情は、しかしその深く透き通る黒い瞳に気圧されて喉の奥から出てこなかった。


「嶋乃殿。“禅”は知っておられるな?」


「禅……」


「左様」


トウジロウ氏は俺の横に正座をすると、深く息を吐き眼を閉じた。


「人は過ちを犯す。これは天があまねく生物に与えた業罪。だが怒りや悲しみに心を乱したままではそれは畜生と変わらぬ。仏の道に向かうなれば、心を明鏡の如く澄み渡らせよ……拙者も人を導くほど悟りに近づいた訳ではないが、同郷の嶋乃殿にはお解りいただけるだろうと信じ、あえて説法の真似事をさせていただいた」


「……トウジロウ殿、言いたいことは解るが俺は寺で修行をしたような事は無いんだ。今何をすればいいのか……」


「嶋乃殿は師匠殿の形見を取り返すことに捉われている。それでは今の嶋乃殿を超えることは無理でござろう」


当たり前だろう、という言葉をまた飲み込む。トウジロウ氏は眼をつむり静かに話を続けた。


「師匠殿と作り上げたゴーレムに信頼と誇りを持つ嶋野殿の気持ちはお察しする。しかし、今の嶋乃殿ならあるいは……あの『瀑龍』を超えるゴーレムを作ることも出来るのでは?」


「『瀑龍』を……超える?」


思いがけない言葉に思考回路が一瞬ストップする。いや、“いずれは”と考えてはいた。しかしそれはまだ五年十年先の事だろうと勝手に思っていた事だ。少なくとも今『瀑龍』以上のゴーレムを作るなどとは。


「出来るのか?今の俺に……」


「結果はわからぬ。しかし超えられると拙者は信じている。そして、このお二方も」


振り返るとリティッタとウーシアが後ろで頷いていた。泣きそうなリティッタの手を借りて立ち上がる。


「やろう、ダンナさま」


「私たちも、精一杯お手伝いしますから!」


二人の言葉に、胸の中を埋めていた暗雲が薄まっていった。ゲィルズに対する怒りは収まらないが、奴を自分の手で正面から叩きのめせるのであればやってみようという気になってくる。


「拙者も微力ながら助太刀させていただく。嶋乃殿、頑張って下され」


「みんな……すまなかった。ありがとう」


俺は頷くと設計図を書く机に向かい歩き出した。








俺は市長に冒険者達にしばらくゲィルズ団の根城に近づかないよう伝言を頼んだ。それから新しいゴーレムの開発に神経を集中する。 元々『瀑龍』のアップデート策は考えていた。その度合いを“どのくらいまで”上げるのかという所で悩み、今まで手を付けていなかったのだ。


(こうなりゃ目一杯パワーアップさせてやる)


メインフレームはより太く、力強く。全高も『瀑龍』よりやや高くする。刀二本のみだった武装も変更。鎧も可動を殺さないように新しい接続部を考える。この一年の経験で学んだことや思いついた新しい機能も使えるものは積極的に取り込んでいく。


「ダンナさま、武器は……こんなに乗せるのか?」


仮設計図を見たウーシアが驚きの声を上げた。無理もない。新しいゴーレムの背中には四本の長物が並んでいるからだ。


「ああ、このゴーレムを出す以上は絶対に負けない。そういう気持ちで作りたいんだ。やってくれるか?」


槍、長斧、薙刀、そして金棍棒。それに『瀑龍』の物より頑強な二本の太刀。普段ならこんな装備は考えないが、一対多を考えたうえで武装は可能な限り潤沢に持たせることにした。何より見た目の威圧感もあるだろう。


大変な仕事だと思うが俺はこの新しいゴーレムの武器をウーシアに作って欲しい。その願いが通じたのかウーシアは真剣な顔で頷いてくれた。


「わかった。ワタシの全力で仕上げて見せる。ダンナさまはゴーレム本体に集中してくれ」


「すまん、よろしく頼む」


ウーシアが鍛冶場に向かうと同時に玄関からリティッタの声がした。


「ご主人さま、届きましたよー!」


「おう!」


返事と共に玄関に飛んで行くと、そこにはリヤカーを曳いた採掘屋のバルバンボ爺さんがいた。


「わざわざ悪いね、バルバンボ」


「他ならぬジュンヤの頼みじゃ。しかしヴェゼル鋼とはのう……堅いは堅いがその分加工も難儀じゃぞ。その上重く、あの有名な帝国重騎士の鎧にも使われん」


「そりゃあ人間には重いっていう話だろ?」


「それはそうじゃがの。まぁええ、頑張るんじゃぞ」


事情を知っていてくれたらしいバルバンボは代金を受け取り俺の肩を乱暴に叩くと空になったリヤカーをがらがら曳いて帰って行った。俺とリティッタの足元には鈍く陽光に光る、見るからに重苦しい鋼材が残された。


「そんなに堅いんですか?これ」


「俺も実際に扱うのは初めてだけど、なんでも普段使っている鋼材の二倍以上は丈夫らしい。残念ながら重さは三倍近いというオマケがついてくるんだがな」


「嬉しくないオマケですね。武器を増やす上にこんな重い材料を使って大丈夫なんですか?」


心配そうに言うリティッタに俺は力こぶを作ってぱんぱんと叩いて見せた。


「そこは俺の腕の見せ所という奴よ」


「……信じてますよ」


肩をすくめながら笑ってリティッタはキッチンの方へ足を向けた。俺ものんびりしている場合ではない。仮設計で止まっている部分の詰めを終わらせてしまわないと。


「ヴェゼル鋼は上半身の外装甲に、フレームの関節部にいくつか分は足りるな。太刀の刃の部分にも使えるかウーシアと相談だ」


関節強度、瞬間出力、姿勢制御……全て『瀑龍』や『ロゼンラッヘ』を凌駕するスペックになる。そうでなければ師匠を超えるゴーレムなどとは言えない。金には糸目をつけず高性能な部品に、メルテの店で買った魔道の力を持つ古代の宝具も次々と組み込んで行った。


(今は何も言わないでいてくれるけど……後でリティッタの説教は覚悟しないといけないな)


自分ではもういくらくらい金を使ったのかわからない程になっている。あのゲィルズを絶対にやっつけたいという思いがあるからリティッタもウーシアもついてきてくれているが、費用総額を聞くのが恐ろしい。


食事以外はほぼ休みなしの作業が続き、ゴーレムのメインフレームに装甲、そして武器の半分は揃った。一番強力な魔動力炉を積んで試運転を始める。


「大丈夫ですかね」


「どうだろうな……」


実際自分でも自信はあまりなかった。ゴーレムの重みで板張りの床がミシミシときしんでいる。フル装備の暁には床がすっかり抜けてしまうだろう。慎重に魔操杖を向けてスイッチを押す。


ヴゥゥゥ……ン……。


起動音。そしてゆっくりと右腕が上がり刀を抜……。


「抜かないな」


「抜くどころか腕が上がらないんですけど」


続けて一歩進ませようとコマンドを送る。ゴーレムは右足をギギギ……とゆっくり、辛うじて数ミリ浮かせてから何とか半歩前進した。


「……」


二人の沈黙が痛い。俺はこっそりと額の汗を拭いた。


「いやあ、なかなか難しいなこりゃ。ハッハッハ」


「笑ってる場合ですかご主人さま」


「これは、確か今ある最大の魔動力炉だったな、ダンナさま?」


ウーシアの問いに小さく頷く俺。


「どうするんですか!?これじゃ戦うどころじゃないですよ!」


「ええいうろたえるな!まだ策はある!」


半ばヤケクソじみた声を出してリティッタを黙らせ、腕を組んで胸を張った。


「策……ですか?」


「そうだ。今、このゴーレムが満足に動けないのはパワーが足りないからだ。そしてこの魔動力炉以上のパワーを出せるモノは無い」


「ど、どうするんですか?」


しばし沈黙。俺は決心すると目を見開いて二人に宣言するように口を開いた。


「魔動力炉を、二つ使う」


「二つ!?」


驚きで固まる二人を説得するように言葉を繋ぐ。


「そうだ。二つの魔動力炉の間に加圧器を置いて相互にバイパスする。お互いの炉にプレッシャーを与えて魔鉱石からエネルギーを引き出す速度を三倍以上に上昇させるんだ。当然燃費も悪くなるが、コイツをまともに動かすにはそうするしかない」


「そんな事……できるのか?」


瞬きも忘れたウーシアが呆然と呟くように聞いた。横にいるリティッタも同じような顔で俺を見上げている。


「大きな問題は二つの魔動力炉のパワーを出来るだけ同じに調整することだ。同じように作っても炉の出力は偏りが出やすい。それにパワーアップした分内圧に耐えられるよう強化しないといけない。難しいが……やるしかないな」


俺は寝不足で疲れた体に活を入れるように冷めて苦くなったコーヒーを胃に流し込んだ。




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